インタビュイー:石塚株式会社 代表取締役社長 熊谷 弘司様1955年、プラスチックが日本で生産され始めて間もない時代に創業された石塚株式会社。創業以来70年にわたり、塩化ビニールを中心とするプラスチック製品の加工・製造・販売を手がけてきた。現在は主力商品であるビニールカーテンを軸に、製造現場や物流施設の労働環境の改善に取り組んでいる。2023年にはビニールカーテンの卸売・加工・施工において、売上業界No.1を達成。導入実績は全国1,000件を超え、熱中症対策や浸水・水害対策、防虫対策など、現場で働く人々の環境改善に幅広く貢献している。3代目である熊谷弘司氏は東京理科大学を卒業後、総合化学メーカーを経て、2010年に家業へ入社した。2018年に代表取締役社長に就任すると、経営計画書の導入や評価制度の刷新など、会社の構造改革を推進。2023年度には千代田ビジネス大賞を受賞した。さらに2026年1月には、自社の事業承継における実体験をもとに、中小ファミリー企業向けの親族内承継支援コンサル事業を新たに開始するなど、会社の変革を続けている。前編では、石塚株式会社 代表取締役社長 熊谷弘司氏に、卸売・加工・施工の垂直統合モデルや、熊谷氏が家業の承継を決意した背景、新規開拓を通じて社内の信頼を築いた歩みについて、お話を伺った。卸売・加工・施工の垂直統合モデル。業界No.1を実現した石塚株式会社の事業戦略はじめに、石塚株式会社の事業内容について、お話を伺った。熊谷代表:当社は、祖父が1955年に創業して以来、塩化ビニールというプラスチック素材を扱ってきました。当時のビニール素材は、不透明で着色されたものが主流でしたが、祖父はいち早く「透明」という新たな素材の可能性に着目しました。その先見性こそが、当社の70年にわたる歴史の出発点です。創業当初は、塩化ビニール素材の卸売から事業を開始しました。ビニールバッグやビニール傘などに使用される素材を、加工業者のお客様へ提供していたのです。父の代になると、取引先の加工業者が後継者不在で廃業の危機に直面するという出来事がありました。その工場を引き継ぐかたちで、当社自身が加工業に参入することになります。文具メーカーの下請けとして手帳カバーやファイルなどを製造するようになり、この加工事業がやがて売上の7割を占めるまでに成長しました。祖父の代が「卸売」、父の代が「卸売+加工」と、世代を超えるごとに事業領域を一つずつ広げてきたイメージです。そして私の代では、文具・雑貨という分野の売上が年々落ちていったことをきっかけに、さらに事業領域を拡大しました。ペーパーレス化の進行や海外への生産シフトにより、文具需要は縮小の一途をたどる一方、製造業の工場や物流施設から「ビニールで現場を仕切りたい」というお問い合わせが増えていました。この分野に会社として本腰を入れようと決め、2021年に施工免許を取得しました。現在の当社の強みは、材料の卸売・加工・施工を一貫して自社で完結できる体制にあります。例えばビニールカーテンであれば、素材の調達から、お客様の現場に合わせた加工、そして取り付け工事まで、すべて当社で請け負うことができます。この垂直統合モデルが強みとなり、2023年にはビニールカーテンの製造・販売・施工において、売上業界No.1を達成することができました。当社が提供しているのは、「ビニールを売ること」ではありません。製造業の工場や物流施設で働く方々の環境を、より良くすることです。夏の暑さ対策として熱中症リスクを下げる遮熱シート、近年激増している集中豪雨に備えるプラスチック製の止水板、空調効率を上げるための間仕切りカーテン。これらはいずれも、現場で働く人の命と安全に直結する課題への対応です。現在の売上構成は産業資材・製造業向けが7割強を占めており、かつてメインだった文具関連のお客様は2割以下になりました。世代ごとに主要なお客様が入れ替わってきた歴史こそが、当社の変化への適応力を示していると考えています。第一志望企業の不採用を機に家業へ。自ら逃げ道をなくすことで決めた家業の承継<工場用ビニールカーテン>家業を継ぐことに迷いを抱いていた熊谷代表は、就職活動での父との約束を機に、自ら退路を断つ選択をした。その決断は、経営者としての覚悟を形づくる原点となった。熊谷代表:学生時代の私は、家業を継ぐという道を自らの将来像として思い描いてはいませんでした。家が会社を営んでいることは承知していたものの、その会社を継いでいる自分の姿をどうしても思い描くことができずにいたのです。その背景には、いくつかの出来事が重なっていました。最初の契機は、祖父の葬儀の場で訪れました。まだ高校生であった私に、会社の関係者の方から「ここにいる社員とその家族の生活を背負うことになるのだから、大変だね」と声をかけられたのです。それまでの私には、経営者となることは従業員とその家族の人生をお預かりする責任を伴うものだという実感が、正直なところありませんでした。