インタビュイー:株式会社こっこー 代表取締役社長 槙岡達也様広島県呉市に本社を置く株式会社こっこーは、「鉄は国家なり」と言われた時代から、資源のリサイクルを通じて地域経済を支えてきた企業である。戦後、スクラップの回収から始まった同社は、時代の変化に応じて事業領域を広げながら成長を続けてきた。現在、その舵取りを担うのが3代目の槙岡達也氏だ。同社は近年、長年の主要取引先であった巨大工場の閉鎖により、売上の柱の一つを失うという大きな危機に直面した。そうした厳しい環境変化の中で、槙岡社長が最優先で掲げたのは、「全員の雇用を守る」ことだった。その根底にあったのが、「人を幸せにすることを経営のモチベーションにする」という信念である。家業に戻った当初、槙岡氏が目にしたのは、先代である父の厳しいトップダウン経営のもとでも、懸命に会社を支え続ける社員たちの姿だった。その姿を前に、自らが目指す経営のあり方を模索し、たどり着いたのが、社員一人ひとりの力を引き出す「ボトムアップ経営」だった。前編では、株式会社こっこー 代表取締役社長 槙岡達也氏に、創業から受け継がれてきた歴史や槙岡社長が就任時に決意した経営改革の背景、社員の当事者意識を育む組織改革について、お話を伺った。「鉄の会社」から「総合リサイクル企業」へ。3代目が挑む事業再構築こっこーの歩みは、社会の変化に合わせた柔軟な進化の歴史である。鉄の回収から始まり、現在では多種多様な資源を「再び生かす」総合リサイクル事業へと成長。主要取引先の閉鎖という荒波を越えるべく、さらなる事業の多角化へと舵を切っている。槙岡代表:当社の主力事業は、リサイクル事業です。中でも最も売上高が大きいのは、鉄・非鉄スクラップの加工販売です。そのほかにも、水銀含有廃棄物、プラスチック、木材、ガラスといった産業廃棄物について、収集運搬から中間処理まで一貫して手がけ、資源を再び生かす事業を展開しています。加えて、エクステリア等に用いるアルミ建材の施工販売、住宅や工場の屋根・壁に用いる薄板鉄板の加工販売、各種鋼材加工販売、大手メーカーの構内作業事業も担っています。当社は、戦後間もない時代に祖父がリヤカーを引いてスクラップを集めたことから始まりました。私はその3代目にあたります。創業当初から呉にあった大手製鉄メーカーとの深いお付き合いがあり、スクラップの納入や構内作業を基盤にしながら、事業の多角化を進めてきました。もともと当社には、「鉄を通じて社会に奉仕する」という社是がありました。しかし、2代目である父の代になると、「鉄だけでなく、より幅広い資源を再生する事業へと発展していくべきではないか」という考えが強まっていきました。そこで創業60周年を機に、社名を「株式会社こっこー」へと改めるとともに、企業理念も刷新しました。新たに掲げたのは、「私たちは、人に心地よい環境をつくり、資源を持続的に生かし、地域と共に成長する総合リサイクル・活性化企業です。」という理念です。これを機に、総合リサイクル事業へと本格的に舵を切り、そこから約16年にわたって事業の領域を広げてきました。一方で、近年は大きな転機にも直面しました。長年にわたり当社の事業を支えてきた主要取引先の工場閉鎖が決まり、会社にとって大きな柱の一つが失われることになったのです。こうした環境変化を受けて、現在は新たな成長の柱を築くべく、M&Aによる土木事業への参入をはじめ、解体事業や不動産事業など、新たな分野への挑戦も進めています。「雇用を守る」という覚悟。ボトムアップ経営への転換社長就任後、間もなく訪れた取引先の巨大工場の閉鎖。約130名もの正社員の居場所が奪われかねない極限状態で、槙岡氏が真っ先に宣言したのは「雇用の継続」だった。そこには、父である先代とは異なる、彼ならではの組織論があった。槙岡代表:私が社長に就任した際、長期経営ビジョンとして掲げたのが、「当社に関わる全ての人を幸せにする」という言葉でした。会社にはさまざまなステークホルダーがいますが、最も身近で最も大切にすべき存在は、やはり従業員だと考えました。自分自身が幸せでなければ、他者を幸せにしようとはなかなか思えないものです。だからこそ、まずは従業員の幸せを実現することが、結果としてお客様や地域社会をはじめ、当社に関わるあらゆる人の幸せにつながっていくのではないか。そう考え、今もその想いを経営の軸に据えています。だからこそ、大きな取引先の工場閉鎖という局面に直面した際にも、私の中で最初に立った判断は「雇用を守る」ということでした。当時、その工場には約130人の正社員が従事していました。私は早い段階で彼らの雇用を守ると宣言し、自らを追い込む形で覚悟を決めました。雇用を守り、従業員の幸せを実現するために、新たな挑戦を重ねながら、会社を永続的に発展させていきたいと考えています。私自身、社長に就任した当初から明確な野心や強い向上心を持っていたわけではありません。正直に言えば、何をモチベーションにこの会社を率いていけばよいのか、よく分からないまま地元に戻ってきたところもありました。そんな中で組織に参画して感じたのは、父である先代社長のトップダウン経営のもとで、必死に会社を支えてきた社員たちの姿でした。私は息子ですから、幼い頃から父の厳しさを知っていて、ある意味で「仕方がない」と受け止めてきたところがありました。