インタビュイー:有限会社ノア(NOAH) 代表取締役 山野井 良夫 様昭和55年創業の有限会社ノア(NOAH)は、ガーデニング資材やナチュラル雑貨を取り扱う卸問屋として、長年にわたり小売店様とメーカー様の橋渡しを担ってきた。最大の特徴は、「ロットに関係なく、希望数量で仕入れ可能」「複数メーカー様の商品を混載発注できる」という、柔軟で使い勝手の良い仕組みだ。さらに2025年からは、ノア豊中本店にて一般顧客向けの販売もスタート。300坪の広々とした店内には1万点を超える商品がずらりと並び、「実際に手に取って選べる場所」として口コミで話題を集めている。代表取締役の 山野井代表は、ノアの使命をこう語る――「プロだけでなく一般の方にも園芸に触れるきっかけを提供し、その魅力を再発見してもらいたい。」縮小傾向にある園芸業界にあって、ひとつひとつの商品に宿る価値や背景を丁寧に伝えることで、人々に“新しい発見”を届けたいという。単なる卸問屋の枠を超え、園芸を通じて豊かなライフスタイルを提案するノア。後編では、山野井代表がノアへ入社するきっかけと、2025年から一般に向けた販売を始めた経緯、そして今後に向けてノアが描く園芸業界の未来図を探っていきたい。“想定外”から始まった家業との再接続大学卒業後、製薬会社でキャリアを築いていた山野井代表。父親(現会長)が創業したノアへの道は、当初、自身の想定の中にはなかったという。植木鉢にも園芸にも特別な関心がなかった代表が、なぜ家業へと歩みを進めたのか。山野井代表:大学を卒業したのは平成7年。新卒で外資系製薬会社・バイエル薬品に入社し、大阪市内の病院や開業医を担当するMRとして約6年勤務。その後、武田薬品に転職し、広島で3年、群馬で3年、計12年間、MRとしてキャリアを積みました。当時の私は、植物や植木鉢に特別な関心はなく、薬の知識を深めていくことにやりがいを感じていました。MRの仕事が純粋に楽しかったんです。転機が訪れたのは、群馬に住んでいた頃。息子が小学校に上がるタイミングで、これからの家族の暮らし方を真剣に考えるようになりました。製薬会社では転勤が避けられず、このままでは家族と離れて暮らす単身赴任生活になる。だったら、家族は地元・関西に戻し、自分だけが単身で働き続けようと考え、春に家探しのため帰省しました。そのとき、父と久々に話す機会があり、ふいに「この機会に一緒にやってみないか」と声をかけられました。それまで父の仕事を手伝ったことはあっても、本気で関わるなんて考えたこともなく、まさに想定外の提案でした。私は7人家族で育ち、祖父母とも同居。父は営業で帰りも遅く、昭和の父らしく厳しい人。自然と距離を置くようになり、大学も家から通えるのに一人暮らしを始めてしまったほどです。尊敬というより、どこか遠い存在でした。だからこそ、その一言には本当に驚きました。たとえるなら、自分なんて眼中にないと思っていた相手から突然「好きだ」と言われて、急に意識してしまう感覚に近かった。そこから「父と一緒に働くのも悪くないかもしれない」と思い始めました。母も驚いていて、後から父に「嬉しいの?」と尋ねたそうです。父は「何言うてんねん、嬉しいに決まってるやろ」と即答したそうで、その言葉が妙に胸に残ったのを覚えています。その後、父と話す中で、「園芸業界を元気にしたい」「小売店様やメーカー様に貢献したい」という信念にも触れ、ノアが業界内で確かな信頼を築いてきたことを知りました。そして、自分がその右腕として支える道も悪くないと思えるようになったんです。実際には、私以上に妻や両親のほうが前向きでした。妻も「どうせ関西に戻る予定だったし、離れて暮らすよりずっといい」と背中を押してくれました。そうして、家族の自然な流れの中で、私はノアへ歩みを進めることになりました。山野井代表が転勤の多い職種に就いていなかったら、あるいは転勤先が関西から近い場所だったら、ノアに入ることも無かったのかもしれない。