インタビュイー:株式会社安曇野ミネラルウォーター 代表取締役 新井 泰憲様安曇野ミネラルウォーターは2012年の創業後、ミネラルウォーター事業を軸に成長を続けてきた。2014年にはファミリーマートのPB製造委託を受注。継続的に取引先を増やし、生産体制をレベルアップさせてきた。2024年には新工場が完成。「安曇野の資源の価値を世界に広め、縁ある人々の希望の星となる」をパーパス(存在目的)として、安曇野の水・資源・地域の魅力を世界中に届けたいという想いから、森林保護活動や地域の災害時対応など、水事業のみに留まらない活動へ取り組んでいる。31歳で当社を創業した新井代表だが、最初は苦難の連続だったと語る。コネクション・経験・資金が何もない中で、周囲からは事業成功への疑念の目を向けられ、実際、失敗も数多くあった。新工場のデザインに拘るという新井代表の革新的な考えが受け入れられず、軋轢が生じたこともあったという。人と機械、資源を限界まで使い回して利益を求める既存の「工場」イメージを乗り越えて、工場で働く意味を変える。楽しくやりがいのある、自己表現・自己実現の場としての「工場」を作る挑戦をする。企業としての利益と人間的な幸福を共存させる。そんな先進的なビジネスモデルを追い求める新井代表に、起業から現在、そして今後の展望について話を伺った。安曇野に眠る水との出会い既存の「工場」イメージの変革を目指し、安曇野の地域貢献に取り組むなど、既成概念にとらわれずに挑戦し続けている株式会社安曇野ミネラルウォーター。その創業の契機は、タイミングから生じた偶発的なものだったという。 新井代表:僕は30歳の年(2010年)に司法試験の3回目に落ちました。以前から3度で落ちたら働くと決めていて、最初は知人の伝手でスポーツクラブやスイミングクラブで働いていました。縁あって雇っていただいたので、一生懸命にやっていたんですけど、その時に東日本大震災が起きたんです。亡き祖父が残した土地に井戸があったのですが、震災後、土地を井戸ごと買いたいという方がたくさん来ました。皆さんに何をするのかと聞くと、水事業をやりたいって。あの時期に少し流行ったんですよ。そこで水について詳しく調べてみると、世界中で水が足りないということを知って。そして、安曇野が全国有数の清洌な水が豊富にある場所という事実を、恥ずかしながら当時僕は知りませんでした。調べるほどに、これはいけるんじゃないかと。そういう経緯で水事業は形になると思って、2012年に安曇野ミネラルウォーターを設立しました。 創業後の困難は走りながら同時進行で2012年の創業後、最初は苦難の連続だったと新井代表は語る。水事業への知識やノウハウが一切無い中で、営業先にも機械メーカーにも全く相手にされず、失敗も数多くあったという。そこから如何にしてファミリーマートのPB製造委託を受注するに至ったのだろうか。新井代表:最初は、営業と工場づくりの同時進行です。お金も商品もないので、何かを準備してから何かをするのではなく、同時にゼロから作り上げていくイメージです。まずはとにかく営業に行く。「水事業をやるので水を買いませんか」と。そうすると事業の進捗を聞かれて、当然「まだ工場は出来ていません」となります。ただ、そういう会社があり、動きがあるとまでは分かってもらえる。「もう少し準備してからまた来てください」と終わります。同時に工場作りも進めます。資金を用意しなくてはいけないので金融機関に行き「ここまで工場準備は進んでいて、こことここに営業に行きこのような返事をいただいた」と。その鶏と卵をずっと繰り返して少しずつ事業が進んでいるときに、顧問弁護士であった髙井伸夫先生のご紹介でファミリーマート様にプレゼンする機会をいただきました。商品本部の方にプレゼンをさせていただいたところ、当時の商品本部長様がすぐに安曇野に視察に来てくださりました。かなりあとで知ることになりますが、当時、ファミリーマート様は水工場をいくつか確保して、プライベートブランドを展開すると政策決定していたタイミングだったそうです。