しかし、社員に対しても同じように厳しく接している姿を目の当たりにしたとき、ここまで懸命についてきてくれた人たちをまず幸せにしたいと強く思ったのです。自分自身のためだけでは大きなモチベーションを持てなかった私にとって、「人を幸せにすること」が経営に向き合う最大の原動力になりました。私は知識も経験も実績もないまま、その立場を引き継ぐことになりました。だからこそ、父と同じやり方はできないとはっきり分かっていました。ただ一方で、「できない」ということは経営者にとって言い訳にはなりません。では、自分なりに会社をどう動かしていくべきか。その答えとしてたどり着いたのが、ボトムアップ型の経営でした。当時の社内には、トップダウンの環境に長く置かれてきたことで、自ら考えることをやめてしまっている社員も少なくありませんでした。言われたことをこなしていれば責任の所在も明確になりますし、その気持ち自体は理解できます。ただ、それでは結局、私も父と同じようにトップダウンで会社を動かさなければならなくなる。それは自分にはできないし、必ずしもそれが会社にとって最善だとも思えませんでした。むしろ、従業員一人ひとりが持つ知識や経験を掛け合わせた方が、はるかに良い会社になるはずだという確信がありました。トップダウンでは1人分の力にとどまってしまうことも、全員の英知を集めれば、より大きな力に変えられる。そう考えたからこそ、私は「みんなで会社を支えていこう」というボトムアップの経営に舵を切ったのです。当事者意識を醸成する「透明化」と新たな取り組みの数々ボトムアップ経営への転換は、徹底した情報共有から始まった。槙岡氏は、中期経営計画の策定や全営業所への直接訪問による「経営の透明化」を実施。さらに、AI技術をマスコットキャラクター制作に取り入れるなど、現場の創造性を刺激する新たな試みを続けている。槙岡代表:ボトムアップ型の経営を進めるうえで、私が特に重視してきたことが2つあります。 1つは、中期経営計画を必ず策定することです。それまでは単年度の予算を立てるにとどまっていましたが、それだけでは社員一人ひとりに当事者意識が生まれにくいと感じていました。だからこそ、会社として中長期でどこを目指すのかを明確にし、その実現に向けて自分たちがどう関わるのかを考えてもらうために、中計を組むようにしたのです。もう1つは、「透明化」を進めることです。社員一人ひとりが、今会社がどういう状況にあり、何を目指していて、そのために経営陣が何をしているのかを、きちんと理解できる状態をつくりたいと考えました。その一環として、私は年に2回各営業所を直接回っています。4月にはその年度の方針を説明し、10月には半期の進捗を報告する。そうした対話を毎年欠かさず続けることで、会社の現状や目標をできるだけ自分ごととして捉えてもらえるようにしてきました。予算策定においても、単に経営陣だけで数字を決めるのではなく、「予算策定合宿」と銘打って、工場で朝から晩まで、泊まりがけで議論を重ねる場を設けました。そうして現場の声を吸い上げながら計画をつくることで、数字に対する責任感や納得感も育まれていくと考えたからです。もちろん、狙い通りにすべてがうまくいくわけではありません。しかし、計画を立て、結果を検証し、何が良くなかったのかを振り返る。そのPDCAを回せること自体に大きな意味があると考えていますし、今も来期以降に向けて改善を進めているところです。さらに、最近では新たな取り組みとしてAI活用にも力を入れ始めています。最初の試みとして行ったのが、公式マスコットをつくる企画とAI研修を組み合わせた取り組みでした。有志を募り、AIを使ってキャラクター案を出していくという形で進めたのですが、これが想像以上に面白かった。参加した社員にとってAIを使う最初のきっかけになっただけでなく、私自身もAIの可能性を強く実感しました。AIは、最初から難しい業務に導入しようとすると、どうしても身構えてしまう部分があります。だからこそ、まずは楽しみながら触れてみることが大切だと思っています。その入り口をつくったうえで、今後は全社員向けの研修にも広げ、業務改善やDX、付加価値の創出にもつなげていきたいと考えています。前編では、創業から受け継がれてきた歴史や槙岡社長が就任時に決意した経営改革の背景、社員の当事者意識を育む組織改革について、お話を伺いました。後編では、地域の若者の心に火をつける広報・採用戦略の裏側や「地域のインフラ」を目指した新たな挑戦について、お話を伺っていきます。代表取締役社長 槙岡達也/1985 年広島県生まれ。武蔵大学経済学部卒業。株式会社毎日コミュニケーションズ(現・株式会社マイナビ)や日新総合建材株式会社(現・日鉄鋼板株式会社)に勤めた後、2015年に株式会社こっこー入社。生活環境事業部長などを経て、2016 年 5 月から取締役常務執行役員、2017 年 4 月に同社代表取締役社長に就任。【会社概要】会社名株式会社こっこー設立年1951 年代表取締役社長槙岡達也事業内容鉄・非鉄スクラップ、産業廃棄物の中間処理建材、鋼材などの加工・販売エクステリア商品の販売・施工所在地広島県呉市広多賀谷 1 丁目 9 番 30 号サイトURLhttps://www.cocco-at.jp/