インタビュイー:株式会社山田工務店 代表取締役 山田 耕治様1956年創業の株式会社山田工務店は、静岡県焼津市を拠点に、新築、リフォーム、不動産、レンタル収納スペースなど、住まいと暮らしに関わる事業を展開する地域密着企業である。「狭く深く」の方針のもと、営業エリアを焼津~袋井をを中心とした30分圏内に限定。お客さまから相談を受けた際に速やかに対応できる体制を整え、家を建てた後の暮らしまで長く支え続けている。代表取締役を務める山田耕治氏は、一級建築士であり創業者でもある父の背中を見て育ち、大学では建築学を学んだ。大学卒業後はゼネコンで現場監督として経験を積み、1991年に山田工務店へ入社。お客さまから直接感謝される小規模修繕の仕事との出会いが、現在の地域密着経営の原点となった。後編では、株式会社山田工務店 代表取締役 山田耕治氏に、職人との葛藤を乗り越えながら築いた組織づくりや社員教育への想い、そして100年先を見据えた未来構想について、お話を伺った。職人との葛藤を乗り越えて。地域で選ばれる工務店をつくった営業改革 自ら先頭に立って山田工務店の舵取りを始めた山田代表だったが、父の代から支えてきた職人たちとの間には、少しずつ価値観の違いが浮き彫りになっていた。山田代表:山田工務店へ入社した当時、父が築いてきた会社をもっと成長させたいという想いを強く持っていました。ゼネコンで学んだやり方を持ち込み、自分が先頭に立って現場を動かしていこうと意気込んでいたのです。ただ、現場では戸惑いも少なくありませんでした。父の代から支えてくれていた職人さんたちの中には、私がゼネコン流の工程管理や現場管理を持ち込んだことで、仕事の進め方が急に変わったと感じた方も多かったと思います。職人さんたちが父のところへ、「昔とはやり方が変わって戸惑っている」と相談に行くこともありました。私は「もっと良い仕事をして会社を成長させたい」という想いで必死でしたが、その想いが現場にうまく伝わらず、父とも意見がぶつかることがありました。職人さんと父の間に立ちながら、悩み続けた時期だったと思います。だからこそ、まずは自分自身が現場へ深く入り込み、職人さんたちと真正面から向き合うしかないと考え、一人ひとりと根気よく向き合い続けました。私は昔から、職人さんを単なる外注だと思ったことはありません。同じ現場をつくる仲間でありパートナーです。こちら側の工程の都合だけで人を動かすのではなく、互いに信頼関係を築きながら、一緒に良い仕事をしていきたいという想いが強くありました。いま振り返れば、あの時期に職人さんたちと真正面から向き合った経験が、現在の山田工務店の土台になっているのかもしれません。一方で、どうすれば地域のお客さまに選んでいただけるかということもずっと考えていました。その中で力を入れたのがチラシです。特にリフォームは、トイレ修理といった小さな工事をサービスとして積極的に打ち出している会社が少なく、お客さま自身もどの会社へ相談すればいいのかわからない状況だったので、できるだけ親しみやすい形で伝える必要があると考えました。リフォームのチラシでは漫画を使いながら、典型的な事例をわかりやすく伝える一方、新築では施工写真をしっかり掲載しながら、家づくりへのこだわりや性能面を丁寧に説明する。リフォームと新築では、お客さまが求める情報はまったく違うからこそ、見せ方も変えていたのです。工夫を重ねるうちに少しずつ、「山田工務店なら相談しやすい」と言ってくださるお客さまが増えていきました。そして仕事量が増えるにつれて、腕の良い職人さんたちも自然と集まるようになっていったのです。良い職人さんが集まることで現場の品質が高まり、その仕事ぶりを見たお客さまから新たなご相談をいただくようになる。そうした積み重ねが、山田工務店への信頼を少しずつ地域に広げていったのです。仕事は人間的成長の場である。経営計画書に込めた社員教育への想い山田代表が目指しているのは、単に売上を伸ばす会社ではない。社員一人ひとりが成長し、自ら考え地域に貢献できる組織である。 山田代表:私は以前から、仕事は人を成長させる場であると考えてきました。もちろん会社ですから利益は大事ですし売上も必要です。しかし、売上だけを追いかけていても、人は長く働き続けられないと思うのです。仕事を通じて人間として成長できる。その実感こそが働く意味につながるのだと感じています。だからこそ、社員教育にはかなり力を入れてきました。社員が勉強する機会はできるだけ多くつくりたいと思っていますし、学ぶことを通じて自分で考えられる人になってほしいという想いがあります。建築の知識や営業スキルだけではなく、人としてあるべき姿も含めて会社全体で共有していきたいと考えてきました。その象徴の一つが、当社で配布している経営計画書です。