山野井代表:だから、運命的と言ったら言い過ぎかもしれませんけど。今となっては後を継ぐような形になったんですけど、当時は後を継ぐというよりは、父の右腕になろうというイメージでしたね。これだけ父が頑張っていて、色々な人から「先生」と呼ばれていて。やはり威厳のある父というか、格好良い父でいて欲しいというのもあって、裏方で支えていきたいなと思ったんですよね。親子で意見がぶつかることもあるが、各々の役割を果たしながら二人三脚で事業を盛り立てているという。特に『みどりの雑貨屋(直営の小売店)』は、植物を使った世界観の可能性を表現をするアンテナショップとしての役割を果たしている。山野井代表:ここまで、実際は喧嘩ばかりですよ。意見がぶつかることは本当に多くて、しょっちゅうあります。ただ、ある程度は事業部を分けて動いていて、それがうまく機能していると思います。ノア全体の経理・人事・総務といった管理部門はすべて私が担っています。一方、父は会長として会社全体を見守る立場にいて、それぞれの領域で役割分担ができている状態です。加えて、私が主導しているのが直営の小売店『みどりの雑貨屋』です。現在、5店舗ほど展開しています。なぜ直営店をやっているのかというと、植物業界ではメーカー様から安定して商品を仕入れるために、一定のバイイングパワー(仕入れ量)が求められるからです。しかし、近年は小売店様の高齢化が進み、さらに業界全体が多極化・細分化していて、従来のようにまとまったロットでの仕入れが難しくなっています。その点、直営店があることで、自社の意向に合わせて商品を柔軟に引ける体制がつくれますし、販売チャネルとしても機能します。結果として、メーカー様に対しても十分なグロス(総販売量)を確保することができるのです。また、『みどりの雑貨屋』はアンテナショップとしての役割も担っています。植物と鉢をどう組み合わせれば、どんな店舗空間ができあがるのか。その世界観を実店舗で表現することで、他の小売店の方々にも「こんな売場のつくり方があるのか」と感じてもらえる場になっています。自社の表現と流通の両方を兼ね備えた、非常に重要なポジションなんです。“プロ仕様の世界観をそのままに”一般開放という新たな挑戦卸問屋としてノアの大きな特徴は、一般に向けた商品の販売でも人気を博しているという点だ。2025年から始めた新事業だが、それを決意した背景にはどのような考えがあったのか。山野井代表:ノアの売場って、見た目はまるで倉庫のようなんです。外から見るとちょっと怪しくも見えるかもしれませんが、一歩中に入れば、膨大な植木鉢や関連商品が所狭しと並んでいて、まるで異世界のような空間が広がっているんです。そうした中で、一般のお客様がふらっと立ち寄られて、「一般人でも購入できるんですか?」と聞かれることがよくありました。でも長年、「すみません、プロ向けのみなんです」とお断りするのが当たり前になっていたんです。しばらくはそれで問題なかったのですが、ここ数年でSNSが大きく影響してきました。プロのお客様が写真を投稿したり、YouTuberが動画で紹介したりすることで、「あの場所に行ってみたい」「あそこで買ってみたい」という一般の方が増えてきたんです。とはいえ、ノアはあくまで卸です。これまでは「プロ登録がない方には販売できません」とお断りしてきましたし、実際にお帰りいただいたケースも多々ありました。そんな状況を、現場のスタッフから何度も耳にするうちに、「定価であれば、一般の方にも販売していいのではないか?」という考えに至りました。それまでは、どうしても「卸値で売るか、売らないか」という二択の思考になっていて、そこから抜け出せなかったんです。でも、実際に「定価になりますが大丈夫ですか?」と伺うと、「それで構いません」と答えてくださる方がほとんどでした。そのとき初めて気づいたんです。お客様が本当に求めていたのは“安さ”ではなくて、“この世界観の中で、プロ御用達の商品を選ぶ体験”だったんだと。