インタビュイー:有限会社ノア(NOAH) 代表取締役 山野井 良夫 様昭和55年創業の有限会社ノア(NOAH)は、ガーデニング資材やナチュラル雑貨を取り扱う卸問屋として、長年にわたり小売店様とメーカー様の橋渡しを担ってきた。最大の特徴は、「ロットに関係なく、希望数量で仕入れ可能」「複数メーカー様の商品を混載発注できる」という、柔軟で使い勝手の良い仕組みだ。さらに2025年からは、ノア豊中本店にて一般顧客向けの販売もスタート。300坪の広々とした店内には1万点を超える商品がずらりと並び、「実際に手に取って選べる場所」として口コミで話題を集めている。代表取締役の 山野井代表は、ノアの使命をこう語る――「プロだけでなく一般の方にも園芸に触れるきっかけを提供し、その魅力を再発見してもらいたい。」縮小傾向にある園芸業界にあって、ひとつひとつの商品に宿る価値や背景を丁寧に伝えることで、人々に“新しい発見”を届けたいという。単なる卸問屋の枠を超え、園芸を通じて豊かなライフスタイルを提案するノア。その軌跡と、これからの展望について 山野井代表に話を伺った。新しい卸問屋のスタイル―「必要な数だけ」届ける仕組み昭和55年に創業以来、小売店様とメーカー様の橋渡しを担ってきたノア。現在のような柔軟な仕組みに至るまでには、時代や顧客ニーズの変化に寄り添いながら、独自の工夫を積み重ねてきた歴史がある。山野井代表:父が「ノア」という屋号で個人事業を始めたのは、昭和55年ごろのことです。当初は父一人で活動していましたが、その後、母も加わり、夫婦で一緒に運営するようになりました。そして平成16年に法人化し、有限会社ノアを設立しました。それまでは、ずっと個人事業主として活動していたのです。「卸」という仕事は、簡単に言うと、メーカー様と小売店様の橋渡しをする役割です。メーカー様の商品を、小売店様が必要とするタイミングで届けるという立場ですね。私たちは、有限会社として法人化したときからずっと、小売店様が1個単位で商品を購入できるような仕組みを用意してきました。通常、卸売業というのはロット単位で商品を取り扱うことが多いんです。たとえば、メーカー様によっては1個から出荷してくれるケースもありますが、多くは12個、24個といったまとまった数でないと取引ができません。そこに、卸が間に入り、メーカー様と小売店様の取引を円滑にするのが一般的な形です。ただし、卸といっても、在庫を抱えず、事務所のような場所で注文だけを取りまとめて、メーカー様から小売店様に直送するというのが主流です。そうすると、小売店様にはロット単位で商品が届くことになり、特に花屋さんやグリーンショップのような小規模の店舗では、その在庫を抱えるのが大きな負担になってしまいます。同じ植木鉢が12個も届けば、それだけで店の棚が埋まってしまう。そういった悩みを抱えていた小売店様に対して、父が考えたのが「ロットをばらして、1個ずつ売る」という方法でした。一度ノアに商品を入荷して、小分けにして梱包・出荷したり、ノアに一定数を保管しておいて、小売店様が必要なときに取りに来られるようにする。そういう形をとることで、小売店様の負担を減らし、必要な分だけを柔軟に届けられるようになりました。当然、こちら側で在庫を持つことになるので、在庫リスクが発生しますし、普通の事務所だけでは対応できません。しかし、在庫として店頭に並べることで、逆に「こんなのがあるかもしれない」と思って足を運んでくださるお客様が増えました。注文していたわけではないけれど、ノアに行けば何かいいものが見つかるかもしれない、そんなふうに思ってもらえる場所になったんです。実際、よくあるのがワークショップやイベントなどでの急な追加対応です。「器が1個割れてしまった」「参加者が増えたけれど、同じ器をもう少しだけ用意したい」。そんなときに、「ノアに白っぽい器、ありませんか?」というような問い合わせをいただくことがあります。その際には「今、店頭に並んでいますよ」とお応えして、直接取りに来ていただく。卸問屋として画期的に見えるノアの仕組みだが、それを実現する為には大きな資金と場所が必要になる。