インタビュイー:イービストレード株式会社 代表取締役 寺井 良治様イービストレード株式会社は、2000年に日商岩井(現・双日)の社内ベンチャーとして設立された総合商社である。一次産業から三次産業まで幅広い分野で新事業を立ち上げていて、現在、 セキュリティ、ライフエンタテインメント、環境、バイオ、生活産業、メディカル、イベントプロモーション、AUTOシステムの8つの事業を運営している。一見バラバラに見えるこれらの事業に共通するのは、外部から持ち込まれる「困りごと」や「眠った技術」を起点に、同社が「事業の仕組み」を加えて創造された事業である。同社は、「日本一元気」を標榜する“小さな総合商社”として、大手が手を出しにくいニッチな領域で独自のポジションを築いている。同社を率いる寺井良治氏は、1985年に日商岩井へ入社し、化学品の営業やバンコク駐在を経験。2002年に再建のためイービストレードの社長へ就任し、わずか2年で黒字化を達成した。2013年にはMBOを実施し、現在に至るまでオーナー経営者として同社を率いている。後編では、株式会社イービストレード 代表取締役 寺井良治氏に、V字回復後にコンサルティング事業から脱却した背景や眠った価値を事業へと変える「型の転用」、「ホラ」を真実に変えながら挑戦を続ける経営哲学について、お話を伺った。 コンサルからの脱却。「下請け」にならない経営哲学<2009年2月 生活産業事業(日用品輸出) ロシア企業との調印式>見事なV字回復を果たしたイービストレード。しかし寺井社長は好調だったコンサル事業に見切りをつけ、自らが「事業主体」となる道を選ぶ。寺井代表:コンサルティング型商社へシフトすることによって当社は黒字化を達成し、さらに翌年には投資先の上場により特別利益が入ったことで、創業期に作った億単位の累積損失も解消されました。この会社は若手社員たちが中心となって立ち上げた組織です。そこで私は、本社に対して「ここから先は彼らに経営を委ねてはどうか」と提案しました。しかし返ってきたのは、「引き続き社長を務めてほしい、そしてこの会社で上場を目指してほしい」という要請でした。ただ、当時の私には、コンサルティング事業を主軸としたままでは上場は難しいという強い認識がありました。さらに言えば、その頃には私自身の関心もコンサルティング事業から離れ始めていました。他社の戦略を整理し、実行を支援する仕事には確かに価値があります。しかし、それはあくまで他者の事業であり、自分たちが主体となって価値を生み出している実感は得にくい。事業としての手応えや面白みを感じられなくなっていたのです。そこで私は、コア事業となっていたコンサルティング事業を手放す決断をしました。コンサルティングフィーに依存するのではなく、自ら事業を立ち上げ、自ら運営し、その商いによって利益を生み出す。コンサル型商社から、事業運営型商社へのシフトに取り組みました。収益の柱が無くなりましたので、 当然ながら、一時的に業績は悪化し、再び赤字に転落しました。それでも、この方向にこそ持続的な成長の可能性があると確信していました。事業運営型商社へと舵を切って以降、徐々に実業が形になり始めます。お客様と共同で開発した検査装置の総代理店権を取得し、国内外での販売を開始しました。これを起点としてセキュリティ事業を立ち上げ、空港向け金属探知機や税関向けX線検査装置などで国内トップシェアの大半を占めるまでに成長しました。自らが事業の主体となることで、コンサルティング時代とはまったく異なる手応えを得ることができました。2008年には、親会社の事情によりイービストレードの売却が決定、あわせて本社復帰の打診もありましたが、その時期はまさにこの会社で「自分のやりたい事業」が形になり始めたタイミングでした。私はイービストレードへの転籍を選択し、出向社長からプロパー社長へと立場を変え、現場で事業の積み上げを続けました。そして2013年、自分の描く「粋で格好いい商社」を目指してこの会社を自らの手で経営したくなり、私はMBOをオーナーに申し出ました。思い返せば、そもそも商社が何をしているのかも分からずに日商岩井に入り、そんな自分が今では商社のオーナー社長になっているのですから人生は本当に分からないものだと感じています。眠った価値を事業に変える。“型の転用”で生み出す事業創造〈アントラーズスポーツクリニック〉優れた技術や人材、資源は、必ずしもそのまま市場に届くわけではない。必要なのは、眠っている価値を見出し、それを求める現場と結びつけ、事業として成立させる仕組みであるという。 寺井代表:当社の事業は、外部から持ち込まれる「眠った技術」や「現場の困りごと」を起点に立ち上がるものが大半です。世界で唯一の環境関連装置(水流発生装置)を取り扱う環境事業を立上げたのも、長崎県の元漁師だった方が開発された優れた技術との出会いがきっかけでした 。この元漁師の開発したストリーマー技術は、世界的に有名な某家電メーカーも“売り”にしている技術です。どれほど優れた技術であっても、それだけで事業が成立するわけではありません。経営や販売の体制が整わなければ、価値は市場に届かない。その会社も例外ではなく、事業としては立ち行かない状況にありました。当初は出資とマーケティング支援という形で関わりましたが、立て直しは容易ではなく、最終的には社員と技術を引き継ぎ、新会社を設立して、 再スタートを切ることになります。そして私自身が経営の責任を担うことにしました。