インタビュイー:富士産業株式会社 代表取締役 中村 仁彦様富士産業株式会社は、病院・介護施設・福祉施設・学校・企業などを対象に、委託給食事業を展開する企業である。365日止まることのない食の現場を支え、栄養士や調理師などの専門人材が各施設に入り、栄養管理から調理・提供までを一貫して担っている。創業以来、同社が大切にしてきたのは、社是である「相互信頼」。安心・安全な食事を届け続けるだけでなく、現場で働く人々を支えながら、人で選ばれる会社を目指してきた。代表取締役を務める中村仁彦氏は、2017年に富士産業へ入社。危機管理部で病院や福祉施設の厨房を回り、衛生監査に携わる中で、現場で働く従業員の苦労と責任の重さを肌で感じてきた。2023年に29歳で代表取締役へ就任して以降は、コンプライアンスや労働環境、人材育成、理念浸透に取り組み、伝統ある会社を次のステージへ導こうとしている。前編では、富士産業株式会社 代表取締役 中村仁彦氏に、現場で芽生えた経営の原点や人に投資する経営姿勢、社是「相互信頼」の再定義について、お話を伺った。「この人たちの働く環境を良くしたい」現場で芽生えた経営の原点はじめに、富士産業株式会社の事業内容についてお話を伺った。中村代表:当社は、病院や介護施設、福祉施設、学校、企業などの厨房をお借りし、食事をつくって提供する委託給食事業を展開しています。中心となっているのは病院や介護・福祉施設向けの食事提供で、そのほか学校給食や社員食堂なども手がけています。全国で約2,000箇所の現場があり、医療や介護の現場を中心に、1日約40万食の給食サービスを提供しています。給食事業というと、「食事をつくる仕事」と見られることが多いかもしれません。しかし実際には、各施設の特性や喫食者の健康状態に応じて、栄養管理から調理・提供までを一貫して担う仕事です。食事は毎日のことであり、365日止めることができません。そこには、目立たなくても、非常に責任の大きい仕事を続けている現場があります。私は新卒で当社に入りましたが、もともと明確に「この会社を継ぐ」と決めていたわけではありません。就職活動ではいくつか内定をいただいていたものの、当時は働く意味を見出せず、全て辞退してしまいました。そんな時期に父から連絡があり、「会社に来い」と言われたことが、当社に入るきっかけです。自分の意思で強く志願したというよりも、最初は流れの中で入社したというのが正直なところです。入社後、最初に携わったのは危機管理部の仕事でした。病院や福祉施設の厨房に入り、衛生監査を行う役割です。全国の現場を回りながら、調理機器も人員体制も異なる環境の中で、どうすれば衛生基準を守り、安心できる食事を提供できるのかを考え続けました。単にルールを伝えるだけでは、現場は良くなりません。そこで働く人たちが何に困り、どのような制約の中で日々食事をつくっているのかを理解しなければ、本当の改善にはつながらないのだと感じました。現場を見て強く感じたのは、ここで働く人たちは本当に大変な仕事をしているということです。食事は毎日提供されて当たり前に見えますが、その当たり前を支えているのは、限られた時間と人員の中で、安心・安全な食事を届け続けている従業員一人ひとりです。自分には簡単にできない仕事だと感じましたし、だからこそ、この人たちの働く環境を少しでも良くしたいという想いが芽生えました。経営について学ぶ前に、まず現場を見たことは、私にとって非常に大きな経験でした。机上で考える経営ではなく、現場で働く人の努力や苦労を前提に考えること。その感覚はいまも変わっていません。現場を孤独にさせない。効率よりも優先する「安心」と「働く環境」富士産業は、全国で給食サービスを展開する中で、「人」を軸とした組織づくりを続けている。その背景には、業界特有の構造と、中村代表が就任以来抱いてきた問題意識があった。中村代表:この業界では、合理化や効率化を進める会社も多いと思います。もちろん、事業を継続していくうえで効率を考えることは必要です。ただ、私はそれだけでは富士産業らしさは残らないと考えています。食事提供のサービスは、内容だけで大きな差別化がしづらい面があります。だからこそ、当社は「人」で選ばれる会社でありたい。現場で働く人、現場を支える人の関わり方こそが、富士産業の価値になると思っています。そのため、現場を孤独にさせない体制を大切にしています。1つの現場に対して担当者を複数名置くことも、その考え方の一つです。もちろん、コストはかかりますが、現場で困ったことがあったときに相談できる人がいること、日々の悩みや負担を一人で抱え込まなくてよいことは、とても大事です。実際に、同業他社から当社に来た方から、育児や介護など私生活の事情まで考えてシフトを組んでもらえることに驚いたという声をいただいたこともあります。コンプライアンスについても、代表就任後に力を入れてきました。365日食事を出し続ける事業だからこそ、現場にはどうしても負担がかかります。だからこそ、現場を知る人材を本部に置き、相談窓口の認知を広げるなど、少しずつ体制を整えてきました。制度をつくるだけではなく、会社として「これはやってはいけない」「ここは変えていこう」と伝え続けることが重要だと考えています。休暇制度についても見直しを進めています。