166ページある手帳の中に理念や行動指針をまとめています。毎朝、その内容を読み合わせたり勉強会を開いたりしながら、全員で共通認識を持てるようにしています。会社が大きくなればなるほど、社員の考え方や価値観は多様になります。そうした中でも、山田工務店として大切にするべきことを言葉にして共有し続ける必要があると思っています。施工管理、営業、事務、不動産事業など担当領域が違っても、全員が同じ方向を向いて仕事をする。そのための土台がこの経営計画書なのです。また、私は会社の数字もできるだけオープンにしています。毎月の月次決算も共有していますし、損益計算書や貸借対照表の読み方まで勉強してもらっています。最初は難しく感じる社員もいますが、会社の現在の状況を理解できるようになると、仕事への向き合い方も変わってきます。会社は誰か一人が支えるものではなく、自分たち一人ひとりが支えているという感覚を持ってほしい。その意識が生まれることで、一人ひとりがより主体的に動ける組織になっていくと信じています。もう一つ、当社らしい文化だと思っているのが、お客さまから届くアンケートはがきです。毎月100件近くの直筆メッセージが届くのですが、それを朝礼で読み上げ、みんなで共有しています。自分宛てに届いたはがきは、コピーして手帳に挟んで持ち歩き、仕事で落ち込んだ時やうまくいかない時に見返すことで、自分を支える大切な存在になっています。売上や数字だけを追いかけるのではなく、お客さまから必要とされ、人として成長していく。その積み重ねが、結果として会社を強くしていくと私は信じています。地域の暮らしを守り続ける。山田工務店の未来構想山田工務店が見据えているのは、100年先も地域でお客さまの暮らしを守り続ける未来だ。そして「全ての人にHAPPYを」という想いは、これから先も変わることなく受け継がれていく。 山田代表:当社では、2033年にグループ売上100億円を目指しています。ただ、私たちの目標は、売上を伸ばして会社を大きくすることではありません。お客さまを長く守り続けられる会社になる。そのために会社としての基盤を強くしていきたいと考えています。私たちの仕事は家を建てて完結するものではありません。住み始めてからも、メンテナンスや修理、リフォームなどさまざまな課題が出てきます。その際に山田工務店に相談すれば安心だと思っていただける存在であり続けたいのです。そのためには、私は「会社を続けること」が何より大切だと考えています。家を建てた後も長い年月にわたってお客さまを支え続けられる会社でなければ、本当の意味で責任を果たしたとは言えません。100年続く会社を目指すのは、お客さまの暮らしを守り続けるためです。そのためには人を育て続けなければいけません。地域の中で雇用を生み、誠実な人材を育てていくことも、私たちの大切な役割だと思っています。私は一人の社員への教育はその周囲にも影響すると考えています。一人の社員が成長すれば、その影響は職場だけではなく、家族や周囲にも広がっていく。だからこそ、人を育てることには大きな意味があるのです。長期事業構想書には、将来の要員計画まで細かく記載しています。数年後に必要な人材や求められる役割まで具体的に示すことで、若い社員たちにもこの会社での将来の姿を思い描いてほしいと考えているのです。もちろん、この会社は私一人で続けていくものではありません。いつかは次の世代へバトンを渡していくことになります。ただ、経営者が変わったとしても「お客さまにハッピーを届ける」という想いは変わらず受け継がれていってほしいと思っています。70年という歴史も、決して簡単に積み重なったものではありません。多くのお客さまや職人さん、社員のみなさんに支えられながら、ここまで歩んでくることができた。だからこそ、100周年を迎える時にも、地域のみなさまと一緒に、豊かな暮らしを支えていける会社であり続けたい。その想いと文化を、次の世代へしっかり受け継いでいきたいと思っています。山田 耕治/株式会社山田工務店 代表取締役。静岡県焼津市出身。1959年生まれ。工務店の長男として育ち、大学卒業後はゼネコンに入社し約8年間現場監督として経験を積む。その後、家業である山田工務店へ入社。地域密着を掲げ、焼津市から掛川市までの限られたエリアに特化した住宅事業を展開し、創業70年を超える企業の成長を牽引している。【会社概要】会社名株式会社山田工務店創業昭和31年代表取締役山田 耕治事業内容新築事業 HAPPY HOUSE企画型注文住宅 JUST LUCKY HOUSEリフォーム事業 はっぴいリフォーム建売・不動産事業 HAPPY READY BUILDレンタル収納事業 はっぴいBOX24健康事業 FIT-EASY所在地静岡県焼津市柳新屋648-2