インタビュイー:富士産業株式会社 代表取締役 中村 仁彦様富士産業株式会社は、病院・介護施設・福祉施設・学校・企業などを対象に、委託給食事業を展開する企業である。365日止まることのない食の現場を支え、栄養士や調理師などの専門人材が各施設に入り、栄養管理から調理・提供までを一貫して担っている。創業以来、同社が大切にしてきたのは、社是である「相互信頼」。安心・安全な食事を届け続けるだけでなく、現場で働く人々を支えながら、人で選ばれる会社を目指してきた。代表取締役を務める中村仁彦氏は、2017年に富士産業へ入社。危機管理部で病院や福祉施設の厨房を回り、衛生監査に携わる中で、現場で働く従業員の責任の大きさを肌で感じてきた。2023年に29歳で代表取締役へ就任して以降は、コンプライアンスや労働環境、人材育成、理念浸透に取り組み、伝統ある会社を次のステージへ導こうとしている。後編では、富士産業株式会社 代表取締役 中村仁彦氏に、M&Aにおける自立を促す伴走の考え方や、上場しないという選択、売上1,500億円を見据えた今後の展望について、お話を伺った。相手の歩幅を尊重し、自立を促すM&A〈株式会社信濃屋 代表取締役 高橋光彦氏(右)〉中村氏はM&Aにおいて、相手の会社が自分たちの力で前に進める状態を大切にしている。一方的に変えるのではなく、自立を促すことに、富士産業らしい伴走の姿勢が表れている。中村代表:当社では、事業の成長に向けた選択肢の一つとして、M&Aにも取り組んでいます。ただ、私が大切にしているのは、親会社から人を送り込み、一方的にやり方を変えることではありません。もちろん、必要なノウハウは伝えますし、改善に向けた支援も行います。しかし最終的には、相手の会社の方々が自分たちで考え、自分たちの力で良い方向へ進めていくことが大事だと思っています。外から来た人間が短期間で成果を出そうとすると、どうしてもコストを削る方向に寄りやすくなります。けれども、それだけでは会社は本当の意味で強くなりません。私は、依存の形をつくりたくないのです。言われた通りにやったからうまくいった、という状態ではなく、自分たちで取り組んだから変わることができた。そう感じてもらえる方が、時間はかかったとしても、長い目で見れば価値があると考えています。グループに加わっていただいた会社については、最初にできるだけ足を運ぶようにしています。大きな会社のグループに入ることに、不安を感じる方も当然います。だからこそ、「無理なことをするつもりはない」と丁寧に伝えながら、できる限り自然な形で一緒に歩めるように意識しました。グループに入ったからといって、急にすべてを変えるのではなく、その会社が積み重ねてきた歴史や、そこで働く方々の感覚を尊重することは、とても大切だと思っています。私自身は、まだ30代前半です。仮に65歳まで経営を担うとすれば、あと30年以上あります。これは大きな責任でもありますが、同時に会社にとっての強みにもなります。経営者が長期的に変わらないということは、短期的な成果だけにとらわれず、腰を据えて判断できるということでもあるからです。M&Aにおいても、3年や5年で無理に結果を出そうとするのではなく、相手の会社の歩幅に合わせながら、中長期で良くしていくことを大切にしたいと考えています。 M&Aは、単に規模を広げるためだけのものではありません。新しく仲間になった会社が、自分たちの力で前に進めるようになること。そして、グループ全体として、より多くの人や地域に価値を届けられるようになること。そのためにも、相手を変えるのではなく、相手が自ら変わっていける環境をつくる。私は、そうしたM&Aを続けていきたいと考えています。誰のために経営するのか。上場しない選択に込めた覚悟上場は、会社を成長させるための有力な選択肢の一つである。しかし中村氏は、富士産業の事業特性と自身の経営観を踏まえ、いまは上場を選ばないと語る。その判断の根底には、「誰のために経営するのか」という明確な問いがある。中村代表:上場については、これまでにも考える機会はありました。会社の規模を考えれば、選択肢としてまったく無いわけではありません。ただ、いまの当社にとって上場が本当に必要な選択なのか、自分の中でまだ納得できる答えが出ていません。明確に大きな資金が必要になるのであれば別ですが、いまの当社にとって本当に必要な選択なのかは、慎重に考えるべきだと思っています。私が一番大切にしたいのは、現場で働く従業員です。日々の食事提供を支えている人たちがいて、その人たちの働く環境を良くしていくことには納得できます。一方で、上場することで短期的な成果を求める株主のために仕事をすることが、当社の事業に合うのかというと、そこには違和感があります。もちろん、上場そのものを否定しているわけではありません。業種や成長段階によっては、必要な選択肢になることもあると思います。ただ、富士産業の場合は、上場で得られるのと同等の資金力を、自社の信用力で確保していくほうが、いまの会社には合っていると考えています。給食事業は、毎日の食事を支える仕事です。派手な成長を短期間で追うというより、安心・安全な食事を届け続けることが何よりも大切です。だからこそ、経営判断も短期の数字だけで決めるべきではないと思っています。従業員の働く環境を整えること、現場を支える体制を維持すること、そして長く信頼される会社であり続けること。