インタビュイー:株式会社東海モデル 代表取締役社長 尾崎剛史様1984年の創業から培ってきた技術や経験、知識を活かし、自動車関連の試作品製作をはじめとして幅広い業界における工業製品の開発支援を手がけている株式会社東海モデル。軌道にのっていた本業が、自動車業界に押し寄せた開発費削減の波や新型コロナウイルスの流行といった打撃を受ける中、新たな試みとしてアイデアを持った個人や中小企業が容易に製品開発に着手できるプラットフォームサービス「ハツメイト」を立ち上げた。「モノづくり日本」を復活させるべく、アイデアの原石を持つ全国の中小企業、フリーランスの方々とのオープンイノベーションを創出する東海モデルの代表取締役を務める尾崎剛史氏に、新規事業立ち上げに挑戦された経緯や想いについて話を聞いた。40年余りの事業経験で培った多様な工業製品の開発東海モデルは、自動車をはじめとする多様な工業製品の試作サービスと3Dモデリングなどの最先端技術を活用した設計とデザインを手がけるCAD / CAMサービスを展開している。はじめに、東海モデルの直近の事業内容を伺った。尾崎代表:元々は、金型製作用の木型を製作する会社として創業しました。その後、3DプリンターやNC工作機械などの先進設備をいち早く導入し、試作品製作へと事業をシフトしていきました。これまでは、自動車業界の製品試作を主としていたのですが、ここ数年は特に開発支援をさせて頂く業界は幅広くなっており、デザインモデル、展示モデル、確認/検討用モデル、モックアップ、検査治具等の幅広い要望に応える総合試作メーカーとして事業を行っています。最近のことを例に挙げると、ジャパンモビリティショーの展示車両などが代表的な製作事例となります。右も左も分からない状態で引き継いだ家業東海モデルの創業者は(尾崎代表の)父親。2014年に会社を引き継ぐため地元・愛知県に戻るまでは「正直、何をやっているのか分かっていなかった」と尾崎代表は語る。尾崎代表:ミュージシャンになる夢を抱いて18歳で上京し、音楽活動に没頭する傍らで、経営や、会計の勉強をしていました。その後、大学院に進学し結婚もしたために、会計事務所で初めてのビジネスキャリアを歩むことを決意しました。その後は、外資系クライアントを多く抱える別の会計事務所で英語が日常の環境に身を置いたり、税理士法人で創業フェーズのクライアント案件に関わったりと、実務経験を重ねてきました。このまま東京に住み続けるんだろうなと感じていたのですが、長女の誕生後、「そろそろ、田舎に引っ越そうか。」と妻と話す機会が増えてきて、そんな折、父から「地元へ帰って来るなら、今が最後のチャンスだ。」と言われたのです。正直なところ、父の会社が何を行っているのかあまり知らなかったんですよ。ただ、会社の古株の人たちには幼い頃からお世話になっており、「自分に何ができるか分からないけど地元に帰ってみるか」と決意しました。最初は、作業着を着て従業員の方々がどんな仕事しているのか観察するみたいなことから始まって。でも、簡単に理解出来るような仕事ではないですし、営業に出るようになっても、クライアント様に自社のサービスについて質問をしてしまうような状態だったので、周囲にかなりの不安を抱かせてしまうスタートだったのではないでしょうか(笑)オープンイノベーションに行きついたきっかけ不安の多い船出だったが、尾崎代表の地道な活動が実り、入社後の3年間は順調に事業が推移していた。そんな中で、東海モデルがオープンイノベーションに取り組むきっかけにも繋がる、2つの出来事が尾崎代表を襲う。尾崎代表:2017年の末ごろに、メインクライアント様を中心に開発費を削減していく方針が打ち出されてしまいました。開発支援をメインとしている僕らは、一気に打撃を受け、メインクライアント様からの売上で言うと翌年には約10分の1まで減少してしまいましたね。この時に、少数のクライアント様とのお付き合いに依存していては危ないと実感したことで、色々な業種のメーカーさんにお声がけをさせていただくようになりました。