インタビュイー:住宅ローン診断カンパニー株式会社 代表取締役 前田一人様フィンテック(金融×IT)領域において、「決済」や「投資」に比べ、イノベーションが遅れていると言われる「融資」の分野。ここに一石を投じたのが、住宅ローン診断カンパニー株式会社だ。同社は、信用情報機関CICとのAPI連携(※)を実現し、借入可能額を即座に判定する「住宅ローン1分診断」を2025年7月に正式リリース。さらに、同月にはDMMグループへの参画を果たし、事業は新たな成長フェーズに入っている。なぜ同社は、数あるフィンテック領域の中でも、あえて「借り入れ」にこだわり続けてきたのか。その背景には、代表取締役・前田一人氏が銀行員時代に目の当たりにした業界に根付く構造的な課題と、身をもって味わった苦い記憶がある。本稿では、金融業界および住宅業界が長年抱えてきた課題を根本から解決しうる、住宅ローン診断カンパニー株式会社・代表取締役・前田一人氏に、創業に至るまでの経緯と「住宅ローン1分診断」に込めた想いについてお話を伺った。※異なるシステムやアプリケーション同士が、API(Application Programming Interface)という接点を介して、データや機能を自動的に共有・連携させる仕組み業界初、信用情報機関(CIC)とのAPI連携。「1分診断」が変える住宅ローンの常識従来の住宅ローン審査は、結果が出るまでに時間がかかり、借り手と貸し手、双方にとって大きな負担となっていた。住宅ローン診断カンパニー株式会社が開発した「住宅ローン1分診断」は、信用情報機関CICとAPI連携することで、その常識を覆そうとしている。前田代表:私たちが提供しているのは、その名の通り、「住宅ローン1分診断」です。お客様がスマートフォンなどから情報を入力し、マイナンバーカードや運転免許証をアップロードするだけで、わずか1分で「あなたはいくら借りられます」という借入可能額が判定できます。サービスの最大の特徴は、2023年に加盟した指定信用情報機関CICとAPI連携を実現したことです。CICのデータベースには、クレジットカードやローンの利用状況など個人の信用情報が蓄積されています。これらの正確なデータをシステムが自動で参照することで、精度の高い診断が可能になりました。これまでの住宅販売の現場では、お客様が物件を気に入って購入したいと思っても、「実際にローンが通るかどうか」はその場ではわかりませんでした。時間をかけて審査に出し、結果を待つ。もし審査に落ちてしまったら、また一からやり直しです。お客様にとっても、住宅会社の営業担当者にとっても、大きな時間のロスでした。「住宅ローン1分診断」を活用すれば、「8000万円まで借りられます」「今は借りられません」といった結果がその場で判明します。借入可能額がわかれば、それに見合った物件を提案できますし、もし難しい場合でも、その理由を確認して対策を練ることができます。業界内での反響も非常に大きく、契約までのスピード向上や無駄な審査業務の削減といった効果が期待されています。これは金融機関にとっても同様です。これまでは10件の審査申し込みがあっても、実際に融資できるのは1、2件ということも珍しくありませんでした。あらかじめ「貸せる可能性が高い人」だけが審査に来るようになれば、審査業務の負担は大幅に軽減されます。借り手、金融機関、住宅会社、「三方よし」を実現する仕組みを作ることができたと自負しています。金融のプロと一般消費者の間にある格差。銀行員時代に気づいた構造的課題「借り手、金融機関、住宅会社の三方よし」のビジネスを展開する前田氏。その着想のきっかけは、かつて銀行員として働いていた時代に目の当たりにした、金融業界特有の“情報の非対称性”という現実にあった。前田代表:私は新卒でキーエンスに入社し、その後、銀行に転職しました。銀行で最初に担当したのは、個人のお客様を相手にする支店業務、いわゆるリテール営業です。そこで改めて強く意識するようになったのが、銀行もまた「営利企業である」という事実でした。民間企業である以上、自社の利益を追求し、自社の商品を販売するのは当然のことです。一方で、お客様は銀行に対してどこか公的機関に近いイメージを持たれていることが多い。その認識のズレに、次第に違和感を覚えるようになっていきました。金融商品は構造が複雑で、専門知識がなければ、自分にとって何が本当に最適なのかを判断するのは容易ではありません。一方、売り手である銀行員は、その商品を知り尽くした「プロ」です。知識を持つ側と、持たない側。その間に大きな情報格差がある中で、取引は進んでいきます。”情報の非対称性”の中で、果たしてお客様にとって最善の選択がなされているのか。そんな問いが、常に頭から離れませんでした。理想と現実の狭間で抱いた違和感。答えを探すように、前田氏は個人向け営業から、企業の財務担当者と向き合う法人営業の世界へと足を踏み入れる。前田代表:その後、希望を出して法人営業部に異動しました。そこはいわゆる“プロ対プロの世界”です。企業側にも財務の担当者がいて、対等にビジネスの交渉ができる。健全な緊張感の中でビジネスが成立していく、その面白さを、そこで初めて実感しました。同時に、あることに気づいてしまったのです。プロ同士の世界には情報の格差がないけれど、一般の個人が相手となる住宅ローンの世界には、依然として大きな格差が残されたままである。プロの世界が健全に回る一方、その外側で、知識を持たない個人だけが不利な立場に置かれている。その対比は、当時の私にはあまりにも残酷な現実に映りました。「知らない」だけで損をする。父のローン問題で痛感した現実情報の格差がもたらす影響を、前田氏は身をもって体験することになる。それは、地元で暮らす父親からの一本の電話だった。前田代表:ある日、父から突然「住宅ローンが返せないかもしれない」と相談を受けました。驚いて詳しく話を聞くと、父は非常に高い金利で、しかも身の丈に合わない高額なローンを組んでいたのです。父は金融のプロではありません。おそらく勧められるがままに契約してしまったのでしょう。ビジネスである以上、契約を取ること自体は否定しませんし、担当者の方にも決して悪意があったわけではないと思います。ただ、金融機関が組織である以上、転勤や異動は避けられません。一人の担当者が、契約者のその後の人生や返済まで責任を持ち続けることは、構造的に難しいのが現実です。そのとき、「これが“情報の非対称性”か。知識がないというだけで、ここまで不利な立場に置かれてしまうのか。」と愕然としました。幸い、私が銀行員としての知識を持っていたので、父のローンは何とか整理することができました。しかし、もし私がいなかったら、父は家を失っていたかもしれません。この出来事が、これまで心の奥でくすぶっていた違和感に火をつけました。父のケースは決して特別ではありません。「世の中には『知らない』というだけで不利な選択を強いられている人が、まだ数多くいるはずだ」と強く感じたのです。当時はちょうど、スマートフォンの普及が一気に進み始めた時期でもありました。誰もが手元で世界中の情報にアクセスできる時代が来ているのに、金融、特に借り入れの世界だけは閉ざされたままでした。「テクノロジーを使えば、この不条理な仕組みを変えられるかもしれない」そう直感した私は、2014年に銀行を辞めて起業する決意を固めました。前編では、業界の常識を覆す「住宅ローン1分診断」の革新性と、その開発の根底にある前田代表の銀行員時代の葛藤、創業のきっかけとなったご家族の原体験についてお話を伺いました。後編では、起業後に直面した理想と現実のギャップ、それを乗り越えDMMグループ参画を決めた決断の裏側、そしてテクノロジーで「借り入れ」の概念そのものを変えようとする、これからの金融のあり方についてお話を伺います。