インタビュイー:浜弥鰹節株式会社 代表取締役 木村忠司氏浜弥鰹節株式会社は、1947年に大阪・鶴橋で創業した老舗の鰹節メーカーである。削り鰹節や粉末だし、だしパックなど、出汁関連商品の製造・卸売を手がけ、現在は飲食チェーンや食品メーカーなど約750社の顧客と取引を行っている。次世代の「食」や「だし文化」の衰退を危惧し、「和食」「だし文化」「健康」を守り・継承していく為に、様々な業態へチャレンジしている。代表取締役の木村忠司氏は、創業者である祖父・三弥氏、2代目を務めた母・幸子氏に続く3代目当主。2014年に代表に就任して以降、縮小が続く鰹節業界において、講演・啓蒙活動から大阪大学発ベンチャーとの共同研究、100%植物性だしブランド「MAGI DASHI -マジダシ-」の立ち上げまで、伝統と革新を両輪で走らせる経営に挑み続けている。後編では、浜弥鰹節株式会社 代表取締役 木村忠司氏に、1億円を投資した大阪大学発ベンチャーとの共同研究、100%植物性だし「MAGI DASHI -マジダシ-」の開発、世界市場と高齢化社会を見据えた今後の展望について、お話を伺った。「香り」への着眼と、1億円の大型投資40代を迎えた木村氏は、これまでの活動を見直すなか、鰹節の本質的な力が「香り」にあることに気づく。大阪大学発ベンチャーとの出会いを契機に、コロナ禍という逆境のなかで、1億円の大型投資という大きな決断に踏み切った。木村代表:40代に入った頃、私はそれまでの取り組みを一度、見直すことにしました。すると改めて感じたことが、鰹節は大きく分けて、「香り」と「旨味」という2つの力を持っているということでした。このうち旨味の領域は、大手食品メーカーが手がけています。一方で「香り」は、まだまだ追求しがいのある領域だと感じました。そうした話を経営者仲間にしたところ、ある方が「大阪大学に香りの研究をされている先生がいるから、紹介してあげるよ」と声をかけてくださったのです。 ちょうど5年ほど前、コロナ禍の話です。そこからご縁がつながり、大阪大学発のベンチャーである株式会社香味発酵と共同研究を始めることになりました。香味発酵社は、「全ヒト嗅覚受容体による匂いの数値化技術」を研究していました。人間の五感のなかで、視覚や聴覚は数値化が進んでいる一方、嗅覚だけは未だに数値化が難しいと言われてきた領域です。それを世界で初めて可能にしたのが、香味発酵でした。2002年にノーベル賞を受賞した理論を応用したもので、嗅覚細胞のどこを刺激すれば「鰹節の香り」と感じるか、というところまで突き止められる技術です。当社はその第一号のパートナーとして連携させていただきました。ただ、いざ共同研究を始めるとなったときに、最初に提示された必要金額は1億円でした。決して簡単に出せる額ではありません。ただ、ここまで本気で鰹節業界を考えて取り組んでいる人間は、世界でも私くらいしかいないだろうという想いもありました。そして当時はコロナによって、飲食店が軒並み休業し、当社の売上は3、4割ほど減少していました。普通であれば断る場面でしたが、私はそこで1億円を投資しました。融資で5,000万円を借り入れることができましたので、残りの5,000万円は、飲食チェーンの経営者の方々10人に500万円ずつ出資していただきました。逆境のなかで前に進む決断ができたのは、鰹節業界の将来に対する危機感があったからにほかなりません。守りに入っても、この業界の縮小からは逃れることができない。それなら攻めようと腹を括ったのです。鰹節屋がつくる、鰹節を使わない出汁 ─「 MAGI DASHI」の誕生鰹節の輸入規制、世界で拡大するヴィーガン市場、インバウンド客が直面する日本の飲食現場。重なり合う課題に対して、木村氏は「鰹節屋が、鰹節を使わずに鰹節の香りを再現する」という逆転の発想で応えた。木村代表:香味発酵社との共同研究を進めるなか、私には別の問題意識も芽生えました。それは、国内市場の縮小が続くなかで、これからは世界に進出しなければ業界が持たない、ということです。ところが、いざ海外に持っていこうとすると、鰹節という商品自体にいくつもの壁が立ちはだかっていました。まずヨーロッパ圏では、鰹節に対する輸入規制があります。鰹節をつくる過程で、燻製を経るため、どうしてもタール成分が付着します。そのなかにベンゾピレンという物質が含まれており、発癌性物質として規制の対象になったのです。もうひとつの壁は、世界中で拡大しているヴィーガン市場の存在です。ヴィーガンの方々にとっては、たとえ鰹出汁であっても、動物性の成分は受け入れられない。鰹節を、そのままの形で世界に届けることは難しいという現実を突きつけられました。