インタビュイー:NYC株式会社 代表取締役 中塚 庸仁様NYC株式会社は、「その仕事を、未来へつなぐ。」をミッションに掲げ、2022年に創業された中小企業専門の投資会社である。日本企業の99.7%を占める中小企業には、大企業にはない独自性や、磨き上げられた技術、地域に根ざした価値が数多く存在する。しかし近年、後継者不在や市場環境の変化により、そうした優れた企業が静かに姿を消していくケースが後を絶たない。NYC株式会社はこの状況を打破するために、後継者不足などの課題を抱える中小企業に対し投資を行い、経営支援を通じた事業の継続と成長に取り組んでいる。同社の特徴は、外部資本に頼らず自己資金による「自己勘定投資」と現場に深く入り込む「伴奏型支援」だ。さらに、「後継者を集めた勉強会」や「”中継ぎ“社長 」など、一般的な投資会社とは一線を画すアプローチを実践している。独自の挑戦を続けるNYC株式会社の代表取締役・中塚 庸仁様に、同社設立の経緯と自己勘定投資について伺った。NYC株式会社設立までの軌跡中塚代表は、新卒で入社したソフトバンクでベンチャー投資を行う中で、ある違和感を覚えたという。中塚代表:大学卒業後、ソフトバンク株式会社でスタートアップ投資を担当していました。投資を通じて社会に変化を起こしていくダイナミズムは刺激的でしたし、成長の機会にも恵まれていたと思います。一方で、当時関わった一部のスタートアップが、ビジョンばかりを語り、実態が伴っていないケースもありました。資金調達後に、本来あるべき事業推進が疎かになってしまうなど、現場で目の当たりにした現実に少なからず疑問を感じるようになりました。また、明確な収益がない段階で、過剰なバリュエーションがついてしまう状況にも違和感を覚えました。評価額だけが先行し、経営の実態や事業の手触りが見えにくくなる。その構造自体に課題を感じるようになったのです。「もっと現実に根ざした、地に足の着いた仕事をしてみたい」――そう考えるようになり、より実業に近い世界で価値創出を目指すべく、PEファンドへの転職を決意しました。地に足がついていないベンチャー投資に違和感を覚えて、PEファンドに転職した中塚代表。しかし理想と現実のギャップを感じたという。中塚代表:PEファンドでは、財務的に健全な企業を買収し、一定期間で収益改善や企業価値の向上を図り、売却によってリターンを得るというのが基本モデルです。確かに、数字や実態に基づいた“地に足の着いた”投資だと思います。実際、PEの現場ではリアルな経営課題に向き合い、着実に成果を出していくという手応えがありました。ただ一方で、「夢を語る場面」が少ない業界だと私自身は感じました。世の中を良くしたい、社会にインパクトを与えたい、というようなミッションに触れる機会は思いのほか限られていて、それが物足りなく感じたのかもしれません。スタートアップの世界では、夢が先行して現実が追いついていないと感じていました。一方で、PEファンドでは現実を確実に積み上げていくけれど、夢やビジョンが語られにくいと感じる場面も多くありました。その両極端を経験したことで、「夢」と「現実」のどちらか一方ではなく、両方の良さを併せ持つ投資のあり方を、自らの手で創りたいと思うようになりました。地に足をつけながらも、未来にワクワクできることを仕事にしたい。そう考えて、独立を決めました。資金ゼロからの挑戦 — 自己勘定投資という選択2022年、中塚氏は34歳で独立。しかし、当初から潤沢な資金があったわけではない。[創業メンバー]中塚代表:34歳で独立した当初から、外部資本には頼らず、自己勘定投資というスタイルでやっていくと決めていました。しかし、M&Aに必要な資金を調達するにあたり、金融機関をいくつも訪ねても「新設法人」「若すぎる」「実績がない」といった理由で断られ続けました。それでも信念を曲げることなく、地道に足を運び続け、最終的には50行以上の金融機関と対話することで、資金調達に成功しました。外部の出資者を持たず、すべて自社の判断と資金で投資を行うスタイルは、創業時からの信念として大切にしています。会社創設初期の頃はキャッシュを稼がなくてはいけなかったので、コンサルティング業務を行いつつ、会社を買ってバリューアップを図る、という二足のわらじで活動していました。しかし、この日銭を稼ぐ、という行動はビジネスにとってすごく重要だと感じています。自分たちで日銭を稼いでいくこと、これがビジネスのキーワードだと思いますし、それができない経営者は持続的な経営には向いていないのではと感じます。中小企業では特に、毎日売上を立てて、資金繰りをして、という泥臭い営みの連続ですから。そうした中小企業の現場に向き合ううちに、自分自身の志向や価値観とも強くフィットしていることに気づきました。中塚代表がスタートアップ投資より中小企業投資に惹かれるのは、よりハードゲームを求める自身の性格も関係しているという中塚代表:昔から、複雑で入り組んだ構造に惹かれるタイプでした。戦略シミュレーションゲームのように、要素が絡み合うものを考えるのが好きだったんです。ベンチャー経営にも大きな意義とダイナミズムがありますし、スピード感をもって突き進むその特性は、社会に新しい価値を生み出す上でとても重要だと思っています。ただ、私自身はもう少し多面的で複雑な課題に腰を据えて向き合うスタイルの方が性に合っていたようです。中小企業経営には、「ものづくり」「資金繰り」「採用」「後継者の育成」など、さまざまな要素が絡み合っています。まさに“ハードゲーム”と呼べるような奥深さがあり、その難しさに強く惹かれました。「自己勘定投資」の利点を中塚代表に伺った。中塚代表:自己勘定投資の最大の利点は、やはり外部の意向に影響されないことです。投資家がいないからこそ、完全に独立した立場で中小企業と関わり、本当にその会社のためだけに判断ができる。オーナーや経営陣の意向を最大限に反映させることができるので、社名を変えたくないとか、経営体制を維持したいといった要望にも、しっかり応えられるんです。結果として、従来の会社の姿を崩さずに、継続的な支援ができる。外部に投資家がいる場合、どうしてもその視線を意識せざるを得ず、レポーティングや資料作成に多くの時間を割かなければなりません。さらに、Exit(売却)のタイミングも投資家の意向で決定されることが多く、自社だけで柔軟に判断するのが難しくなります。その結果、新規事業や設備投資といった将来に向けた意思決定が制限されたり、タイミングを逸するリスクも生じます。たとえ会社の未来にとって今やるべき取り組みであっても、「Exitが近いため控えよう」と判断され、見送られてしまうケースも少なくありません。それに、ファンドであるがゆえに、投資先を2年で売らなければいけない、というような状況もあります。実際、投資家が「もう回収したい」と言ってきたからという理由だけで、まだ伸びしろのある会社を急いで売るような場面も経験しました。明らかにその企業のためにならない、無理な売り方をすることもあります。売却先が最適とは思えなくても、ファンドとしては期中での成果を出さなきゃいけない。結果として、会社にとって最適な判断が難しくなる場面もあります。さらに、投資先を選ぶときも、ファンドでは様々な制約があります。「この業界はファンドポリシーとしてやりません」とか、「社会課題の解決に貢献してても、収益性が乏しいから投資対象外」といった判断がなされることもあります。社会的に重要なテーマであっても、こうした制約によって投資が実現しないケースがあるのが現実です。だからこそNYCでは、今後も自己勘定投資という立場を守りながら、企業ごとに最適な支援を追求していきたいと考えています。前編ではNYC株式会社の設立の経緯や自己勘定投資について伺いました。後編では、経営者を生み出すための同社の取り組みや中小企業のM&Aを志す人へのメッセージについてお話を伺います。