インタビュイー:FPTジャパンホールディングス株式会社 代表取締役社長 ド・ヴァン・カック様ベトナム大手ICT企業グループ・FPTコーポレーション。1988年の創業以来、教育・通信・ソフトウェア開発を軸に成長を遂げ、現在では世界30カ国に約90拠点・8万人超の従業員を擁するグローバル企業へと発展している。その日本法人であるFPTジャパンホールディングス株式会社は、2005年の設立以降、日本企業のDXパートナーとして着実に存在感を高めてきた。現在では日本国内に17拠点・約5,000名の体制を構え、製造、金融、物流、ヘルスケアなど幅広い分野で日本企業のIT変革を支えている。しかし、その成長の裏側には、日本進出当初から積み重ねてきた長い挑戦の歴史がある。FPTが日本市場に足を踏み入れた当初は、技術力や日本語でのコミュニケーション体制も発展途上にあり、担う役割は限定的だった。日本企業と真摯に向き合い、小さな領域から着実に実績を重ねることで信頼を獲得した結果、現在のグローバル展開へとつながっている。その背景には、日本とベトナムの文化や価値観の近さ、そして両国の間に自然に育まれてきた関係性があった。その日本法人を率いるのが、代表取締役社長のド・ヴァン・カック氏である。長年にわたり日本企業のプロジェクトに携わってきた同氏は、日本とベトナムの関係を「自然な同盟」と表現し、両国が補い合うことで生まれる可能性に強い確信を持っている。本稿では、FPTジャパンホールディングス株式会社・代表取締役社長・ド・ヴァン・カック氏に、FPTグループの事業構造、日本進出の原点、そして日本とベトナムをつなぐ協業の思想についてお話を伺った。ベトナム大手ICT企業・FPTはどのように生まれたのか世界30カ国・約90拠点へと急拡大を遂げるFPTコーポレーション。その成長の中核にあるのが、ソフトウェア開発・教育・通信を三本柱とする独自の事業モデルだ。なかでも日本法人であるFPTジャパンホールディングス株式会社は、海外拠点の中でも存在感の大きい拠点として、日本企業との協業を通じて着実に事業基盤を広げてきた。そして、その歩みの起点には、ベトナムの歴史とも深く結びついた創業ストーリーがある。カック代表:FPTは、ベトナム大手ICT会社です。グループ全体では、ITのFPTソフトウェアを中心に、教育のFPTエデュケーション、通信のFPTテレコムなど、複数の事業を展開しています。FPTジャパンホールディングスは、その中でFPTソフトウェアの子会社として日本市場を担当しており、ソフトウェアの開発・運用・保守といったサービスを日本のお客様向けに提供しています。現在、FPTグループは世界30カ国に展開しており、拠点数は約90あります。日本では2005年に法人を設立し、そこから少しずつ拡大してきました。いまでは全国に17拠点を持ち、日本国内だけで約5,000人が働いています。十分な日本語対応力をもったメンバーが多く活躍し、日本のお客様と直接コミュニケーションを取りながら仕事をしています。日本市場では、私たちはずっとパートナーシップを大切にしてきました。自分たちだけで完結させるのではなく、日本のIT企業と一緒に事業をつくるという考え方です。たとえば、SCSK社、コニカミノルタ社とは合弁会社を設立しましたし、沖電気工業社など、日本企業と一緒に事業を立ち上げてきました。こうした協業の積み重ねが、日本での成長につながっていると感じています。いまFPTジャパンホールディングスの会長を務めている谷原も、もともとはFPTソフトウェアのお客様でした。2015年にSCSKの社長に就任し、その後、2023年からFPTジャパンホールディングスの会長に就任しています。お客様としての関係から始まり、いまは経営を一緒に担う関係になっています。FPTの創業は、本当に小さなところから始まりました。FPTは1988年に、13人の若者によって立ち上げられました。場所は、車庫のような、とても小さなスペースだったと聞いています。オフィスと呼べるような場所ではなく、本当に限られた環境でした。当時のベトナムは、いまのようにITインフラが整っていたわけではありません。情報も多くなく、資本も十分ではありませんでした。その中で、13人という少人数で会社を立ち上げ、できることから一つずつ事業を進めていきました。13人で始まった小さな会社が、仲間を増やし、事業を広げ、いまでは世界30カ国に拠点を持つグループに成長しました。FPTは最初から大きな会社だったわけではありません。小さな場所で、少人数で、できることから一つずつ積み重ねてきました。その積み重ねが、いまのFPTにつながっていると私は思っています。他国での失敗から始まった日本への進出最初の海外挑戦であったアメリカやインドといったIT大国の市場に挑んだ結果、FPTは大きな挫折を経験する。この失敗こそが、日本への本格進出につながる転機となり、今日のFPTジャパンホールディングスの巨大な開発体制や日本語対応力を武器とした成長に繋がっている。カック代表:私は、FPTソフトウェアが設立されてから4年後のタイミングである2002年に、FPTに入社しました。当時のFPTは、まずアメリカ市場、そしてインド市場に挑戦していました。シリコンバレーにも拠点をつくり、海外で事業を拡大しようとしていましたが、結果としてはうまくいきませんでした。これらの挑戦によって、多くの資金を失い、FPTは非常に厳しい状況に置かれていました。そのような中で、FPTはベトナム政府と共同で、ハノイでハイテクパークをつくるプロジェクトを進めていました。その関係で、私自身も日本へ出張する機会がありました。そこで出会った日本のお客様が、FPTにとって日本進出の扉を開くきっかけとなりました。