インタビュイー:KECグループ 代表取締役 小椋義則様「人間大事の教育」を理念に掲げ、奈良県を基盤に学習塾を展開するKECグループ。同社が大切にしているのは、学力の向上や受験の成功だけではない。その過程を通じて、子どもたちが10年、20年先にわたって自信を持って生きていける力を育てることにある。保育園児から高校生まで一貫して通い続けられる環境を整え、アルバイト講師の約8割を元生徒が占めるという、人が育ち、また次の世代を育てる独自の循環を築いてきた。2025年には、学習塾として史上初めて日本経営品質賞 優秀賞を受賞している。同グループを率いるのは、代表取締役の小椋義則氏。人材会社を経て2007年にKECへ入社した小椋氏を待っていたのは、給与カットが続き、大半の教室が赤字という崩壊寸前の組織だった。倒産の危機をはじめ、度重なる困難を一つずつ乗り越えながら、小椋氏は会社を再生へと導いてきた。前編では、KECグループ 代表取締役 小椋義則氏に、人が育ち還ってくる独自の循環や入社当時に直面した倒産の危機、組織を再生させた3つの大改革について、お話を伺った。アルバイト講師の8割が「元生徒」。強さの源泉となる"人が育ち、還ってくる"仕組み「人間大事の教育」を掲げ、奈良県で支持を集めるKECグループ。その最大の強みは、講師陣の熱い「KEC愛」と、理念に共感した生徒が講師、そして社員へと還ってくる独自の循環にあった。小椋代表: 当社は奈良県を基盤に、「人間大事の教育」という理念を掲げて学習塾を展開しています。私は、教育とは単にテストの点数を上げるためのものではないと考えています。成績の向上や志望校への合格は重要ですが、それはあくまで人生の通過点にすぎません。本当に目指しているのは、その過程を通じて、子どもたちが10年、20年先にわたって自信を持って生きていける力を育てることです。一人ひとりの成長に本気で向き合い、自ら考え、行動できる人材を育てる。それが、私たちの考える「人間大事の教育」です。そのために、当社では保育園児から高校生まで一貫して通い続けられる教育環境を整えています。特徴的なのは、その組織のかたちです。社員はおよそ240名、アルバイトの講師は約1,000名。個別指導の現場で実際に生徒を教えているのは、その多くがアルバイトの講師です。そして、そのアルバイトのうち、およそ8割が当社の元生徒です。数にすると、700名から800名ほどになります。一般的に、塾にとって講師の確保は容易ではありません。人手不足のなか、求人媒体を使って募集をかけ、人材を集めていく。応募者の目的は、多くの場合お給料です。一方で当社は、入り口そのものが異なります。生徒のなかで「この子に働いてほしい」と思える人材に声をかけ、講師になってもらう。その生徒自身も、「先輩にお世話になったので、今度は自分が恩返しをしたい」という想いで戻ってきてくれます。この違いは、教育のコストという点でも大きな意味を持ちます。当社の生徒は、子どもの頃からKEC独自のセルフマネジメント手帳「ロードマップ」を使い、当社ならではの行動規範に触れて育つため、KECの考え方が自然と身についています。理念は本来、数年間研修を重ねても容易には浸透しないものですが、それが幼い頃から長い時間をかけて染み込んでいる。だからこそ、講師として現場に立ったときの生徒への向き合い方が、まったく変わってきます。外部から採用して一から教育するのではなく、教育の過程そのものが次の人材を育てる。この点が、他の教育機関との大きな違いだと考えています。当社の塾を見学された方は、みなさん「空気が違う」とおっしゃいます。講師が自信を持って自らの教育を進め、生徒もそれに共感している。その共感が次の世代へと受け継がれ、学ぶ側だった生徒が、やがて講師となり、社員となって、また同じ想いを手渡していく。単なる学習塾ではなく、人が育ち、その人がまた次の人を育てる。この循環こそが、当社の最大の強みであると考えています。「君は歓迎されていない」。生徒の大量引き抜きと倒産の危機<2010年の全体会議の様子>現在こそ安定した成長を遂げている同社だが、小椋代表が入社した当時は、給与カットが続く崩壊寸前の組織だった。幹部との衝突、生徒の大量流出という危機について、お話を伺った。小椋代表:私はもともと、大学卒業後に人材会社に就職し、企業の採用活動を支援していました。KECへの入社は、先代社長である父から「会社を手伝って欲しい」と言われたことがきっかけです。将来、自分が独立する際にも「教育」に関する事業を手掛けたいと思っていたので、その申し出を受けることにしました。当社は、現在こそ安定して成長しているように見えるかもしれませんが、過去には非常に厳しい状況を経験しています。