しかし、山野井社長の父親(現会長)は創業当初からリスクを受け入れて現在のやり方を続けてきたという。その根底にはどのような想いがあったのか。山野井代表:もともと父は大手の花屋に勤めていて、ウェディング装花や小売での販売などを担当していました。私たちは三人兄弟で家族も多く、生活のことを考えて、父は独立を決意。大手の花屋を退職しました。すると退職後、付き合いのあった花屋さんたちから「独立したなら教えに来てほしい」と声がかかり、父は現場を回るようになります。当時はまだアレンジメントや花器を使った演出が一般的ではなく、多くの花屋は「花だけを売る店」でした。そんな中で父は、「こういうアレンジにはカゴがあった方がいい」と必要な資材を持参し、教えながらそれらを販売していきました。教えるだけでなく、必要なものをその場で提供できる、というスタイルが現場にとても喜ばれたそうです。そうした活動の中で強く感じたのが、「ロット売りでは現場に合わない」という課題です。たとえば12個入りで仕入れても、小さな花屋では保管場所に困るし、在庫も負担になる。だからこそ「1個から買えるようにすれば喜ばれる」と考え、ロットをばらして少量対応する卸のかたちを思いつきました。もちろん在庫リスクを伴うため、まずはメーカー様に協力を依頼。当時は今より売場も小さかったですが、メーカー様ごとに棚を分けて商品を並べていきました。最初は自宅の一室でスタート。部屋中にカゴが山のように積まれていて、振り返ると商品が目に入る生活でした。そこから少しずつ事務所や倉庫を借り、拠点を広げていきます。そして平成7年の阪神大震災をきっかけに、「回すのに限界がある」と父は感じ、植物市場の近くで流通の利便性も高い豊中市へ拠点を移転。体育館ほどの広さの倉庫を借りて、「ノア」としての事業基盤を本格的に整えていきました。事業が軌道に乗る中で、税務署からも法人化を勧められ、平成16年に有限会社ノアを設立しました。植木鉢がつなぐ、人・空間・感性のハブへノアの大きな特徴は、300坪の広大な敷地に一万点以上の豊富な商品を揃える点にある。取り扱うメーカー様は、現在では100~200社に及ぶという。山野井代表:最初にノアをオープンしたときは、今のような大きな規模ではありませんでした。取り扱うメーカー様の数そのものは、実は昔から大きくは変わっていないんです。ただ、当時は「在庫を実際に持って、売場づくりに協力してくれていたメーカー様」は、20社くらいだったと思います。ノアのような卸には、大きく分けて2種類のメーカー様が関わっています。ひとつは、商品を実際に取り寄せて、売場にコーナーをつくるタイプのメーカー様。もうひとつは、カタログだけ置いておいて、お客さんに「これ欲しい」と言われたときに取り寄せるだけのメーカー様です。中には年に一度注文があるかないか、というようなところもあります。そういう意味で、「取り扱っているメーカー様」という定義で数えると、今では100社から200社ぐらいになりますね。ただ、実際にノアの倉庫内にしっかり商品を並べていて、私たちが常に在庫を管理しながら回しているメーカー様は、現在でだいたい50社ほどでしょうか。それでも、常時50社分のアイテムを回転させて商売している、というのはかなりの規模になってきたと思います。アイテム数に関しても、今では1万点を超える商品を扱っていますが、オープン当初はそこまで多くはありませんでした。現在の敷地は約300坪ありますが、当初は数十坪からのスタート。小さなスペースで始めて、少しずつ広げてきた結果が今につながっているんです。「売れる」を共につくる――お互いを高め合う関係が支えるノアの仕組み豊富な商品を取り扱うことができる背景には、メーカー様とのお互いを高め合う関係がある。その仕組みも、従来の卸問屋とは大きく異なっているという。山野井代表:ノアでは、各メーカー様に専用コーナーを設け、一定の売場スペースを確保しています。その上で「納めたい商品を自分たちで選んで持ってきてください」という仕組みにしています。