この課題は、日本国内のインバウンドの現場でも起きています。海外のレストランでは、ヴィーガンメニューとスタンダードメニューが両方用意されているのが当たり前です。ところが日本では、複数人で旅行に来られて、そのうち1人か2人がヴィーガンだった場合、全員で一緒に食事ができるお店がほとんどない。「ヴィーガンの方は専門店に行ってください」となってしまうのです。インバウンド客が増え続けているのにもかかわらず、「日本には食べるものがない」と言われてしまう。これは飲食業界全体にとって、大きな機会損失です。そこで考えたのが、鰹節を使わずに、鰹節の旨味と香りを再現することです。それができれば、世界中のどこにでも届けられると考えました。試行錯誤を重ねて出来上がったのが、大豆とマッシュルームから旨味を引き出し、鰹節の香りに近づけた、100%植物性の液体出汁「MAGI DASHI」です。実際に試していただいた方の多くが、「鰹節によく似ている」とおっしゃってくださいます。これを昨年4月にリリースし、現在は、国内屈指のホテルや飲食店にご採用いただいております。決して、伝統を捨てたわけではありません。ただ、世界に届けるという視点に立ったとき、本来の鰹節を少し脇に置き、旨味と香りを別の形で再現することが、いま必要とされていると考えています。世界の食卓、そして高齢化社会の食卓へ ─ 鰹節屋3代目が描く構想最後に、今後の展望について、お話を伺った。木村代表:当社が目指しているのは、「MAGI DASHI」を世界中の料理の「旨味付与のインフラ」にしていくことです。トムヤムクンであろうが、ピザであろうが、フランス料理であろうが、ジャンルを問わず使っていただける出汁になり得ると考えています。出汁は料理の主役にはなりませんが、旨味を付与する力を持っています。そこに、香りまで備えた選択肢を加えることが、私たちの構想です。世界のヴィーガン市場は、9年で6兆円から17兆円まで拡大すると言われています。1パーセントのシェアを獲得するだけでも、売上400億円という規模が射程に入ってきます。そしてもうひとつ、最近取り組んでいるのが、高齢化社会への対策です。人は最後、唾液が出なくなって、亡くなると言われています。高齢になると体内の水分量が下がり、内臓のほうへ優先的に水分が回されるため、口の中が乾いていく。唾液が出ないと食べ物を飲み込むことが難しくなり、誤嚥性肺炎につながってしまいます。実際、誤嚥性肺炎で亡くなる方は非常に多くいらっしゃいます。ここに、鰹節の力が活きると考えています。鰹節の香りは、嗅ぐと唾液が出ます。世界中の食材を見渡しても、ドライマウスにここまで働きかけられる素材は、おそらく鰹節だけではないかと考えています。しかも植物性の『MAGI DASHI』であれば、国による規制や食文化の違いを越えて、世界中に届けていくことができます。この市場が動き出せば、世界中で進む高齢化への対策として、出汁が果たせる役割は計り知れないものになるはずです。私の世代で実現できるのか、次世代に託すことになるのかは分かりません。それでも、伝統を守りながら、その本質を新しい形で世界に届けていく。それが3代目としての私の挑戦であり、当社が次の100年に向けて歩んでいく道だと考えております。編集後記今回は、浜弥鰹節株式会社 代表取締役 木村忠司氏にお話を伺いました。縮小が続く業界のなかで、母を助けたいという想いを原点に家業を継ぎ、10年にわたる発信活動を続けた木村氏。その先に見いだされたのは、「鰹節屋が、鰹節を使わない出汁をつくる」という逆転の発想でした。伝統の本質を見極め、それを新しい形で世界と未来に届けていく。経営者としての覚悟と、伝統の継ぎ手としての矜持が両立した姿に、業界の未来をつくるとはどういうことかを学ばせていただきました。木村 忠司/浜弥鰹節株式会社 代表取締役社長。1976年生まれ。老舗鰹節メーカーの伝統製法を守り継ぐ一方で、変化する現代の食文化や世界的な多様性に応える「食のイノベーション」を牽引。近年では、100%植物性でありながら圧倒的な深い旨味を持つ万能めんつゆ・出汁の開発プロジェクト「MAGIDASHI(マジダシ)」を発足。フードテックやファブレスビジネスモデル、大手素材メーカーとの技術協業をいち早く取り入れ、日本の「Umami」文化を世界へ届けるグローバル展開を進める。学術機関との共同研究による出汁の生理学的効果の解明や、アレルギーフリー技術の普及にも尽力。2026年「大阪トップランナー育成事業」認定。 【会社概要】会社名浜弥鰹節株式会社創業1947年代表取締役木村忠司事業内容削り鰹製造販売・だし関連商品の卸売・だしレシピの開発 所在地大阪府大阪市生野区鶴橋2-5-18