インタビュイー:株式会社アキュイティー 代表取締役 佐藤 眞平様工場で長年培われた熟練工の勘や職人技。その微細な“動き”をデータとして記録し、誰もが共有・活用できる資産に変えられたならー。そんな発想のもと、現場の生産性向上や技術継承、さらには伝統工芸の技術保存にも挑む企業がある。「人の動きをデータ化することで、製造業や社会の課題解決に貢献したい」。そう語るのは、株式会社アキュイティーの佐藤眞平代表だ。アキュイティーはモーションキャプチャー技術を用いて人間や機械の動きをデータ化し、製造現場のDXや技能伝承の効率化、さらには伝統工芸の技術保存まで幅広く応用している。佐藤代表は大学卒業後、数社での経験を経て、画像処理技術やスポーツで培った視点を起点に事業を展開してきた。後編では、佐藤代表が起業に至ったきっかけや社名の由来、新たな市場をゼロから切り拓くうえでの苦労、さらに現在の組織と今後の展望について詳しく伺った。起業のきっかけ―モーションキャプチャーとの出会い大学卒業後、佐藤代表は画像処理技術の面白さを感じながらも、起業への明確なトリガーを探していた。友人から起業を止められたこともあり、まずは大企業で社会の常識を学び、経験を積むことを選んだ。しかし、決定的なきっかけはモーションキャプチャーという技術との出会いだった。佐藤代表:20代の頃から「いつかは起業したい」という想いがありました。とはいえ、何を軸にするかはまだ定まっていませんでした。手探りで自分の関心を探す中で出会ったのが、画像処理技術です。カメラが“目”となり、解析が“脳”となって現実を読み解く。その仕組みに大きな可能性を感じ、「これはきっと、自分の人生を懸けるに値する分野だ」と直感しました。ただ、若さゆえの勢いだけでは続かないことも分かっていました。すでに起業していた友人たちに相談すると、「今やるのは早い。必ず“やるべきタイミング”が来るから、その時まで待て」と止められたんです。今思えば、あの助言は“焦るな、準備を整えろ”というメッセージだったのだと思います。その後、私はベンチャー企業で技術と営業の両方を経験しました。仕事は刺激的でしたが、どこかで自分の成長が頭打ちになっている感覚もありました。「このままでは世界の仕組みを変える力を持てない」と感じ、大企業に転職して社会の構造や常識を体系的に学ぶ道を選びました。そんな中、決定的な転機が訪れます。大学の先生から「リハビリの自動化を実現するために、指の動きを1ミリ単位でリアルタイムにデータ化したい。100万円でできないか」と相談されたのです。当時の技術では、同様のことを実現するのに1回の測定と分析で700万〜800万円は必要でした。ですが、私は「モーションキャプチャーを使えば、もっと安く、もっと高精度にできる」と直感しました。すぐにカメラを購入し、自らアルゴリズムを組み、試験を重ねた結果、本当にできてしまったんです。成果を先生に見せると、「ぜひうちの研究室で一緒に研究してくれ」と声をかけていただき、それが産学連携の最初の仕事になりました。この成功体験が、私の中で“技術を社会に実装する”という使命感に火をつけたんです。当時、モーションキャプチャーといえば映画やゲームのCG制作が中心。海外の制作会社が扱う機材で、完全にエンターテインメント特化の技術でした。しかし、私は別の可能性を見ていました。「この性能と価格でここまでできるなら、工業用の精密計測器としても十分に通用する」と確信したのです。その後2〜3年が経ち、偶然そのデバイスの製造元であるアメリカ企業の社長と出会いました。私は「この技術を日本で“計測器”として売らせてほしい」と直談判しました。当初は乗り気ではなかった彼も、私の熱意に押されて「いいだろう」と許可をくれた。その瞬間、私の中で長年温めてきた構想が現実のビジネスへと動き出したんです。2015年、アキュイティーを創業しました。社名の「Acuity」は“視覚”や“鋭敏さ”を意味する言葉です。「見えないものを見える化し、曖昧をなくす」ーそれが私たちの哲学であり、私の人生を通じて実現したいテーマです。技術を通じて社会の解像度を上げる。あのとき胸に抱いた信念は、今も変わっていません。