それが分かってからは、「それなら一般の方向けにもしっかりご案内しよう」と、社内で企画書を作成し、事業としてスタートさせることにしました。ですので、本当にごく最近はじまった、新しい挑戦なんです。一般に向けた販売を始めて半年ほどが過ぎているが、売れ行きは好調だという。そして、これは「園芸業界の裾野を広げる」という 山野井代表の理念とも繋がっている。山野井代表:正確な人数は計算していないのですが、売上の金額としては着実に増えています。今では全体の約1割を一般のお客様が占めていて、思っていた以上の反響がありますね。「プロ」と「個人」という言い方をあえてしていますが、私たちは単純に「法人かどうか」で線引きしていません。園芸に関わる方の中には、法人を持たずに個人で活動されている方が非常に多いんです。たとえば、主婦の方がお友達を自宅に招いて、お花の教室やグリーンサロンを開いたり。あるいは、自分で育てた植物を譲ってほしいと頼まれて、少しずつ販売するようになったり。そうした“個人の延長”のような活動が、プロの入口になっていくケースも実際にあります。ノアにお越しになる方の中には、そうした“セミプロ”のような立場の方が多くいらっしゃいます。ですから今は、「一般の方がノアで購入したことをきっかけに、少しずつ活動の幅を広げ、やがてはプロとして育っていく」そんな成長のストーリーを想定して、販売の仕組みを整えています。例えば、自分で植えた鉢をネットで販売したり、メルカリやオークションを通じて少しずつ販路を広げたり。そこからネットショップを立ち上げる方も出てくる。そんな風にして園芸の裾野が広がり、生活の中にグリーンを取り入れる人が増えていく。そうした循環が生まれていくことを目指しています。私たちとしては、できるだけ多くの人に植物の魅力に触れてもらい、やがて「目覚めていく」きっかけになれば嬉しい。そしてそれが、業界全体の活性化にもつながると考えています。園芸のある暮らしをもっと日常に――業界の“裾野”を広げる挑戦他にはない独自の仕組みで、園芸業界を引っ張っているノアと 山野井代表。目指すのは、ノアを中心として日本中に園芸の裾野が広がっていくような未来だという。山野井代表:私のイメージとしては、ノアをあちこちに増やしていくのではなく、ここを中心にして“裾野”を広げていくこと。つまり、各地に自分の世界観で植木鉢や植物を提案する人やお店が増えていくような流れをつくりたいと考えています。店舗を始めたいという方にアドバイスを求められることもありますが、私はできるだけ、その人自身の感性でやってもらいたいと思っているんです。あまり手を入れすぎると、個性が失われてしまいますから。別に大きなお店でなくても構いません。自宅での販売でもいいし、今はネットも発達しているので、自分らしいテイストを表現したネットショップでもいい。ノアとしては、植木鉢を小ロットで供給できる機能を活かして、全国のそうしたお店や個人の方に向けて柔軟に対応しています。つまり、ノアがハブとなって、全国に“自分らしさ”を大切にするショップが増えていくことで、それぞれが独自の世界観を持って発信できるようになる。そうすれば、そこに共感する一般のファンも増えて、さらに家庭にもグリーンが広がっていくはずです。多様なテイストのお店が生まれれば、それだけ入口が増えるわけです。これまでグリーンを生活に取り入れてこなかった人たちも、自分に合ったスタイルを見つけて、植物を楽しむようになる。そうなれば、植木鉢の需要も増え、メーカー様の存続や地域産業の維持・発展にもつながっていくと考えています。実際、今は国内の焼き物業界はかなり厳しい状況です。信楽や常滑といった産地でも、自社で焼いているのは作家さんくらい。多くは食器づくりにシフトし、植木鉢はコストが合わないため海外での製造に頼っている現状があります。けれど、国内での需要がしっかりと育っていけば、再び信楽や常滑といった地場で植木鉢を焼く機会も増えてくるかもしれません。