とにかく走り回り、様々なクライアント様の開発支援をさせていただいて、やっとのことで巻き返しを始めたタイミングで今度は新型コロナウイルスの流行によるダメージをうけることになりました。今ほどオンライン会議も浸透していなかったこともあり、せっかくお付き合いが始まったクライアント様に会うこともままならず、事業を進めることがかなり難しいという状況になりました。この、開発費用の削減と新型コロナウイルスの流行という2つの大きな危機を受けて、他社様から依頼をいただいて仕事をするだけではなく、自社プロダクトの開発など何か自分達が発信源となれる事業をはじめなくてはと強く感じました。しかしながら、今まではクライアント様からの依頼に基づいて製品製作をするという経験しかなかったため、自社製品を開発するということは相当に困難で、失敗を繰り返し、助けを求めて日本全国の製品開発の支援会社に「自社製品の企画や開発を一緒にやってほしい」とひたすら電話をかけたりもしました。とはいえ、なかなか想いを理解していただくことは難しく、苦戦していたときにふと、「アイデアを一緒にブラッシュアップしたり、開発活動を何でも相談できたり、お手伝いしあえるコミュニティがあればいいのに」と思いつく瞬間がありました。そして立ち上げたサービスがハツメイトになります。新規事業「ハツメイト」についてハツメイトを立ち上げたことで、大手企業から中小企業、そして個人に至るまで幅広く開発を支援することになった尾崎代表。自身が税理士法人にいた経験を活かして、会社設立や特許取得のアドバイスも行うなど、試作品の製作に留まらずサービスを提供するように。そして事業を通じ様々な業界の「仲間」とも呼べる企業や個人との繋がりが増えていき、彼らからの顧客紹介や協業をもとにサービスはどんどん拡大していっている。尾崎代表:せっかく秀逸なアイデアを持っていても、類似製品の製造会社に問い合わせをすると、当たり前ですが「製造のために必要なお金」や「最低の製造数」等の製造にまつわる話に終始してしまうんですよね。構想段階など、まだ明確な形になっていない人にとっては、アイデアについてデザインや今後の戦略などの製造工程に入る前の段階で相談できる窓口が少ないのです。ハツメイトであれば、当社の多様な試作品製作のノウハウを活かすことで、ラフスケッチの段階からデザインや構造のご提案、実際の製作、その後の販促支援までお客様のニーズに応じてご相談に乗らせていただきます。また、一点ものの製作をはじめとした製造数や完成度なども柔軟に応じることができます。こうして、アイデアから実際の開発や製造、販売に至るまでの障壁を取り除くことで、面白いアイデアを持っている沢山の方々にお会いして、多様なアイデアを一緒に形にできる状態を実現することができました。アイデアを持つユーザーの方や、そのアイデアを形にするために協業してくださる私の想いに共感いただいた仲間との出会いを通じて、私自身の考えや動きにも変化がありました。例えば、ビジネスマッチングイベントで出会ったアパレル業界の企業から「何か一緒にやりませんかね」と、協業のお話をいただいたとしても、今までは本業の守備範囲外としてお断りしてしまっていました。しかし、今では「一緒にどんなことができそうか?」という意識でお話を伺えるようになりましたね。そんな変化の結果、様々な取り組みがハツメイトから生まれております。アパレル用品の製造過程で生まれる廃棄予定の素材などをアップサイクリングした製品製作を企画したり、システム開発会社の方と共に多言語翻訳機を発明したりと、自動車業界の仕事がほぼ99%だった頃と比較すると挑戦の幅が大きく広がりました。前編では、東海モデルの直近の事業内容と、オープンイノベーションに至る経緯、さらに新規事業「ハツメイト」の立ち上げまでに至った背景について伺いました。後編では、ハツメイトを通して実現したい尾崎代表の想いや、オープンイノベーションをはじめとする新規事業の立ち上げに必要なマインドセットについて伺いました。