今年4月からは特別休暇を5日設け、有給休暇取得義務5日と合わせて年間休日130日とする体制にしました。休むことは、単に働く時間を減らすことではありません。人が前向きに働き続けるための活力を取り戻す時間でもあります。大きなコストがかかる判断ではありますが、その環境を用意することは会社の責務だと思っています。私は、自分が綺麗事を言わなくなったら、この会社は終わってしまうと思っています。「人を大切にする」「現場を孤独にさせない」―こうした言葉は、聞きようによっては綺麗事に聞こえるかもしれません。それでも、私は意地でも言い続けると決めています。言葉にして社内外に発信してしまえば、もう引き返せない。自分自身を逃げられない場所に置くことで、有言実行を貫いてきました。現場を支えると言うなら、現場が安心して働ける仕組みをつくる。人を大切にすると言うなら、そのための投資をする。富士産業がこれからも必要とされる会社であるために、効率化だけでは測れない価値を、経営者として守り続けていきたいと考えています。社是「相互信頼」を、自らの言葉で再定義する29歳で代表に就任した中村氏は、組織に必要な判断から逃げず、創業以来の社是にも向き合った。受け継がれてきた言葉を、自らの解釈でいまの富士産業に根づかせようとしている。中村代表:私が代表に就任したのは、29歳の時でした。若くして会社を率いること、そして、創業家として経営を担うことには、大きな責任が伴いました。ただ、社長という立場になった以上、避けてはいけないことがあります。組織を見ていく中で、役割や責任を改めて整理しなければならない場面もありましたし、人事についても適正に判断する必要がありました。嫌なことを後回しにしてしまえば、その空気は必ず組織に伝わります。だからこそ、本音で向き合い、必要な判断は先に行うことを大切にしてきました。その中で、改めて向き合ったのが、当社の社是である「相互信頼」です。この言葉は創業以来受け継がれてきたものですが、最初から詳しい説明が残されていたわけではありませんでした。OBの方や身内にも話を聞きましたが、解釈は人によって少しずつ違っていました。だからこそ、自分の中で改めて定義し直す必要があると考えました。短い4文字の言葉ですが、その背景には非常に多くの意味が込められていると感じています。私なりにたどり着いたのは、「縁と運」という考え方です。富士産業がここまで続けてこられたのは、お客様、喫食者の皆様、関係会社の方々、そして従業員との縁があったからです。ただし、相互信頼は単に優しい言葉ではありません。お互いを信頼するということは、相手をプロとして見ることでもあります。信頼しているからこそ、任せる。信頼しているからこそ、必要なことはきちんと伝える。そこには、優しさだけではなく、厳しさも含まれていると思っています。以前は、理念の中でも分かりやすい言葉の方が前に出ていた面がありました。ただ、会社として一番大事にすべき軸は、やはり社是である「相互信頼」だと思います。そこで、代表就任後はこの言葉を改めて社内に伝える取り組みを始めました。研修動画で見られるようにしたり、社外取締役との対談動画を撮ったり、毎月現場の責任者が集まる場で私自身が直接話したりしています。とにかく、伝える回数を増やし、まずは知ってもらうことから始めています。社是は、掲げているだけでは意味がありません。日々の判断や行動の中に浸透させていかなければ、会社の文化にはならないからです。富士産業がこれからも多くの方々に選ばれる会社であるためには、相互信頼という言葉を、過去から受け継いだものとして守るだけでなく、いまの組織に合う形で育てていく必要があります。私自身もその言葉に試されながら、経営に向き合っていきたいと考えています。前編では、現場で芽生えた経営の原点、人に投資する経営姿勢、社是「相互信頼」の再定義について、お話を伺いました。後編では、M&Aにおける自立を促す伴走の考え方や、上場しないという選択、そして売上1,500億円を見据えた今後の展望について、お話を伺っていきます。中村仁彦/千葉県出身。関東学院大学卒業後、2017年に富士産業株式会社へ入社。危機管理部にて病院・介護施設などの給食現場の衛生監査業務に従事し、全国約100か所の事業所を訪問。現場ごとに異なる課題と向き合いながら、“現場から考える経営”の基盤を築く。並行してビジネススクールで経営を学び、人材育成や組織改革にも取り組む。その後、経営推進本部にて経営計画や資本提携など経営の中核業務を経験し、2023年、29歳で富士産業株式会社代表取締役に就任。現在は、全国で1日約40万食を支える給食事業を軸に、「コンプライアンス」「おいしい」「教育」を経営の柱として掲げ、若手育成や調理コンテストの新設、災害支援キッチンカー事業、フレンチ×和食レストラン「仁饗の香 赤坂」の展開など、“食のインフラ”を支える新たな挑戦を進めている。【会社概要】会社名富士産業株式会社設立年1972年代表取締役中村 仁彦事業内容・医療機関、介護・福祉施設、学校、会社等の食事提供業務受託事業・レストランの経営・売店の経営・厨房設備のプラン、レイアウト等および厨房機器の販売・食品の販売・医療・介護福祉経営に関するコンサルタント事業所在地東京都港区浜松町1-10-14 住友東新橋ビル3号館8階