私たちが細かく発注をかけるのではなく、メーカー様自身が売場の動きを見ながら、「今これが売れる」と判断した商品を自由に補充できるようにしているんです。コーナーの商品が減っていれば補充できますが、棚が埋まっていれば搬入はできません。だからこそ、限られたスペースをどう活かすか、メーカー様の“見る目”が問われる仕組みです。この仕組みは、もともと父(現会長)が考案したものです。メーカー様の皆さんは現場の声を聞き、自社で人気のある商品をノア向けに用意してくれるようになりました。特筆すべきは、ノアが委託ではなく、買い取りで販売していること。売れると信じた商品を、自らのリスクで仕入れる。これは単なる信頼ではなく、競争原理が働く構造でもあります。売れ残れば棚にスペースがなくなり、次は納品できない。だからメーカー様は、「この市場で何が求められているか」を真剣に考えて持ち込んでくれるようになります。私たちも、得られたリアルな声を共有し合うことで、コンサル的な関係にも近づいています。こうした仕組みが成り立つのは、父が築いてきた信頼関係と、業界構造にも理由があります。たとえば日用品のようにメーカー様が無数にある市場では難しいですが、植木鉢業界は規模が限られており、関係性が濃密に保たれている。「変なことをしたら次はない」という緊張感と、「信頼すれば続く」という安心感が、健全な関係の土台になっています。今では「関西で植木鉢の仕入れといえばノア」と言われるまでになりました。業界全体では小さな流通拠点ですが、現場の“温度感”が凝縮された場所。メーカー様にとっては、市場の動きを肌で感じられる貴重な場でもあるんです。一見、植木鉢は特別なものではないように見えるかもしれません。でも実際には、「こういう鉢が欲しい」と思っても、意外と見つからない。ホームセンターに並ぶのはプラスチック製が中心で、植物にこだわっても器には選択肢が限られているのが現実です。でも本当は、植木鉢には無限のバリエーションがある。だからこそ、「世界観に合う鉢を20社・30社からセレクトして並べたい」と考える小売店様にとって、ノアのような場所がなければ表現できません。メーカー様、小売店様、そしてお客様。植木鉢を通じて、みんながつながり、ハッピーになれる仕組みをつくりたい。ノアはそのための交差点として、これからも役割を果たしていきます。最初は、小売店様のニーズに応えるために植木鉢を仕入れていただけでしたが、いまでは「ノアという場所にどう価値を込めるか」が、はっきりと形になってきたと感じています。「植木鉢を中心とした交差点」に集まるのは、必ずしも花屋やグリーンショップだけには限られない。最近では、アパレルや飲食店などの他業種が、世界観を表現するツールとして植木鉢を求めて、ノアへ来店することもあるという。山野井代表:もともとは、花屋さんや植物専門店のお客様のニーズに応える形でスタートした事業でしたが、近年ではそうした業種の垣根が徐々になくなりつつあります。たとえば、アパレルやインテリアの企業でも、植物を取り入れた売場づくりが一般的になってきました。アパレルと植物の融合など、複合的なスタイルが増えています。一方で、植物専門の小売店様は高齢化などの影響で減少しています。その代わり、異業種との接点が増え、植物を通じて世界観を表現したいというニーズが高まっています。たとえば、美容室やカフェなども当社にとっては重要なお取引先です。南国風などテーマに沿った鉢や植物の組み合わせをご提案することもあります。また、モデルルームを手がけるコーディネーターの方々も、個性的な植木鉢を1点から購入できる場として当社を活用されています。空間演出のため、少量・多様な商品を柔軟に選べる点が評価されています。現在では、従来のグリーンショップに加え、カフェ、美容室、コーディネーターなど多様な業種のお客様とお取引しています。植物は単なる装飾を超え、空間の世界観をつくる重要な要素になっています。前編では、有限会社ノアが有する独自の仕組みと、メーカ様や小売店様との関係性について伺った。後編では、 山野井代表がノアへ入社するきっかけと、一般に向けた販売を始めた経緯、ノアが描く園芸業界の未来図を探っていきたい。