インタビュイー:株式会社HACHI 代表取締役 長谷 和俊様家族の一員であるペットの健康への関心が高まる中、創業からわずか数年で、全国の動物病院の約4分の1にあたる3,000病院との契約に成功した企業がある。株式会社HACHIだ。同社が展開するのは、動物病院専用のペット用ヘルスケア製品「アニミューン®」。医療とは本来慎重で、保守的であることは珍しいことではない。新規参入が難しいとされる獣医療業界において、なぜ設立間もない一企業がこれほどのスピードで信頼を獲得できたのか。そこには、「本当に良いものだからこそ、正しく届けなければならない」という強い使命感を持ち、医学的なデータの裏付け(エビデンス)と責任ある供給体制を築き上げた、代表取締役・長谷和俊氏の信念があった。「本当に良いものを長く届け続けるには、『勢い』だけでは足りなかった」。そう語る長谷氏は、かつて外資系製薬会社で動物病院への営業を担当し、その後、動画マーケティング会社を起業した異色の経歴を持つ。デジタルとアナログ。そして、獣医療と経営。異なる領域を横断してきた彼だからこそ見えた、誠実でありながら「負けない経営戦略」とはなんなのか。前編では、株式会社HACHI・代表取締役・長谷和俊様に、業界の常識を覆すHACHIの事業戦略と、それを支える長谷代表の徹底した準備についてお話を伺いました。人間と同じ基準を、家族であるペットへHACHIがペットヘルスケア製品の原料として選んだのは、英国の一流医学誌にも掲載され、世界で初めて、人間の肝臓がん術後患者1,000人以上への大規模な臨床試験(RCT)を経て、有効性が示された生薬「フアイア」(有効成分:糖鎖TPG-1※1)だった。データの信頼性は医薬品と同じレベルで高い一方、その扱いの難しさから、業界のプロでさえ導入に慎重になる“本物”の素材。その険しい道をあえて選び、動物医療の現場へ届けようとした長谷氏の決断の裏には、「命を預かる現場への深い理解」が確かにあった。長谷代表:私たちは大切な家族であるペットのためのヘルスケア製品を開発販売している会社ですが、目指しているのは単に商品を開発して売ることではありません。世界中で生まれる革新的なサイエンス(科学研究成果)とITテクノロジー(AIやIoT)など、人の社会を一歩進化させるものを社会へ浸透させること。そのアプローチ戦略として、ペット領域への市場浸透を掲げています。その中で、最も参入が難しい獣医療の領域にローカライゼーション(受け入れられる形に適合)させ、マーケットフィット(具体的なニーズとしてプロに求められる)まで落とし込む。それがHACHIの役割だと定義しています。現在、主力製品として展開している「アニミューン®」は、動物病院でしか取り扱えない専門性の高い製品です。この製品の核となっているのが、「フアイア(Huaier)」という漢方の原料となる生薬なのですが、私が「これしかない」と確信して選び抜いたものです。実は、この素材のポテンシャルに気づいていたのは、私たちだけではありませんでした。2018年にイギリスの医学誌『Gut』に掲載された臨床研究論文などから、その医学的な発見と有用性は一部の専門家の間では知られており、日本の製薬会社や通販系企業だけでなく、アメリカの大手製薬会社や医療機器メーカーなど、複数のグローバル企業が関心を寄せていたのです。しかし、実際に製品化に踏み切り、専門家を巻き込んで臨床研究を実施し、市場にマーケットフィットさせるまでやり抜ける企業は現れませんでした。なぜなら、あまりに先進的な素材であるため、従来の常識が通じないことや、極めて医療的な製品であるにも関わらず、日本国内では医薬品として認定されていないことから、広告プロモーションが難しいことが予想され、権利関係や供給体制の構築といったビジネス面での初期投資ハードルが極めて高かったからです。「モノは良い。でも、リスクを取ってまでビジネスにするのは難しい」といった風に、業界の経験豊富なプロたちでさえ、二の足を踏んでしまうような案件でした。