当時のFPTのメンバーの多くは、私も含めて日本語も十分に話せませんでしたし、技術力もいまのように高い水準ではありませんでした。そのため、最初から大きな仕事を任せてもらえる状況ではありませんでした。私たちは、まずテストやコーディングといった一部分の仕事だけを請け負う形で、日本のお客様と仕事を始めました。日本語の課題については、日本語ができるメンバーとソフトウェアエンジニアを一つのチームにして、お客様に対応しました。日本進出初期の言語・文化の壁を乗り越えるため、「コムター」と呼ばれる通訳・コミュニケーション専門の役割が生まれました。コムターは、英語の「コミュニケーター(通訳・調整役)」を意味する言葉に由来し、日本語・ベトナム語・技術理解を横断的に備えた人材モデルです。この役割はFPT内で制度化され、その後はIT業界全体にも広がり、現在では約2,000〜3,000人規模が活躍しています。日本で最初に担当した案件は、とても小さなものでした。2人のメンバーが、2週間ほどで納品する仕事だったと記憶しています。ただ、その仕事をきちんとやり切ったことで、少しずつ信頼を得ることができました。そこから、徐々に仕事の規模が大きくなり、日本市場で継続的に仕事を任せていただけるようになっていきました。こうした積み重ねの結果、2005年にFPTジャパンホールディングスを設立することになりました。日本進出は、最初から計画通りに進んだわけではありません。アメリカやインドでの失敗があり、資金が厳しい状況に追い込まれた中で、日本という新しい市場に出会い、そこから一歩ずつ前に進んできました。その経験が、いまのFPTジャパンの基礎になっていると感じています。日本とベトナムは「自然な同盟」——文化・言語・歴史の深いつながりFPTジャパンホールディングスが日本で成長してきた背景には、ビジネスモデルや開発力だけでは説明できない要素がある。カック代表が語るのは、日本とベトナムの間にある文化的な近さ、価値観の親和性だ。料理、言語、歴史。一見すると異なる二つの国は、実は深いところでつながっているという。カック代表:私は、日本とベトナムの関係は、ビジネスの相性だけで説明できるものではないと思っています。2020年まで駐ベトナム日本国大使を務められた梅田邦夫氏の本にも書かれていますが、私は日本とベトナムは「自然な同盟」だと感じています。地理的には近い国ではありませんが、これまで大きな争いがほとんどなく、長い時間をかけて助け合ってきた関係があります。この「自然な同盟」という感覚は、私自身が日本で生活し、日本の方々と仕事をする中で、より強く感じるようになりました。価値観や考え方が近く、初めて会ったとしても、どこか通じ合える感覚があります。ビジネスにおいても、短期的な成果よりも信頼関係を重視する点や、長い時間をかけて関係を築いていく姿勢は、とても似ていると思います。歴史的にも、両国の交流は古くからありました。特にベトナム中部のダナンやホイアンには、200年ほど前から日本人が多く住んでいたと言われています。ホイアンには、「日本橋」という橋が今も残っており、日本文化の痕跡を見ることができます。こうした歴史的なつながりが、現在の関係性の土台になっていると感じています。言語の面でも共通点は多いです。日本語は漢字を使っていますし、ベトナム語も150年ほど前までは漢字を使っていました。現在はローマ字表記になっていますが、発音や意味が似ている言葉はとても多くあります。例えば、「注意」は「Chú ý(チューイー)」と発音するなど、日本語とほとんど同じ音と意味の言葉が自然に使われています。言葉が近いことで、考え方や感覚も伝わりやすいと感じることがあります。一方で、もちろん違いもあります。料理の話で言えば、日本では生ものを食べる文化が広くありますが、ベトナムではあまり一般的ではありませんでした。これは好みの違いというよりも、物流インフラの影響が大きかったと思います。生ものを運ぶことが難しく、海の近くに住んでいる人しか食べられなかったという背景があります。このように、日本とベトナムには、近いところと違うところの両方があります。ただ、その違いが壁になることは少なく、むしろお互いを理解するきっかけになっていると感じています。全体として見ると、日本とベトナムは、とても理解しやすい関係にある国同士だと思います。そうした関係性があったからこそ、FPTは日本で長く事業を続け、少しずつ成長してくることができました。日本とベトナムの間にある、この自然な近さこそが、FPTが日本で歩んできた道の大きな土台になっていると、私は感じています。前編では、FPTグループの事業構造、日本進出の原点、日本とベトナムをつなぐ協業の思想についてお話を伺いました。後編では、カック代表のキャリア、日本で進めてきた採用・育成の取り組み、日本企業とともに未来の技術へ挑むビジョンについてお話を伺っていきます。ド・ヴァン・カック/FPTソフトウェアに入社後、主として研究開発や製品開発に従事し、2011年からは研究開発部門を取りまとめる副社⾧となり、さらにFPTソフトウェアの主要業務であるソフトウェア開発の責任者を務める。世界開発規格 CMMI レベル5取得のためのリーダーとして全社を指導。2016年からはFPTソフトウェアの品質責任者も兼ね、高品質のソフトウェアを出荷するようにした。その後、FPTソフトウェアの研究・開発・品質のグローバル責任者として活躍。2022年1月1日から現職。【会社概要】会社名FPTジャパンホールディングス株式会社設立2005年11月代表者ド・ヴァン・カック (Do Van Khac)所在地東京本社 東京都港区三田3丁目5−19 住友不動産東京三田ガーデンタワー33階サイトURLhttps://fptsoftware.jp/