「ニッチ」を「スタンダード」へ―新市場を切り拓く苦悩と戦略これからさまざまな業界で浸透していくであろう「動きのデータ化」。この新しい市場をゼロから作り上げていく過程では、事業そのものに加えて「啓蒙活動」が不可欠だと佐藤代表は語る。佐藤代表:経営においても、採用においても、私たちが常に意識しているのは“啓蒙”です。「人の動きをデータ化する」という発想自体がまだ一般的ではないので、その価値を伝えることが最初の壁になります。例えば、新卒の方に「製造業の生産効率を動きのデータで最適化する」と言っても、すぐにはピンとこない。そんなときに一番わかりやすいのが、スポーツの例えです。野球の長嶋さんが「グッと踏み込んで」と言うときの“グッと”ーこの感覚を数値で表現できるとしたらどうでしょうか。私たちの技術はまさにそれを可能にするものです。スポーツを経験した人なら、そのイメージがすぐに腑に落ちる。だからこそ、製造業を主軸に置きつつも、スポーツとの接点は絶やしたくないと思っています。スポーツという“感覚の世界”で成果を出せる技術であれば、他分野に応用する際にも理解が得やすい。それは、どんな領域にも共通する“身体の言語”だからです。また、私たちは既存の市場を追うだけでなく、新しいマーケットを自らつくることも意識しています。現時点でまだ十分な投資余力がない業界でも、明確な課題や潜在的ニーズが見えている分野には、先行して自社のリソースを投じる価値があると考えています。イノベーションは、誰かが始めなければ市場にならない。だからこそ、“最初の一歩”を踏み出すことに恐れはありません。そのうえで今、私が最も強く感じている課題は「イージー・トゥ・ユース(Easy to Use)」、つまり“誰でも簡単に使えること”の重要性です。私たちの理想は、カメラを「パシャッ」と置くだけで動きが自動的にデータ化される世界。作業時間(タクトタイム)が自動で取得され、「上手い人とそうでない人は、ここが違う」という分析レポートをAIが自動生成してくれる。技術の価値を社会に浸透させるには、専門知識がなくても成果を出せるプロダクトでなければなりません。誰もが使えること。これは単に“便利”という意味ではなく、「技術を社会に根付かせる条件」だと思っています。どんなに優れたテクノロジーでも、一部の人にしか扱えないままでは、文化として定着しません。動きのデータ化を“特別な技術”から“当たり前のツール”へーニッチだった世界をスタンダードに変えていく。その過程こそが、アキュイティーの挑戦の本質なんです。組織の現在地と、未来を共に創る仲間への想い「製造業はあくまで入口」と語る佐藤代表。この無限の可能性を秘めた事業をスケールさせるため、現在の組織の状況、そして多くの会社が直面する組織運営の課題を経て、佐藤代表が見出した「アキュイティーらしさ」とは何だったのか。現在、同社は約30名の組織となったが、この成長の裏側には、創業期からのカルチャーに関する大きな葛藤があったという。佐藤代表:今のアキュイティーはおよそ30名の組織です。実は創業から4〜5年目の時点で、すでに同じ規模に達していました。つまり、ここ数年は組織の人数としては横ばい。私はこの停滞に、ずっとモヤモヤを感じていました。その背景には、二度の組織崩壊という苦い経験があります。創業当初のアキュイティーは、典型的な体育会系スタートアップでした。私自身、昭和生まれで部活育ちということもあり、みんなが夜遅くまで残業して、そのあと居酒屋で語り合う。そんな「気合と熱」で突き進む集団でした。けれども、ある時に迎え入れた新たなメンバーから「会社を“大人の組織”にしなければ継続性はない」と進言され、組織運営の方向性を180度転換したんです。私が全員を名前で呼び捨てにしていた文化を改め、全員の意見を尊重する、いわば“スマートな会社”を目指しました。勿論、良い点もあった反面、当社にとっては良くない方向へと進んでしまいました。創業メンバーを含め、会社の一体感が崩れ、それが事業の成長を鈍化させました。言わば、組織崩壊と呼べるような状態を初めて経験しました。