そのためには、誰のために会社を経営するのかを見失ってはいけません。その考え方は、業界に対する向き合い方にもつながっています。給食事業は、自社だけで解決できることばかりではありません。制度や社会環境の影響も受ける事業だからこそ、業界全体をより良くしていくために、同じ問題意識を持つ若手のオーナー経営者同士で学び合う場もつくっています。既存の枠組みに頼るだけではなく、自分たちで考え、必要だと思うことには動いていく。その積み重ねが、結果として業界の未来にもつながると考えています。経営を学ぶために、ビジネススクールで基礎科目を学んだこともあります。ただ、理論を学ぶだけで経営ができるとは思っていません。実際の経営では、教科書通りに進まないことの方が多くあります。大切なのは、学んだことを現場や組織の状況に合わせてどう使うかです。会社の規模が大きくなればなるほど、経営者には一つの専門性だけではなく、状況を見極め判断し、実行する総合力が求められるのだと感じています。上場しないという選択も、業界に向き合うことも、学びを続けることも、根本にある問いは同じです。誰のために経営するのか。私にとってその答えは、現場で働く従業員であり、食事を必要としている方々であり、当社に関わってくださる皆さまです。その軸を見失わずに、富士産業にとって本当に必要な成長の形を選んでいきたいと考えています。人の成長を待ちながら、次の柱をつくる。富士産業が描く中長期の成長ビジョン最後に、今後の展望について、お話を伺った。中村代表:これからの10年で目指しているのは、グループ全体で売上1,500億円の規模にしていくことです。本体で1,000億円、グループ会社で500億円をつくっていく。そのためには、事業を広げるだけではなく、それを担える人材を育てていくことが何より大切だと考えています。会社の規模だけが大きくなっても、それを支える人材が育っていなければ、組織は健全に広がっていきません。いま感じている課題は、会社として前に進むスピードと、人が成長していくスピードをどう合わせていくかです。やりたいことはたくさんありますが、経営が先に進みすぎてしまうと、現場や組織に無理がかかります。一方で、成長のためには一定の負荷も必要です。そのバランスを見ながら、どこまで進めるのか、どこで待つのかを判断していくことが、自分の大きな役割だと思っています。本業については、守るべき人たちがしっかり守っていける体制をつくっていきたいと考えています。そのうえで、次の柱になるような新規事業にも挑戦していきたい。人口減少や社会環境の変化を考えると、既存事業だけに依存するのではなく、もう一つ大きな収益の柱をつくることには価値があると思っています。必ずしも既存事業とのシナジーだけにこだわる必要はありません。飛び地であっても、将来の会社にとって意味があるなら、挑戦する価値はあると考えています。ただ、新規事業も、私一人が前に出て進めるものではないと思っています。新しいことを始めると、どうしても自分で深く入りたくなります。しかし、この規模の会社でそれをやりすぎると、組織がうまく回らなくなる可能性もあります。だからこそ、これまで会社を支えてくれた従業員、そしてこれから育っていく人たちと一緒に進めていくことが大切です。自分がすべてを抱え込むのではなく、次の経営を担える人材が経験を積める場をつくっていきたいと考えています。富士産業は、これまで多くの現場に支えられて成長してきました。だからこそ、これからも本業を大切にしながら、新たな挑戦の種を探し、育てていきたい。急いで結果を出すのではなく、長い時間軸で会社の未来を考え、富士産業が次の段階へ進んでいく流れをつくっていきたいと考えています。編集後記今回は、富士産業株式会社 代表取締役 中村仁彦氏にお話を伺いました。現場で働く人々の責任の大きさを知り、働く環境を少しでも良くしたいという想いを、制度や組織づくりに落とし込む姿勢が印象的でした。効率化だけでは測れない価値を守りながら、社是「相互信頼」を自らの言葉で再定義すること。経営とは、受け継いだものを守るだけでなく、現代に合わせて意味を更新し続ける営みであると学ばせていただきました。中村仁彦/千葉県出身。関東学院大学卒業後、2017年に富士産業株式会社へ入社。危機管理部にて病院・介護施設などの給食現場の衛生監査業務に従事し、全国約100か所の事業所を訪問。現場ごとに異なる課題と向き合いながら、“現場から考える経営”の基盤を築く。並行してビジネススクールで経営を学び、人材育成や組織改革にも取り組む。その後、経営推進本部にて経営計画や資本提携など経営の中核業務を経験し、2023年、29歳で富士産業株式会社代表取締役に就任。現在は、全国で1日約40万食を支える給食事業を軸に、「コンプライアンス」「おいしい」「教育」を経営の柱として掲げ、若手育成や調理コンテストの新設、災害支援キッチンカー事業、フレンチ×和食レストラン「仁饗の香 赤坂」の展開など、“食のインフラ”を支える新たな挑戦を進めている。【会社概要】会社名富士産業株式会社設立年1972年代表取締役中村 仁彦事業内容・医療機関、介護・福祉施設、学校、会社等の食事提供業務受託事業・レストランの経営・売店の経営・厨房設備のプラン、レイアウト等および厨房機器の販売・食品の販売・医療・介護福祉経営に関するコンサルタント事業所在地東京都港区浜松町1-10-14 住友東新橋ビル3号館8階