その一言を耳にした瞬間から、「いまの自分には、とても務まらない」と感じたのです。加えて、創業者である祖父から二代目である父へと事業が受け継がれる過程で、親族の間に意見の対立が生じたことも、私の胸に深く刻まれていました。高校三年生から浪人生時代にかけて、その対立の様子を間近で見ており、事業承継の難しさを痛感しました。それによって、私には経営者が務まるのだろうかという不安が、いっそう強くなって行ったのです。さらに、大学で学んでいたころ、当時世間を騒がせていた粉飾決算や株価操作をめぐる経済事件にも少なからず影響を受けました。当時の私は、経営者とは自らの利益を優先する為なら人の不幸をいとわない存在なのではないかという印象を抱いてしまい、そうした生き方は自分の性には合わないと感じていたのです。現在では、経営とは何より人のためにあるものだと理解していますが、当時の私の目にはそう映っていました。こうした想いを胸に抱えたまま、私は就職活動の時期を迎えました。父から「これからどうするのか」と問われたとき、自分でもなぜそう口にしたのか分からないのですが、「第一志望に受かれば就職する。もし落ちたなら、家業を継ぎます」と答えていたのです。第一志望はゲームソフト開発を手掛ける大手総合電機メーカーでしたが、結果は不採用でした。不採用を知ったその瞬間、「ならば家業を継ぐしかない」という、腹の据わる感覚が訪れました。誰かに強いられたわけではなく、ほかならぬ自分の口で告げた約束です。だからこそ、退路を断つことができたのだと、いまも思っています。それまで一歩を踏み出せずにいた最大の理由は、多くの方の人生をお預かりできるような人間ではないという、自分自身への拭いがたい不安にありました。けれども退路を断った以上、できるか否かを問うのではなく、少しずつでもその理想に近づいていくほかはない。その瞬間を境に、私の意識は大きく変わりました。学生時代の自分と、それ以降の自分とでは、まるで別人になったと感じるほどに心の持ちようが変わったように思います。新規開拓で示した「三代目」としての実力<サーモバリアフィット>熊谷代表は入社後、肩書きではなく、実力を数字で証明することで、組織における信頼の土台を築いていった。熊谷代表:私が当社に入社したのは、2010年のことです。総合化学メーカーで経験を積んだあと、家業へと戻りました。入社当初は、担当の仕事が与えられるわけでなく、「何をするべきか」を自ら見出すところから始まりました。当時の上司たちも、私の扱いには少なからず戸惑っていたように思います。そうした状況のなかで、自分なりに動き始めたのが、手帳カバーの新規取引先の開拓でした。当時は、文具雑貨に分類される手帳カバーの製造において、取引先が一社のみという状況でした。おしゃれ手帳の市場を見渡すと、まだ取引先を広げていく余地が十分にあると感じ、会議で部署の責任者に提案しました。しかし返ってきたのは、「結果を出してから言え」という言葉でした。それならば自ら動いて結果を出すほかないと考え、取引先を増やすべく営業へと足を運びました。取引先の要望に応えるため、半月ほど中国の工場へ出張し、泊まり込みで対応にあたったこともあります。そうした地道な取り組みを重ねた結果、およそ2年間で、おしゃれ手帳を手がける企業6社を新たな取引先として開拓することができました。この実績を示したことで、私の発言が、社内で受け入れられるようになっていったのです。「結果を出してから言え」というあの言葉は、いま振り返れば、当然のことであったと思っています。三代目として入社したところで、実績のない人間の言葉に重みは生まれません。いかなる立場であろうとも、まず自らが動き、数字で示すこと。それこそが、組織のなかで信頼を得る道であると考えています。前編では、石塚株式会社が築いてきた卸売・加工・施工の垂直統合モデルや、熊谷氏が家業の承継を決意した背景、新規開拓を通じて社内の信頼を築いた歩みについて、お話を伺いました。後編では、コロナ特需後に見えた組織課題や、経営計画書・評価制度による意識改革、親族内承継支援事業に込めた想いについて、お話を伺っていきます。熊谷 弘司/石塚株式会社 代表取締役社長。1982年東京都生まれ。大学卒業後、アキレス株式会社に入社。営業と財務の現場を経験した後、2010年に創業家である石塚株式会社へ入社。中国工場の立ち上げや営業改革などを担当し、2018年、35歳で三代目代表取締役社長に就任。「社員とその家族の生活の安定と向上」を経営理念の中心に据え、環境整備事業を展開する同社の成長を牽引。営業活動の科学化やデータに基づく組織運営を推進するとともに、利益だけでなく組織文化や人材育成を重視した「結果と状態を両立する経営」に取り組んでいる。【会社概要】会社名石塚株式会社設立昭和30年5⽉2⽇代表取締役社長熊⾕ 弘司事業内容・産業用プラスチック製品の販売・加工・施工・文具・事務用品の製造・販売・販売促進用グッズの製造・販売所在地東京都千代田区神田和泉町2‐29