その後も「成長のためには自分のキャラクターを変えなければ」と思い込み、いわゆる“社長らしさ”を演じようとした時期もありました。しかし、次第に自分らしさを見失い、再び組織が瓦解。経営も一時的に赤字に転落し、「このままでは会社が潰れてしまう」と本気で感じました。この二度の経験で痛感したのは、「他人の言葉でカルチャーを作ることはできない」ということです。経営の形は“借り物”では続かない。どんなに正論でも、自分が心から信じていないやり方では、誰の心も動かせないんです。特にスタートアップでは、経営陣の熱量、想いが大切なので、大企業のようなやり方は合わないと私は思います。そこから私は、もう一度“自分の原点”に立ち戻りました。社員には「俺は自分の思うことをはっきり言う。それで合うなら一緒にやろう、合わないなら離れても構わない」と伝えました。強く聞こえるかもしれませんが、これは対立ではなく、お互いを尊重する健全な新陳代謝の考え方です。結果として、今の組織は創業期の情熱を取り戻しながらも、当時にはなかった冷静さと経験を備えた“進化した原点回帰”を実現できています。そういった背景もあり、新たなメンバーを迎える際に大切にしているのは、ただひとつ。それは「素直であること」です。素直さがあれば、どんな変化にも対応できるし、何より仕事が楽しくなる。経営者が伸び伸びと働いていると、それがチームに伝わっていく。逆に、遠慮や我慢の空気が組織に蔓延すると、挑戦の火が消えてしまう。今はそのバランスを取り戻し、チーム全体が前を向けるようになりました。これからのビジョンは大きく二つあります。一つ目は、日本の製造業で確固たる成功事例をつくり、それを海外へ展開していくこと。実際にマレーシアでソリューションを提供したところ、日本以上に強いニーズがありました。アジアの文化圏では監視や管理への抵抗が少なく、動作分析が生産管理の一部として受け入れられやすい。だからこそ、ここには爆発的に市場が広がる兆しを感じています。また、文化や産業構造が近いドイツなど、ヨーロッパへの展開も視野に入れています。二つ目は、この技術に触れられる人をもっと増やすことです。今は高性能GPUを搭載した機材が必要で、システム構築に数十万円規模のコストがかかります。これを「月3万円で使える」ようにしたい。リアルタイム処理が不要なケースでは、映像をアップロードするだけで自動解析できる仕組みも整えたいと考えています。誰もが簡単に扱える環境をつくるーそれが次のミッションです。そのためには、単に技術を磨くだけでなく、“文化としての価値”を浸透させることが必要です。例えば、スポーツ選手は自分のプレー映像を分析して上達しますが、日常の仕事では多くの人が「動きを振り返る」ことをしません。自分の動作をデータで理解する文化が根付けば、社会全体のパフォーマンスが上がる。私は、動きのデータ化を“人間の成長を支える新しい言語”にしたいと考えています。市場の可能性を考えれば、大型の資金調達や将来的なIPOも視野に入ります。ただし、資本を受け入れる際には、自分たちの理念が揺らがないことが大前提です。焦って拡大するのではなく、信念を共有できるパートナーとの出会いを待ちながら、今は地に足をつけて次のステージの準備を進めています。アキュイティーの挑戦は、技術だけでなく「人と組織のあり方」そのものをアップデートする取り組みです。私はこの会社を、“素直に挑戦する人が輝ける場所”にしたいと思っています。インタビュー後記インタビューを通じて、アキュイティーの事業が「人の動き」の価値を再定義し、それを社会の資産へと昇華させようとしていることが伝わってきました。20代での起業断念、エンタメ技術の工業転用、そして組織崩壊の危機 ー 幾多の経験を経て、佐藤代表は「素直に、伸び伸びと働く」というアキュイティーらしい組織作りの原点に立ち返りました。この文化こそが、アキュイティーの挑戦を支える強さの源だと感じます。「製造業はあくまで入口」という言葉の通り、同社が見据える未来は広大です。動きをデータ化することで人と社会の成長を支え、曖昧さをなくす。アキュイティーの挑戦は、技術革新を超えて“人間の可能性”を拡張していく歩みなのだと思います。