インタビュイー：株式会社グランソール免疫研究所 代表取締役 辻村 敦史様株式会社グランソール免疫研究所は、2005年に奈良県宇陀市の医療機関「グランソール奈良」内に設立された再生医療の専門研究機関である。再生医療に関連する技術の開発をはじめ、治療用細胞の製造や品質管理の支援業務などを手がけている。再生医療とは、患者自身の細胞や遺伝子を利用して病気やケガを治療する最先端の医療技術である。その中でも現在注目を集めているのが「免疫細胞治療」だ。これは、がん治療法の一つであり、患者本人の免疫細胞を体外で培養・強化し、がん細胞を攻撃する力を高めたうえで再び体内に戻すというものである。患者自身の細胞を活用するため、副作用が少ないというメリットがあり、従来の抗がん剤治療に代わる新たな選択肢として期待が高まっている。この分野の先駆けとして研究所を立ち上げたのが、辻村代表である。グランソール免疫研究所は、日本における再生医療の黎明期から活動を始めたパイオニア的存在だが、設立当初は資金・技術・人材すべてが不足し、幾度も困難に直面したという。さらに、近年の新型コロナウイルス感染症拡大により、患者数の減少という前例のない事態に直面し、研究所にとって最大の危機が訪れた。後編では、コロナ禍での試練と、それを乗り越えるための事業転換、さらにグランソール免疫研究所が描く未来のビジョンについて、辻村代表にお話を伺う。コロナで止まった研究所。動き出した新戦略2020年、世界を襲った新型コロナウイルスの影響は、グランソール免疫研究所にも大きな打撃を与えた。海外からの患者流入が止まり、売上は半減。それでも培ってきた技術力と時代の追い風を背景に、新たな展開へと舵を切った。辻村代表：コロナの影響は、まさに壊滅的でした。売上は半分以下に落ち込み、これまで積み上げてきたものが一気に消えてしまったような感覚でした。当時は海外からの患者さんが全体の半数近くを占めていたため、日本への渡航が止まった瞬間、患者数はゼロに。さらに国内でも緊急事態宣言による外出制限が重なり、誰もが身動きの取れない状況に陥りました。ちょうどその頃、私たちは免疫細胞に加え、幹細胞の培養にも取り組み始めていました。幹細胞とは、血液や神経、筋肉など、人の体を構成するさまざまな細胞に姿を変えることができる“万能のタネ”のような細胞です。がん患者さんだけでなく、けがや加齢に伴う病気、さらには難治性疾患にも応用できる可能性がある―そう考え、研究開発を進めていたのです。しかしその取り組みも、コロナ禍では一時的に完全にストップせざるを得ませんでした。研究所設立以来、最も厳しい局面だったと思います。ただ一方で、再生医療という分野自体には追い風が吹いていました。山中伸弥先生や本庶佑先生のノーベル賞受賞により、社会全体で再生医療への注目と期待が一気に高まっていたのです。私たちが長年培ってきた細胞の培養・加工技術は、医師であっても容易に真似できるものではありません。その独自技術を他の医療機関の先生方に紹介したところ、大きな関心を寄せていただきました。私はそこで、研究所として初めての事業転換を決断しました。これまで「グランソール奈良」院内だけで提供してきた細胞を、外部の医療機関にも届けることにしたのです。営業部門を持たなかった私たちにとって、自分たちの存在を知ってもらうのは容易ではありませんでした。しかし幸いにも、私たちの技術に信頼を寄せてくださった医師たちが、他の医療機関へと紹介してくださり、そのご縁が少しずつ広がっていきました。そうして外部の顧客を増やすことができたのです。コロナ危機からの大逆転。 外部医療機関へ広がる再生医療の輪再生医療の可能性は今、確かな広がりを見せつつある。患者自身の細胞を用いた新たな治療法が各分野で注目され、その波は医療機関や社会全体へと着実に広がっている。辻村代表：外部の医療機関にもグランソール免疫研究所が培養した細胞を提供するようになってから、まだ2〜3年ほどしか経っていませんが、すでに30余りの医療機関が当研究所の細胞を実際に利用していただいています。さらに現在、厚生労働省への治療申請を進めている医療機関や、導入に向けて申請書を準備している段階のところも含めると、導入予定の施設は50件近くに上っています。中でも特に高いニーズを感じているのが整形の分野です。