当社の事業創造は常に、「優れた技術や現場」と「それを事業として成立させる仕組み」との間にある空白を埋めるところから始まります。メディカル事業も、同じ発想から生まれました。現在、プロスポーツチームと提携した整形外科クリニックを4拠点運営しており、最初の開設から10年以上が経過しています。診療を担うのは提携するプロスポーツチームに属するチームドクターです。彼らの試合や練習に帯同しない時間、その隙間を地域医療と結びつけ、一般の方も診療を受けられる仕組みを作りました。私の感覚では、事業を組み立てる「型」はそれほど多くありません。このプロスポーツチームと連携したメディカル事業も、 一見すると新規性の高い取り組みに見えるかもしれませんが、「型」の一つとして考えたものです。たとえば、企業の保養所が遊休資産になっているケースにおいて、空いている時間を一般に開放して活用するサービスがあります。スポーツクリニックの構造は、まさにこれと同じです。専門性の高い人材の未稼働時間を、別の需要と結びつけて価値に変える。既存の型を異なる領域に転用しているにすぎません。このように当社は、技術、人材、資源といった価値が十分に活かされていない場面を見つけ、それを必要とする別の現場と結びつけ、事業として成立する仕組みに転換していきます。事業領域は多岐にわたりますが、その根底にある発想は一貫しています。「型の転用」を通じて価値を立ち上げていく。それが当社の事業創造の本質です。そして、私自身を突き動かしているのは、自分のアイデアによって現場が動き出すという「手触り感」です。大手商社時代には年間100億円規模の取引に携わっていましたが、自らが動かしている実感は乏しかった。一方で、当社の水流発生装置の事業は、契約規模としては5,000万円や1億円といった水準です。しかし、装置を導入した湖沼の水が実際にきれいになっていく光景を目の当たりにしたときの実感は、規模では測れません。自分の意思で事業を組み立て、その結果として現場が変わり、社会が少し良くなる。その確かな手応えがあるからこそ、私はこの仕事を続けているのだと思います。「ホラ」を真実に変え、自らが主体となって「爽快感」を追求し続ける<エビスマリン創業時、工場での集合写真>最後に、寺井代表の経営哲学について、お話を伺った。寺井代表:これからの経営者には、ステークホルダーや自分自身をも鼓舞する様な良質の 「ホラ」を吹ける力が不可欠だと私は考えています。これは持論となりますが 「ホラ」は、「嘘」とはまったく違います。嘘は「不真実」、すなわち完全な否定です。一方でホラは「非真実」、その時点ではまだ真実になっていないだけの状態を指します。後から努力して現実にできれば、それはもはや嘘ではない。本田宗一郎さんが「不真面目」を「非真面目」と言い換えたのと同じように、ホラとは「夢」とも異なる、自分で実現しにいくという覚悟のこもった言葉なのです。そしてもうひとつ、私の中で一貫しているのが「下請けにはならない」という想いです。日本では「中小企業=下請け」というイメージが根強いですが、私の考えはまったく逆です。中小零細企業が下請けである必然性はどこにもありません。当社には下請け事業は一つもなく、自らが事業の主体者として、必要に応じて大手企業に仕事を依頼する側の立場で動いています。事業を自分の手でコントロールしているという感覚こそが、私にとっての「爽快感」の源泉です。現在当社は、「100億円商社」へのシフトを目指しています。商社は、売上は100億円程度が一番できることが多く、面白いというのが持論です。一般的には会社の規模が大きくなればなんでもできる様に考えてしまいますが、実際には器が大きくなり過ぎると、一方で取り組める事業分野が狭くなってしまうことを私は実体験しています。さらに変化の激しい現代社会では、大が小に勝つのではなく、「早いが遅いに勝つ」時代です。 安住することなく、常に次の事業に踏み出し続ける。そんな選択を重ねられる経営者でありたいと考えています。これからも私が目指すのは、単なる規模の追求ではありません。自らの手でコントロールできる範囲の中で、大手には手が出せず、個人では成立しないニッチな空白を見つけ出し、事業として組み立て直していくこと。「ホラ」を真実へと変え、自ら事業の主体者であり続け、現場が動き出していく爽快感を追いかける。それこそが、当社が当社らしく在り続けるための、唯一の道だと信じています。寺井良治/1962年、静岡県生まれ。1985年、早稲田大学理工学部卒業後、日商岩井株式会社(現・双日)に入社。1989年から5年間、タイ・バンコクに駐在。2002年にイービストレード株式会社の代表取締役社長に就任。著書に「日本一元気な30人の総合商社(小学館)」がある。【会社概要】会社名イービストレード株式会社設立2000年代表取締役寺井 良治事業内容セキュリティ事業各種セキュリティ機器の開発・発掘、販売ライフエンタテインメント事業グッズ・印刷物・BD/DVD/CD等のOEM事業、ライセンスビジネス事業生活産業事業日用品・雑貨・化粧品・お酒・食品等の販売環境事業水質改善装置・送風機の販売~エビスマリン㈱バイオ事業微細藻及び微細藻関連商品の販売メディカル事業クリニックの企画・提案等イベントプロモーション事業イベントの企画・制作・運営等AUTOシステム事業カー用品適合検索アプリの制作、SSスタッフ研修事業所在地東京都千代田区神田多町2-1 神田進興ビル