インタビュイー:ヒューマンライフコード株式会社 代表取締役社長兼CEO 原田 雅充 様2017年の創業以来、「へその緒」すなわち臍帯由来の間葉系間質細胞(※1)を用いた細胞医薬品の研究開発及び製造に取り組んできたヒューマンライフコード株式会社。臍帯を医療資源として活用し、治療法が確立していない難病患者に新たな選択肢を届け保険収載の獲得を目指すとともに、日本発の高品質な細胞医薬品をグローバルに展開し、標準化された細胞治療へのアクセス拡大を目指している。法制度への対応、製造技術の確立、サプライチェーンの構築、量産体制と品質担保―。4つの壁を1つずつ乗り越え、現在は最終段階の治験に進んでおり、臍帯由来細胞治療領域において世界的にも先行する開発ポジションにある。「誰も傷つけない原材料」であるため倫理的懸念が少ない臍帯への着目。過剰炎症・免疫異常そのものに働きかける細胞医薬品の可能性。希少難治性疾患から着手し、やがて広く身近な医療へと展開していく「Rare to Common」戦略。これらは、「つなぐ命のきずな つながる未来」という企業理念のもと、原田雅充氏が描く社会的構想から生まれたものだ。前編では、臍帯に着目した理由や社会実装までの4つの壁、同社の掲げる「Rare to Common」戦略について、お話を伺った。本編では、ヒューマンライフコード株式会社の創業者で代表取締役社長兼CEO・原田雅充氏に、創業に至るまでの歩み、社名に込めた想いとグローバル展開の構想、起業家としての覚悟について、お話を伺っていく。※1骨髄、脂肪、臍帯などに存在し、骨・軟骨・脂肪への分化能力と強力な抗炎症・免疫調節作用を持つ細胞。炎症部位選択的に組織修復や免疫抑制作用があるため、安全性が高く幅広い疾患に適応できる可能性があるため、細胞治療として期待されている。「残りの人生を賭してでも」―1人の少年の回復が導いた創業の軌跡原田代表がアメリカの外資系製薬会社で細胞治療に携わる中で出会った、1人の小児患者の回復。その光景こそが、ヒューマンライフコード株式会社の創業の原点だったという。原田代表:アメリカの外資系製薬会社で臨床開発の統括部長を務めていた頃、本社が進めていた細胞治療のプロジェクトに関わりました。まだ開発の初期段階でしたが、通常は廃棄されるお産後の産物からの間葉系間質細胞を、先天性疾患を持つ小児患者さんの治療に活用する取り組みでした。そこで出会ったのが11歳の少年です。体力が落ちていて、強力な化学療法に耐えられず、唯一の治療法とされていた骨髄移植も行えない状況でした。ところがお産後の産物からの間葉系間質細胞で治療したことで、骨髄移植ができるまで体力が回復し、最終的には完全寛解(治療によって症状や異常が検査上で確認できない状態になること)に至ったのです。私は、捨てるはずのお産後の産物から採取した間葉系間質細胞が、新たな治療につながる可能性があると確信したのはもちろんのこと、持続可能な細胞治療のプラットフォーム(“後のエコシステムと称するもの”)を構築できることに強い将来性を感じました。一方、私は製薬企業で勤務する中で、治療によって疾患そのものは改善しても、その後の副作用や生活の質の低下に苦しむ患者さんを数多く見てきました。薬物治療は確かに必要だが、それだけでは十分に救えない患者さんもいる。その課題を、疾患だけでなく患者さんの人生そのもの“ヒューマンライフ”に寄り添う新たな治療アプローチが必要となる時代が来ていると直感的に感じ取りました。その可能性を細胞治療に見出し、身体本来の力を活かし、治療後の人生まで見据えた医療を実現できるのではないか。そう確信し、ヒューマンライフコードの創業を決意しました。この外資系製薬会社での海外勤務を終え帰国した後も、その想いは消えませんでした。ただ同時に、当時の自分には、不足しているものがあるとも感じていました。ファイナンスやアカウンティングなど、いわゆる経営管理の素養です。そこで会社を辞めてニューヨークに渡り、MBA課程で学びながら、事業計画を練りました。1年でMBAを取得し、事業計画の輪郭も見えてきたところで日本に戻ってきました。帰国後は国内上場しているバイオベンチャーで執行役員・営業・マーケティング本部長を務めました。