しかし、私には「売れそうなもの」を売って儲ける未来よりも、「本当に社会に貢献できる本物」を広げるという難題への挑戦だからこそ、起業家としての使命感を感じました。その難題を解決して、ペット市場でもっとも難しいとされる獣医療の現場に届けることこそ、獣医療現場を知る起業家としての私にしかできない役割ではないかと考えたからです。誰も手を出さないのは、素材が悪いからではない。単に「この素材の扱い方をわかっていない」だけ。獣医師の先生方は、日々「命」と向き合っています。大手メーカーの看板の有無にかかわらず、曖昧な科学的根拠のものを大切な患者さんに勧めるわけにはいきません。その点、このフアイアには、人間での大規模な臨床試験が行われたという、信頼に足るデータの裏付け(エビデンス)がありました。人間と同じ基準で試験が行われているという事実があれば、先生方には必ずその可能性と価値が伝わるはずだと信じていました。だからこそ、私はあえてこの困難な道を選びました。人間でのデータだけに頼ることなく、発売前の半年から1年をかけて、獣医師協力のもと、動物への給餌・嗜好性試験を行い、安全性を確認した上で、独占的な供給体制を整える。他社が手をこまねいていた“本物”の素材を、私たちが責任を持って形にする。それが、HACHIの挑戦の始まりだったのです。※1 糖鎖TPG-1 :薬用茸(薬用菌類)の一種である「フアイア(Huaier)」に含まれる有効成分。2019年にアメリカ生化学分子生物学会の学術誌『JBC(Journal of Biological Chemistry)』に掲載された研究論文では、動物試験により、その構造と機能に関する研究結果が掲載され、TPG-1は、人や動物の健康維持に重要な役割を果たす「免疫バランス」を整える「免疫調整作用」を持つ成分として注目されている。具体的には、TPG-1はTLR-4を通して免疫に働きかけるという作用機序が明らかにされた。発売まで2年、あえて選んだ「遠回り」。大切な製品を、責任を持って届け続けるために創業から製品発売までの約2年間を、あえて準備だけに費やした長谷氏。独占販売権の獲得や徹底したブランディングは、決して遠回りではなかったと振り返る。製品の品質を守り、飼い主と獣医師からの信頼を裏切らないため、経営者としての誠実な土台を築くために不可欠なプロセスだった。長谷代表:私は今回が2度目の起業になります。20代の頃は「情熱と勢いがあれば道は開ける」と信じていました。ですが、経験を重ね、一時的な成功ではなく、経済的にも社会的にも成功し続けている経営者の諸先輩方から学ばせていただく中で、「本当に良い事業を長く続けるためには、『準備』こそがすべてだ」と痛感するようになりました。素晴らしい情熱を持っていても、勢いだけでは事業を継続し続けることが難しい。そんな現実を、私はこれまでの自身の経験の中で何度も目の当たりにしてきたからです。もし私たちが市場を開拓した後に、会社が立ちゆかなくなったり、似たような粗悪品が出回ってしまったりしたらどうでしょう。結果的に動物たちの健康を守れなくなってしまいます。だからこそ、はやる気持ちを抑えて、準備に2年近い時間をかけています。会社設立を決めてから製品を発売するまでの約2年間は、目の前の売上だけに固執せず、ひたすら足場固めに徹しました。「誰もやらないなら、私が責任を持ってやる」。そう決めて、まずは日本での販売権や商標をしっかりと固めました。自分たちに独占的な権利がなければ、責任を持った供給も、ブランド力の維持もできないと考えたためです。事業の根幹を形づくる“守りの構築”こそ、最優先にすべきだと考えました。この「信頼への投資」は、製品の発売直前にも徹底しました。例えば、製品の発売時期。当初は2021年8月を予定していましたが、私はそれを経営判断として10月に延期させました。理由は、公式サイトのクオリティが、私が求める「信頼の基準」に達していなかったからです。周囲からは「早く売らないと機会損失だ」という声も上がりました。しかし、中途半端な状態で世に出ることこそが、最大の損失だと考えたのです。実績のない無名の企業にとって、Webサイトは信頼を担保する「顔」そのもの。