インタビュイー:株式会社サン 代表取締役 織戸四郎様株式会社サンは、神奈川県川崎市を拠点に、介護事業、太陽光発電事業、保険事業、幼稚園運営事業を展開する企業である。2004年、川崎の地で認知症デイサービス事業からスタートし、川崎を中心に50店舗まで拡大。その後、事業売却を経て、現在は全国約60箇所に太陽光発電所を所有している。また、認知症の親族を抱える家庭を支援する認知症保険事業や幼稚園事業なども川崎市内で展開している。代表取締役を務める織戸四郎氏は、経営者の仕事を「管理」ではなく「新しい可能性を見出すこと」と捉えている。大学在学中に介護施設を引き継いだことを原点に、いくつもの事業に向き合ってきた。その歩みの中で、社長が本当に時間を使うべき仕事は、現場を細かく管理することではなく、事業として成り立つ可能性を見極め、会社の成長につなげていくことだと考えるようになった。前編では、株式会社サン 代表取締役 織戸四郎氏に、株式会社サンの多様な事業運営や大学3年で介護施設を引き継いだ経営者としての原点、認知症デイサービス50箇所への拡大について、お話を伺った。不可能に挑み、必要とされる事業をつくる。株式会社サンの多様な事業運営〈株式会社サンのグループ会社〉はじめに、株式会社サンの事業内容について、お話を伺った。織戸代表:株式会社サンは、川崎を拠点に、介護事業、太陽光発電事業、保険事業、幼稚園運営事業などを展開している会社です。もともとは2004年に、川崎で認知症デイサービスの事業から始まりました。そこから川崎を中心に50店舗まで展開し、その後、デイサービス事業を他社に引き継いでいただきました。現在は、太陽光発電事業として全国に約60箇所の太陽光発電所を所有しています。また、認知症の親族を抱えるご家庭を支援するための「リボン認知症保険」や、川崎市内での幼稚園運営にも取り組んでいます。事業だけを見ると、介護、太陽光発電、保険、幼稚園と、それぞれまったく違う領域に見えるかもしれません。実は、当社の事業は、最初から多角化を目指して広げてきたものではありません。目の前に困っている人がいる。そこに、自分たちが引き受けられる可能性がある。そして、事業として成り立つ見通しがある。そうしたものに一つひとつ向き合ってきた結果として、いまの形になっています。認知症デイサービスを運営していた頃は、認知症の方ご本人だけでなく、ご家族が抱える不安も見てきました。その経験があったからこそ、保険であれば、もっと広い範囲の方を支えられるのではないかと考えました。幼稚園も、もともと計画して始めた事業ではありません。経営が難しくなっていた幼稚園を引き継いだことがきっかけです。そこには園児や保護者の方がいて、同時に土地や施設としての可能性もありました。当社は、これまで不可能に見えることにも向き合ってきました。それは、何か特別なことを成し遂げたいというよりも、すべきこと、やりたいことに全力で取り組んできた結果です。その積み重ねが、誰かの笑顔につながる。そうした連鎖を、創業の地である川崎からつくっていくことが、株式会社サンの事業の根底にあるのだと思います。入居者2名、借金2,500万円。大学3年で引き継いだ介護施設父が始めた介護施設を引き継いだとき、手元にあったのは2,500万円の借金と300万円の現金だった。織戸氏の経営者人生は、起業への憧れではなく、目の前の事業を成り立たせることから始まった。織戸代表:私が会社を引き継いだのは、2004年、大学3年生の終わり頃でした。もともと祖父と父が建設会社を営んでいたのですが、父が「これからは介護だ」と考えて、新しく介護施設の会社を始めました。ところが、その半年ほど後に建設会社が民事再生になり、父も自己破産することになりました。住んでいた家も手放さなければならない状況でした。父が始めていたのは、グループホームです。当時、そこには2名の方が入居されていました。建設会社とは別につくられていた会社だったので、民事再生の直接の影響を受けたわけではありません。ただ、会社としては債務超過の状態でした。父が株主で、父自身が自己破産するという状況の中で、弁護士の方とも話しながら、最終的に私がその株を引き継ぐことになりました。引き継いだときの状況は、かなり厳しいものでした。借金が2,500万円あり、手元のキャッシュは300万円ほど。しかも毎月80万円が出ていく状態です。正直に言えば、「どうにもならないんじゃないか」と感じるような状況でした。ただ、すでに入居されている方がいましたし、会社をそのまま止めるわけにもいきません。まずは、とにかく施設を埋めて、事業として成り立たせる必要がありました。そこから最初にやったのは営業です。グループホームは9部屋あったので、まずはその9部屋を埋めることに集中しました。大学にはほとんど行かず、仕事に時間を使っていました。経営の経験があったわけでも、会社勤めをしたことがあったわけでもありません。いま振り返っても、最初から経営者になろうとしていたというより、目の前にある会社をどうにか成り立たせるしかなかったのだと思います。半年ほどやって、ようやく全ての部屋が埋まりました。そこで初めて、会社としてなんとか成り立つ状態になりました。もちろん、それで何かが一気に解決したわけではありません。ただ、毎月資金が出ていくだけの状態から、事業として回り始めるところまでは持っていくことができた。この経験が、私の経営者としての出発点になっています。認知症デイサービス50箇所。