安曇野に来られた商品本部長様は、北アルプスを見ながら「物語のある商品は売れるんですよ。安曇野の水は売れると思います」とおっしゃってくださいました。何かを約束してくださったわけでは全くないのですが、すごく安曇野の水の価値、可能性を認めてくださったのがとても嬉しかったです。この瞬間の喜びが、パワーの源になりました。ただ、そこから順調に話が進んだ訳ではないんです。まだ更地でしたから。工場をちゃんと準備できたらトライしてみては、とそこで話はいったん止まりました。そこから怒涛の勢いで工場を建設し、機械を購入、設置しました。機械は何が必要か誰も教えてくれないので、世界中の工場を見ながら、こういうものが必要なんだと学び準備していきました。そしていよいよ、再度、ファミリーマート様にチャレンジさせていただきました。機械や設備についてはクリアしたものの、大きな課題としては、やはり生産販売を大量に行った経験が無いことを指摘されました。創業当初は、品質管理部もなかったんですよ。そんな会社に対して、買い手様が不安がるのは当然の話です。ましてやプライベートブランドとなると、ブランドイメージへの責任は重い。こんな規模も責任も大きな仕事を、経験の浅い会社ができるわけないと。工場監査は行うけれど、合格するのはハッキリいって難しいと思いますよと言われました。経験の無さ。先方のおっしゃる通りでぐうの音も出ませんでした。かといって監査のチャンスを得たのに諦める訳にもいかない。何か方法はないか、考えに考えました。より本質的な課題は何か。何を求められているのか。経験があることで保証されるものは何か。本質的な課題は、事故なく良質な商品を継続的に作る体制が当社に無いことだと考えました。そこで、工場監査を実施する会社のことを沢山調べているうちに、工場をコンサルティングすることもあるということを知りました。これだ!とすぐコンサルティング会社を訪ねました。当社の状況を伝えながら、事故なく良質な商品を継続的に作る体制を作るためには、何をすればよいか、力を貸して欲しいとお願いしました。そうしたら、監査対策というものはやっていないが、FSSC22000という、食品を安全に作るマネジメントシステムの国際認証があり、これをとることが課題解決に繋がるというお言葉をもらいました。当時、中小企業でFSSC22000はまだとっていない会社がほとんどだが、いずれスタンダードになるのでトライしてみてはいかがとお勧めされました。日本一の工場を作る気があるかと言われて、ぜひお願いしますと話がまとまりました。こうして、当社ではFSSCの準備を一気に始めることになりました。担当コンサルの方がすごく良い指導者で、答えを教えてくれないんですよ。ずっと禅問答みたいに、この要求事項の趣旨はこうですよ、御社の設備はこうです。その上であなたたちに何ができるか考えてください、という感じです。あくまで答えをこちら側に考え出させる、正にコーチングでした。おかげで、メンバーが育つんですよね。食品を安全に作り続けるマネジメントシステムが有効に機能しているかというのが認証の趣旨です。私たちは一気呵成の勢いで準備を完成させました。認証に合格できる状態に工場を持っていきました。そしていよいよファミリーマート様の工場監査の日を迎えました。そこで、まさかの一発合格。担当者の方も大変驚いていました。見違えるほどの準備が出来ていると。工場監査が決まったとき、ファミリーマートの担当者様も、不安が大きく、正直、最初素人であった当社を信用するのは難しい状態だったと思います。しかし、年単位で設備の改善状況を報告したり、FSSCの準備状況をお見せしているうちに、我々への見方が少しずつ変わっていくのを実感していました。真面目で必死にやっている、というイメージに変わり、最終的には「良いものを一緒に作ろう」というメッセージをいただくくらいの関係性になりました。それで2014年10月から、創業2年目で、ファミリーマート様のPBでデビューをすることになりました。大手でもない小さな会社が全国コンビニチェーンのプライベートブランドでデビューすることは稀に見る快挙です。