そこに少しでも隙や甘さがあれば、命を預かる獣医師の先生方に選んでいただくことはできません。細部に至るまで「本物」としての品格が必要でした。“本物”を届けるためには、それを扱う企業自身もまた、信頼に足る姿でなければならない。その信念は、Webサイトへのこだわりだけにとどまらず、業界の常識を覆す大胆な発信戦略にも貫かれていた。長谷代表:認知拡大のために発売当初から、有名タレントを起用したのも、同じ理由です。当時、獣医療業界でタレントを起用する例はほとんどなく、「なぜベンチャーが?」と驚かれました。もちろんコストはかかります。しかし、中小企業向けの支援サービスを活用するなど工夫を凝らし、実現させました。これは単なる話題作りではありません。「この会社なら信頼できる」「この製品なら安心して使える」と、先生や飼い主様に感じていただくための、私たちなりの誠意であり、社会的な責任を果たす企業として認めてもらうための必須条件だったのです。「先生方の時間を奪わない」という敬意。現場を知る製薬会社出身だから選べた、訪問なき営業徹底した準備によって「信頼」の土台は整った。ただ、どれほど良い製品であっても、届け方を間違えれば多忙な獣医師には受け入れられない。かつて製薬会社の営業として現場の過酷さを肌で感じていた長谷氏は、業界の定石「足で稼ぐ営業」を捨てた。代わりに、動画とデジタルを駆使した「時間を奪わない」仕組みを構築。その合理的な配慮こそが、現場の支持を集める決定打となる。長谷代表:製品を発売した2021年10月は、まだコロナ禍の真っ只中でした。動物病院への訪問など到底できない状況でしたが、むしろ私にとっては、これまでの業界の常識を変える好機となりました。というのも私は以前、外資系製薬会社で動物病院への営業を担当していました。その経験から、忙しい動物病院への「飛び込み営業」がいかに非効率で、かつ先生方のご迷惑になるかを骨身に染みて知っていたのです。診療の合間の貴重な休憩時間に、突然知らない営業マンが来て「話を聞いてください」と言う。先生からすれば「勘弁してくれ」というのが本音でしょう。だからこそ、HACHIでは「飛び込み営業は一切しない」と決めました。では、どうやって製品を広めるか。そこで活用したのが、1社目の起業で培った動画マーケティングのノウハウです。製品の複雑なメカニズムやエビデンスの解説は、すべて完成度の高い「動画」に委ねました。私たちはまず、先生方にDMやメールを送り、興味を持ってくれた方だけに動画を見てもらいました。そして「使ってみたい」と思った方だけが、オンラインでサンプルを請求したり、商談予約を行える仕組みを構築したのです。営業の熱意で売るのではなく、エビデンスという事実を伝え、そのエビデンスを理解された先生だけに売る。それが医療への最大の誠実さであると考えていました。当初は「先生方がデジタルの説明会に参加してくれるだろうか?」という不安もありました。それまでの業界では「足で稼ぐ」が常識でしたから。しかし、蓋を開けてみれば、毎日オンラインの説明会に、多くの先生方が参加してくださいました。「昼休みの短い時間に、移動も不要で、要点だけを動画で確認できる」。このスタイルが、忙しい先生方のニーズに合致したのです。もし私が製薬会社時代の感覚のまま、「熱意を持って訪問しなければ」と思い込んでいたら、門前払いを食らっていたでしょう。「先生方の時間を奪わない」、その敬意を行動に移した結果が、創業からわずか1年で1,000病院、2年で2,000病院という、業界の常識では考えられないスピードでの導入に繋がりました。一方で、効率化というと聞こえはいいですが、最初は「失礼ではないか」と実は不安もあったんです。でも結果として、先生方の貴重な時間を奪わずに情報を届けられるこの形が、今の時代の現場には一番合っていたのだと思います。前編では、業界の常識を覆すHACHIの事業戦略と、それを支える長谷代表の徹底した準備についてお話を伺いました。後編では、その原動力となった幼少期の体験、急成長する組織で直面した壁をどう乗り越えたのか、その揺るぎない信念の原点を探ります。