研究開発だけでなく、事業開発、マーケティング、経営実務までを経験することで、「研究を社会実装へつなげる」ことを、自らの使命として腹落ちさせることができた期間だったと思います。さらに「何を原材料にして、どうやって社会実装まで持っていくか」を考えた時、私は臍帯血由来の造血幹細胞の研究に携わった経験があるため、臍帯が持つポテンシャルの高さを理解していました。さらに偶然にも、その時の共同研究者だった長村登紀子先生が、臍帯由来の間葉系間質細胞を臨床入りの一歩手前まで進めていたのです。これまで積み重ねてきた経験と人との縁が、ひとりの患者さんとの出会いをきっかけに、一気につながった感覚がありました。若い頃からの研究開発経験も、海外でのキャリアも、長村先生とのご縁も、すべてがその円の中にあった。「残りの人生を賭してでも成し遂げたい」。その想いを胸に、2017年4月、ヒューマンライフコードを設立しました。当社の創業当時、再生医療の領域には、制度面での追い風が吹いていました。2014年に安確法(再生医療等安全性確保法)と改正薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)が整備され、再生医療・細胞治療を社会実装していくための環境作りが進みつつあったのです。実際にその当時、骨髄由来の細胞を中心に臨床ステージに進む企業や、販売に至る企業も現れ始めていました。しかしながら、当時、臍帯という原材料は社会実装するうえで認められていませんでした。細胞治療全体には追い風が吹いているのに、私たちの事業には逆風が吹いていました。ですが、創業2年目の2019年に東京では条例が改正され、産業に利活用できる条件をクリアすることができました。振り返れば、あの逆風こそが私たちの強みになりました。誰も踏み込まなかった領域に、リスクを取って挑んだ。その結果、先行者としてのポジションを確立できたのです。命のコードを、未来へつなぐ―社名に込めた想いと、3拠点で実現するグローバル展開ヒューマンライフコードという社名には、原田代表の想いが色濃く反映されている。原田代表:社名のヒューマンライフコードには、いくつかの意味を重ねています。まずコードという言葉が、英語で臍帯を指すアンビリカルコード(umbilical cord)のことです。同時に、コードにはつなぐという意味もあります。生まれてきた赤ちゃんから得られる臍帯という命のコードを、次の命を支える医療につなげてゆきたい。その想いが中心にあります。さらに言えば、人類はへその緒によってつながってきました。当社も同様に、次の世代、そのまた次の世代へと、社会から必要とされ続ける会社にしたいという想いも込めました。また、ヒューマンライフという言葉には、人生に寄り添う、という意味を持たせています。患者さんやそのご家族の笑顔を思い浮かべながら事業を前に進め、社会とつながり続ける会社でいたいと考えています。社名に込めた想いを胸に、ヒューマンライフコードはこれからどのような社会を目指すのか。その展望を伺った。原田社長:私たちはこれからも、臍帯を原材料とした細胞治療の研究・開発を続けていきます。将来的には臍帯血の活用も視野に入れています。いずれにせよ、へその緒を医療資源として活かし、持続可能な細胞治療を社会に届ける。その方針は変わりません。まずは、希少難治性疾患で細胞医薬品としての薬事承認を獲得するという実績を積み、社会からの信頼を獲得することが大前提です。その基盤ができて初めて、免疫異常が伴う自己免疫疾患や慢性炎症が伴う老化関連疾患にも展開し、誰もが歳を重ねても元気に、人生を楽しんで過ごせる社会の実現に貢献したいと考えています。そのビジョンを実現するためには、細胞治療を単なる治療手段にとどまらせず、1つの医療体系として確立することが必要です。炎症や免疫異常の有無を正確に検出し、治療介入すべきタイミングを臨床判断し、投与後に炎症や免疫異常が正常に戻っているか、それが臨床症状の改善につながっているかをデータでモニタリングする。この一連のプロセスを確立し、科学的に検証しながら最適化していきたいと考えています。そのためには、日本だけでなく、世界が一体となってエビデンスを積み上げる必要があります。当社では現在、東京・アブダビ・ニューヨークの3拠点を軸にした構想を描いています。この3拠点のどこであっても「同じプロセス」「同じ品質」で製造できる体制をつくる。