生産ラインから一本目が出た瞬間、店頭に並んだ時の喜びは一生忘れられません。一方、同時進行で動いていた工場作りも、未経験の中、手探りで進んでいく上で困難も多くあったという。安曇野ミネラルウォーターはどのようにして目の前にある壁を乗り越えていったのか。 新井代表:工場を作り始めた当初、機械の構造を理解したうえで国内メーカーに連絡し見積もりをお願いしましたが、全く相手にしてくれませんでした。お金ないでょ?経験ないでしょ?だいたいこの金額くらいだけど払えますか?とあしらわれ、見積書すらいただけませんでした。そこで、日本が無理なら海外で買うしかないと腹を括り、いろんなツテを頼って、実際に海外に行って比較をしながら、これはどうだ、あれはこっちの方がいいとか。そうして海外の機械を自分たちで選んだ結果、日本のメーカーでかかるといわれた金額の3分の1、4分の1で設備を作ることができました。日本メーカーに断られたときは悔しかったですが、結果として設備投資額を抑え、価格競争力に繋がりました。ファミリーマート様の監査対応もそうですが、困難があっても、なんとか乗り越える努力をした結果、当初よりも大きい成果を得ることがあると、学びました。とはいえ、進めていくとまた新たな困難が現れました。機械の一部を中国から買ったのですが、ちょうど、うちが機械を買ったときに日中関係がかなり悪化して、中国から技術者が来られないんですよ、ビザがなかなか出なくて。だから機械が到着したときに、あちらから派遣された技術者は2名のみ。あの巨大な機械を組み立てるのに、役員社員みんな総出でとりかかりました。2013年の猛暑。夏の暑い日に機械をばらして、1個ずつ組み立てるというのを1ヶ月ぐらいかけてやりました。そのとき1日でも早く工場を完成させたかったのですが、お金もなかったので、僕が社員と2人で残り、夜通しネジを巻いたりしました。ネジを巻いててこんなことやってて本当に大丈夫かなーと思った時期もありました。こんな大きな機械を買っちゃったけど、どうするんだろうと思いましたね。ただ、既に返済も始まっていましたし、これを乗り切らないと会社が潰れると分かっていたので、もう突破するしかないと。とにかく毎日必死でしたね。あの機械が動かない、この機械が足りない、とか日に日に課題が舞い込む毎日でした。それでもなんとか、ラインを完成させ、工場を稼働できる状態になりました。工場が稼働し、監査も見事合格し、実際に出荷するようになった安曇野ミネラルウォーター。ファミリーマートのPB製造委託を受注したことから順風満帆に外からは見えるが、決して順調に進んでいった訳では無かったという。 新井代表:工場作りも、営業も課題だらけでしたがなんとか乗り越えました。これも同時進行で抱えていた大問題なのですが、資金、お金の問題です。2012年に成立、2年間、売上がない状態で準備を進めていて、販売が始まったときはありがたかったですが、毎月の返済額が多すぎてまさに火の車でした。売上は少しずつ伸びていったのですが、会社設立当初、金融機関に約束した計画通りには全くいきませんでした。要するに、現実を知らないときに作った計画なので、実態が全く追いつかないんです。6期目には負債が14億ぐらいまで膨らんで、ひどい年は営業損失2億みたいな年もあって。最初に借りたときの計画がむちゃくちゃだったんですよ。最初から500万本くらい売れるとか。そういう計画だったので返済も厳しかったんですね。そこで、銀行へ行って正直返済が苦しいから止めたいという話をしたんですね。その時に、安曇野ミネラルウォーターさんは突破力はあるけど管理の力が弱いから、そういったプロを顧問として入れて欲しいとアドバイスされました。そこで、金融機関との対話交渉に長けた税理士の方を知人からご紹介いただき、顧問になっていただきました。その税理士の方が、親身になってうちのストーリーを数字として作ってくださり、リファイナンスを提案いただきました。