例えば、変形性関節症や腱の損傷、脊髄損傷などによって損傷した組織に対し、患者さん自身の幹細胞を用いて培養した組織を局所に移植することで、外科的ではなく、幹細胞の多分化能を介して自然な形で治癒を促す治療法が広がりつつあります。自己の細胞を用いるため、アレルギー反応や拒絶反応のリスクが限りなく低く、安全性が高いというメリットも大きな魅力です。また、美容領域に特化した医療機関もニーズは高いです。免疫細胞、特にナチュラルキラー（NK）細胞は老化細胞を除去する働きがあることが公表されました。いわゆる、アンチエイジング効果があるということです。また、幹細胞は必要な部位への局所投与、あるいは点滴での全身投与によって、加齢などによって失われた肌のハリや質感を回復させる可能性があります。自然な若返りを目指す可能性がある治療として注目されており、副作用のリスクが低い点も高く評価されています。こうした需要の高まりを受け、グランソール免疫研究所の売上も着実に伸びています。昨年と比較して、売上はほぼ倍増という水準に達しました。研究所を設立した当初から一貫して大切にしてきた、「患者さんの希望に応える」そして「再生医療を社会に広め、その質を高めていく」という理念が、少しずつ形となって現れてきている実感があります。再生医療に対する今後の展望と起業を目指す人へのメッセージグランソール免疫研究所は、東京に営業所を設立し、全国展開を加速させている。彼らが目指すのは、新規上場を通じて再生医療の真価をより多くの人々に届けることだ。そして、代表が最後に語ったのは、未来を夢見る起業家たちへの、力強くもシンプルなメッセージだった。辻村代表：関東の医療機関からのニーズに応えるため、東京に営業所を新設し、関東エリアでの営業体制を強化しました。現在は4名のスタッフが常駐し、首都圏を中心に関東全体の医療機関へ、私たちが培養した細胞を提供できる体制が少しずつ整ってきています。今後はこの体制をさらに充実させ、事業拡大、そして売上のさらなる成長につなげていきたいと考えています。現在の日本では、まだ再生医療が十分に浸透しているとは言い難い状況です。しかしその一方で、再生医療に対するニーズは今後確実に高まっていくと見ています。再生医療は、今後の医療において極めて重要な役割を担う技術であり、その社会的意義はますます大きくなっていくと確信しています。さらに中期的な目標として、私たちは新規上場（IPO）を見据えています。上場を通じてグランソール免疫研究所の存在や取り組みをより多くの方に知っていただき、同時に再生医療の重要性や可能性についても広く世の中に伝えていきたいと考えています。再生医療は、今後の日本社会を支えるカギとなり得る、革新的な治療法だと思っています。その中で私たちの研究が、少しでも社会に貢献できるのであれば、これ以上の喜びはありません。現在、グランソール免疫研究所は順調に成長を続けていますが、私自身がこの再生医療の分野に最初から確固たる「覚悟」を持って挑んでいたかと言えば、そうではありません。それでも、ここまでやってこられた一番の原動力は、やはり患者さんの存在です。私たちが培養した細胞によって病状が改善し、笑顔を取り戻してくださる患者さんを見るたびに、「次もまた頑張ろう」と自然に前向きな気持ちになれました。患者さんの喜びが、私たちにとっての最大のモチベーションでした。これから起業を考えている方々には、「本当に儲かるのか」といった不安にとらわれるよりも、「誰かの役に立てるかどうか」に焦点を当てることをおすすめしたいと思います。ビジネスがうまくいかなかったときのリスクばかりに目を向けるのではなく、もし成功したときに、どれだけ多くの人を幸せにできるかをイメージしてみてください。そうすれば、迷って立ち止まっている一歩を、自然と前に踏み出せるようになるはずです。インタビュー後記辻村代表のインタビューを通して、治療を待つ患者のもとへ一日でも早く再生医療を届けたいという、揺るぎない信念を強く感じました。その想いは、グランソール免疫研究所の設立当初から現在に至るまで一貫して変わることはありません。少子高齢化が急速に進む日本社会において、再生医療はこれからの医療を支える“希望の技術”になる可能性を秘めています。そんな再生医療を、一人でも多くの人に届けようと歩みを続けるグランソール免疫研究所。その挑戦と進化から、今後も目が離せません。