日本の植木鉢文化、園芸文化を次の世代につなげていくためにも、今はその“裾野”をどれだけ広げられるかが鍵だと考えています。「ノア(NOAH)」という社名は、旧約聖書『創世記』に登場する「ノアの方舟」に由来する。時代の変化の中で縮小傾向にある園芸業界において、それぞれの世界観を表現できる「植木鉢のプラットフォーム」として、多くの作り手や売り手を支える“方舟”のような存在を目指している。山野井代表:社名は、もともと父が「ノアの方舟」から取ったものです。園芸業界の衰退を目の当たりにして、植物だけを扱っていてはこの先厳しいと考えたんですね。そこから「ノア」という新しい仕組みを提案しました。特に植木鉢メーカー様は今、非常に厳しい状況にあります。実際、倒産する会社も多く、その後に元社員が個人で新たなメーカー様を立ち上げるケースもよく見られます。言い換えれば“新陳代謝”が活発だとも言えますが、新しく生まれたメーカー様がどこで販路を見つけるか、どこに卸せばいいかといった「表現の場」がないという課題があるんです。もちろん、市場に卸すという手段もありますが、需要がなければそもそも扱ってもらえません。そうした中で、ノアは独自性のある植木鉢も“品揃えの一部”として受け入れる柔軟性を持っています。「ここで試してみたらどうですか?」と、コーナーを設けて提案することができる。これが、新たにスタートしたメーカー様にとっては「まず表現できる場所がある」という点で、非常にありがたいと言っていただいています。今では、「ノアは植木鉢のアマゾンのような存在だ」と言ってもらえることもあります。作り手が自由に世界観を表現でき、買い手がそれを見つけられる。そんなプラットフォームとして、業界に貢献できればと考えています。目指すのは、植木鉢を中心にした「園芸の日常化」だ。ノアの展開は、園芸業界の発展と相互作用的に進んでいく。山野井代表: 本来はもっと夢を語るべきなのですが、実際にここまで事業を続けてくる中で、資金繰りや棚卸など、現実的な課題と向き合わざるを得ないのも事実です。直営店をもう1店舗増やすだけでも、大変な労力がかかります。いずれは東京にも出店すべきだと思っていますが、そこに到達するには、もっと多くの方に“植木鉢そのもの”に興味を持っていただく必要があります。たとえば、日常会話の中で「どんな植木鉢にしようか」といったやり取りが自然と出てくるような世界が理想ですね。今はどうしても“植物”に注目が集まりがちで、植木鉢は脇役のような扱いになっています。でも、私はよく「植木鉢は植物にとっての靴」だと言っています。今の状況は、おしゃれな服を着ていても、足元は何でもいいやと適当な靴を履いているような状態なんです。そこを変えていきたい。もっと多くの人が、植木鉢にもこだわりを持つようになれば、植木鉢という存在が生活に浸透し、東京出店も“夢”ではなく“必然”になると思っています。現在、私たちの直営店『みどりの雑貨屋』では、スタッフと共に提案型の店舗づくりを進めています。植物と植木鉢を組み合わせて一つの世界観として表現し、来店されたお客様にも「こんな組み合わせがあるんだ」と感じてもらえるような売場づくりを心がけています。いわば、「植木鉢屋が植物屋をやったらこうなる」という店舗です。植木鉢の品揃えは非常に豊富で、単なる植物の販売ではなく、“組み合わせの提案”そのものがサービスになっている。こうしたお店が全国に広がっていけば、植木鉢への関心も自然と高まり、業界全体の発展につながると信じています。インタビュー後記取材を通じて感じたのは、ノアがただの卸問屋ではないということです。山野井代表の言葉からは、現場への深い理解と、園芸の楽しさを広げたいという強い思いが伝わってきました。「植木鉢は植物の靴」という表現に象徴されるように、日常の中に園芸を根づかせようとする姿勢は、業界の未来に向けた挑戦でもあります。ノアが目指す“交差点”のような場所が、これからどんな広がりを見せるのか楽しみです。