それが実現できれば、得られるデータも地域を超えて共有可能になり、グローバルで統合して評価することが可能になります。逆に、製造プロセスや品質が揃っていなければ、データを統合することはできません。だからこそ、複数の拠点でも製造の再現性が得られることこそが、グローバル展開の土台となるのです。各地域で同一品質の細胞製品を製造し、得られたデータを共有しながら先制医療へと発展させていく。そのために各拠点においては、現地企業と連携しながら事業を進めていきます。スタートアップの使命は「新しい当たり前」をつくること―起業家としての覚悟最後に、今後起業を志す方へのメッセージを伺った。 原田社長:当社が他のバイオスタートアップと異なる点は、「臨床データを出してPoC(Proof of Concept:概念実証。技術や仮説が実際に機能することを確認する段階)を確立したら終わり」ではないと考えている点です。PoCはもちろん重要ですが、私たちが見据えているのは、必要な時に必要なだけ細胞治療を持続的に社会へ届けることができるインフラ構築です。スタートアップの中には、開発が一定段階まで進んだところで売却し、役割を終える企業もあります。それも一つの選択ですし、否定するつもりはありません。ただ、私にとってスタートアップとは、単に技術や臨床POCを生み出す存在ではありません。これまで社会に存在しなかった行動や仕組みを定着させ、「新しい当たり前」といえる社会インフラをつくる存在だと思っています。当社においての「新しい当たり前」は、細胞治療を支えるエコシステムをつくり上げることです。だからこそ当社は、創業当初から規制対応や製造技術開発に加えサプライチェーンをつくることにも重きを置いてきました。原材料の調達、製造、物流、販売など各工程で強みを持つアカデミアや大企業と連携し、社会実装に向けて、1つずつ形にしていく。それが、当社が創業以来目指してきたことです。私たちはこれまで何度も壁にぶつかりました。一つ課題を乗り越えるとまた次の課題が立ちはだかる。しかし、その都度、経験を学びに変え、事業と組織の両面で基盤を整えてきました。ここまで歩んでこられたのは、社員一人ひとりが「この医療を社会に届けたい」という想いを持ち続けてくれたからに他なりません。私自身のこれまでを振り返ると、起業とは「覚悟を持った人間が、社会を変えようとする行為」だと改めて感じます。これから起業を目指す方には、「何を成し遂げたいのか」を自分自身に問うてほしいです。お金や名誉ではなく、どんな社会にしたいのか。その実現に向けてやり切れる覚悟があるのか。それが起業するうえで一番大事なことだと考えています。インタビュー後記今回は、ヒューマンライフコード株式会社の創業者で代表取締役社長兼CEO・原田 雅充 様にお話を伺いました。取材を通じて強く感じたのは、ヒューマンライフコードの挑戦が単なる技術開発ではないということです。臍帯という「誰も傷つけない原材料」にこだわり、法制度、品質、量産、サプライチェーンという現実的な壁を一つずつ越える。その歩みは、理想論ではなく、社会に根付かせるための設計そのものです。新しい医療の当たり前をつくるという覚悟。その覚悟こそが、ヒューマンライフコードの原動力であると学ばせていただきました。原田雅充/バイオ医薬品領域にて研究開発、メディカルアフェアーズ、事業開発、商業化までを一貫して経験してきた実務家型経営者である。未来への洞察力を軸に、科学的知見と事業構築力を融合させ、先端技術を社会実装可能なビジネスへと転換することを強みとする。2017年、臍帯由来間葉系間質細胞(UC-MSC)に関する日本発の製造技術を基盤に、再生医療を産業として成立させることを目的としてヒューマンライフコード株式会社を創業。現在は、研究・製造・臨床開発・販売をシームレスに統合した細胞治療のグローバルエコシステムの構築を主導し、創薬のみならず、次世代医療を支えるグローバルインフラ創りをビジョンとしている。【会社概要】会社名ヒューマンライフコード株式会社代表取締役社長兼CEO原田雅充事業内容再生医療等製品の研究開発・製造・販売所在地本社東京都中央区日本橋堀留町一丁目9番10号日本橋ライフサイエンスビルディング7 5階サイトURLhttps://humanlifecord.com/