拡大の先で見えた管理の難しさ鶴見の空き物件をきっかけに始めた認知症デイサービスは、13年で50箇所まで広がった。一方で、拠点数の増加は、管理者の数と織戸氏自身の負荷を大きくしていった。織戸代表:グループホームが事業として成立するようになった頃、父の元部下の方から、鶴見にある物件を使わないかと声をかけていただきました。自宅兼店舗の1階で、広さは100㎡ほどありました。グループホームをつくるには足りませんが、事務所として使うには少し広い。そこで何ができるだろうと考え、認知症の方を対象にしたデイサービスを始めることにしました。デイサービスは、同じ介護でもグループホームとはまったく違う仕事です。グループホームは入居して生活を支える施設ですが、デイサービスは日中に通っていただくサービスです。私にとっても初めての取り組みでしたが、その物件は父の元部下の方の所有だったこともあり、大きな資金をかけずに始めることができました。内装も自分たちで進めながら形にしていき、1年ほどでようやく軌道に乗りました。デイサービスは、グループホームに比べると投資がしやすい事業でした。うまくいけば、1店舗あたり700万円から800万円ほどでつくることができます。そうして13年ほど拡大し続け、2016年までに最終的には50箇所まで増えました。ただ、いま振り返ると、当時の方針には反省もあります。私はその頃、少人数を細かく見ることが良いことだと思っていました。そのため、小規模な拠点を数多く展開していきましたが、本当はもっと大きなデイサービスを、少ない拠点数で運営した方がよかったのだと思います。定員が10人でも30人でも、管理者は必要です。小規模な施設をたくさんつくるほど、必要な管理者の数は増えていきます。結局、一番大事なのは管理者の数でした。当時は、そのことが十分に見えておらず、50箇所を管理しようとして、かなり疲弊してしまっいました。ルールをつくり、全体を見えるようにし、誰がやってもうまくいく形にする。会社として適切に運営し、コンプライアンスを守るためには大切なことです。ただ、大きな会社であれば管理本部のような組織が担う仕事を、当時は自分で抱えようとしていました。50箇所あると、物理的には車で回れる距離でも、現実にはすべてを見ることはできません。そうなると、現場に行くことよりも、管理することが仕事になっていきます。本来であれば、経営者として売上を上げることや、新しいことを始めることに時間を使いたい。けれど実際には、トラブル対応や問題処理に時間を取られることが増えていました。そこで、この事業は大きな会社に引き継いでいただくことになりました。認知症デイサービスを50箇所まで広げたことは、自分なりにやり切った経験ですが、経営者が何に時間を使うべきなのかを考える、大きなきっかけにもなりました。事業売却を通じて、織戸氏は自分が担っていた仕事の多くが、他の人にも任せられるものだったと知る。その経験は、経営者が本当に時間を使うべき仕事を見つめ直す転機となった。織戸代表:認知症デイサービス事業を引き継いでいただいたとき、引き継ぎ先の会社から来たのは数名の担当者でした。私は13年間、朝から晩まで働いてきましたし、休みもほとんどなく会社を見ていたつもりです。売上も一定の規模になっていましたから、最初はその人数で本当に引き継げるのだろうかと思いました。しかし、実際に引き継ぎが始まると、2か月ほどで私の業務はほとんどなくなりましたが、会社は正常に回っていました。そのとき、自分がやっていた仕事の98%は、誰にでもできる仕事だったのだと分かりました。私には、そもそも会社勤めの経験がありません。良い会社を内側から見たこともありませんでした。見てきたのは、事業がうまくいかなくなった父の建設会社です。だからこそ、極限まで無駄を省こうという考え方になっていました。社長である私がいて、その下に管理者がいる。人事部長も経理部長も置かず、本社の職員も数名という体制で、売上20億円ほどの会社を回していました。当時は、自分が多くの仕事を抱えていると思っていました。しかし、引き継ぎを通じて分かったのは、現状を維持する仕事の多くは、社長でなくてもできるということです。仕組みと人があれば、会社は回ります。社長が残るかどうかにかかわらず、少なくとも現状維持はできるのだと実感しました。では、社長にしかできない仕事は何か。それは会社を成長させることだと思います。既存の業務を細かく管理することではなく、新しい事業をつくること、次の可能性を見つけること、会社の成長につながる判断をすること。そこにこそ、経営者が時間を使う意味があるのだと思います。この気づきは、いまの経営スタイルにもつながっています。現場が回っているのであれば、必要以上に手を入れなくてもいい。社長がすべてを管理しようとするよりも、自分にしかできないことに時間を使った方がいい。そう考えるようになったのは、この事業売却の経験があったからです。前編では、株式会社サンの多様な事業運営や大学3年で介護施設を引き継いだ経営者としての原点、認知症デイサービス50箇所への拡大について、お話を伺いました。後編では、太陽光発電事業や認知症保険事業への展開、閉園危機にあった幼稚園の再建秘話、現場が自然に回る状態を尊重する経営について、お話を伺っていきます。【会社概要】会社名株式会社サン設立年2001年代表取締役織戸 四郎事業内容・介護事業・太陽光発電事業・保険事業・幼稚園運営事業所在地神奈川県川崎市川崎区駅前本町11-1 13FサイトURLhttps://333.solar/