ちょうど販売エリアも広がってきて、売上も徐々に伸びていっていたので、リファイナンスに成功して、そこからは財務的にも安定することができました。この税理士の先生もそうですし、監査の前にコンサルティングしてくれた会社もそうですが、ご縁が無かったら今ごろどうなっていたことやら、1つ1つの縁に感謝の気持ちで一杯ですね。「自主独立」を保ちながら成長を続ける安曇野ミネラルウォーターは現在まで、全て借入で資金をつくりながら成長を続けてきた。第三者の資本を入れることをしていない訳だが、その背景には新井代表が大切にする想いがある。 新井代表:第三者の資本を入れるということは、1番大事な自主権を放棄する代償に、返さなくていいお金を手に入れるわけです。我々は逆で、自主独立があるべき形だと思っていて。もちろん飛躍的に伸びるためには資本を入れることも手段だとは思うんですけど、自分たちで決めることがすごく楽しくて、やりがいを感じているので、いまのところ、一切他社の資本は入れていません。ただ、僕の個人的なパーパスは「勇気あふれる希望の星」になりたいと思っていて。「安曇野の資源の価値を世界に広め、縁ある人々の希望の星となる」というのが会社のパ-パスですけど、それを考えたときには上場も選択肢かなと思うこともあります。実際上場を準備している経営者や、経験者を見ると、その厳しい基準の中で経営をやりきる素晴らしさもすごく魅力的だとも思います。ただ、いまは自主独立が一番性に合っていると思うので、大切にしていきたいと思っています。 新工場に込められた環境づくり、社員への想い2024年に完成した新工場。既存の「工場」イメージから逸脱したそのデザインには、新井代表の並々ならぬこだわりが詰まっている。 新井代表:新工場の機械の選定が終わって、いよいよ設計も決まりというタイミングで、少し腑に落ちないところがあって。もちろん、検討してくれたメンバーは最善を尽くしてくれて、そこに不満はなかったんですけど、何か「普通の水工場っぽい」という感じがしていて。何か足りない、という気持ちになりました。働く人たちが、生き生きとして一番良い状態で仕事をできるようにしたい。家にいる以外は人生で1番長くいる場所を快適で、情熱を持って仕事をできるようにしたい。そこで、デザインを全面的に見直すことにしました。安曇野の水をテーマに、デザイナーさんを交え、デザインにつき議論し直しました。我々が扱うものは何なのか、我々の仕事は何なのか、感じられる空間にしようと。まず1階は、安曇野の水が眠る地中を表現し、2階は水により育まれる自然と、人の営みというものを表現する。だから、1階は少し暗めですよね。水がひたひたと流れる音が聞こえてくるかのようなデザインにしてあって。自然への敬意を込めて大きな岩も置いてあります。2階の方は、とにかく気持ちが安らぐとか、優しい気持ちでいられるような空間にしました。ソファーの色とかも自然の雰囲気を出しました。エントランスから2階オフィスのデザインが固まっていくと同時に、何か生産現場にも表現できないかなという思いが深まりました。ちょうどそのタイミングで、パーパスを壁画として描くという会社の代表と偶然再会しました。これだ!とビビッときて、工場内の壁に壁画を描いてもらうことにしました。何の絵を描くか、役員社員交えてディスカッションしました。会社の歴史がよいとか様々話はでましたが、最終的には、安曇野の水の物語を描こうと。何十年もかけて北アルプスの雪や雨が地中深くに染み込んでいって、飲める水になり、その深く眠る水を我々が商品にさせてもらっている。壮大な水の旅の仕上げを我々がやっている。資材を入れて機械を回すのが仕事ではない。安曇野の水が出来るまでの長い年月に感謝しながら、この素晴らしい水を最後にパッケージしているのが我々の仕事だ、というのを感じながら働こうと。それを教え込みたいというよりかは、絵を見ながら、人としての感性を高められる空間にしたいと思っています。前編では、安曇野ミネラルウォーターがこれまでに歩んできた道のりと背景について伺ってきた。後編では、彼らが今後向かっていく場所と、その根幹にある想いに迫っていく。