私がKECに入社したのは2007年のことですが、当時は2年連続で社員の給与が10%カットされるほど、経営的に苦しい状況にありました。教室は20ほどありましたが、黒字はそのうち3教室程度で、残りはほとんどが赤字でした。入社してみると、社内にはぎすぎすした空気が流れていました。頑張っても評価されない。社員教育がされておらず、チームワークという言葉は皆無な会社でした。そうしたなかで私が入社すると、私に対して強い抵抗感が生まれてしまったのです。いま振り返ると、社内全体が私を受け入れにくい空気になっていたと感じています。実際、入社した当初は味方がほとんどいない状態でした。挨拶をしても返ってこないこともありましたし、周囲も声の大きな幹部の目を気にして、私との距離を測りながら接しているような状況でした。入社して言われたのは、「君は歓迎されていない」という言葉です。その後、社内で意見が対立し、全社員の前で大きな衝突が起きました。私は意見を率直に言うほうなので、「それは違うのではないか」と申し上げたことがきっかけでした。先代社長が間に入ってくださり、結果としてその幹部は退職を決断されることになります。さらに厳しかったのは、退職後、既存の教室のすぐ近くに開設されたことです。「この塾はもうつぶれるのではないか?」といった話が生徒や保護者に伝わる状況も生まれ、現場には大きな混乱が広がりました。結果として、生徒の大半は転塾し、売上でいえば、1億2,000万円が一気に消えました。もともと9億2000万円の売上で赤字の状態でもあったため、多くの社員から見ても「もう会社が持たないのではないか」と感じるほどの危機でした。ただ、振り返ってみると、このタイミングが大きな転機になったとも思っています。ピンチのときというのは、これまで変えられなかったことを変えるチャンスでもあります。当時の私はまだ経験も浅く、十分な実績があったわけではありませんが、「このままではいけない」という想いだけは強くありました。そこで、会社を立て直すにはまず本部から変えていく必要があると考え、自ら手を挙げて改革に取り組むことにしたのです。V字回復への3つの大改革。権利主張の組織から、無駄のない強い組織へ<2010年の研修の様子>倒産の危機に瀕しながらも、小椋代表は本部長として、組織の根本にメスを入れていく。痛みを伴う改革の末にたどり着いた、強い組織への軌跡について、お話を伺った。小椋代表:社会人としての経験はまだ2年半ほどでしたが、本部の部長を務めさせてほしいと先代社長に願い出て、限られた権限のなかで会社改革に取り組みました。大きく変えたことは3つあります。1つ目は、理念の再定義です。当時も「人間大事の教育」という理念自体は存在していたのですが、その意味を誰も説明できない状態でした。さらに問題だったのは、その理念が「人間を大事にするのだから、自分を優先していい」という、権利主張の根拠として使われてしまっていたことです。お客様よりも自分を優先する考え方が生まれていました。ただ、私がトップダウンで決めても現場の納得は得られないと考え、外部の専門家にも協力していただきながら、社員全員で議論する場を設けました。2日間のワークショップで、それぞれがどんな想いで教育に向き合っているのかを徹底的に言語化していったのです。そのプロセスを通じて、「お客様を大切にするからこそ、自分たちの幸せも満たされる」という価値観へと転換していきました。2つ目が、情報の可視化です。当時の現場はパソコンがなく、教室同士はFAXと電話でやりとりをしていました。情報の伝達が遅れ、誤った内容が人づてに広まることもありました。そこで中古のパソコンを買い集め、これまで数値化されていなかった各教室の売上や生徒数、採算を取得し、全員に共有するようにしました。すると、各教室の売上や生徒数、採算が見えるようになり、業績が伸びない理由は会社の方針だけでなく、現場ごとの運営にもあることが分かるようになりました。数字が見えるようになると、感情や声の大きさではなく、実績をもとに議論する空気が生まれていきました。一方で、頑張っている人をきちんと皆の前で称える。こうしたやりとりを設計するなかで、社員の意識は大きく変わっていきました。3つ目が、給与ルールの明確化です。当時は明確なルールがなく、業績への意識も薄かったため、まずは賞与を業績連動に切り替えました。その結果、64名いた社員のうち、1年で26名ほどが辞めていきました。「辞めます」と言ってくる人を、私は決して引き止めませんでした。そのうえで、辞めると言われたら数か月後に必ず人を採用して埋め、1年で24名を採用しました。これを続けるうちに、会社に残る人も新しく入る人も、成果に向き合うことが当たり前になっていきました。結果として、「自分がいなければ会社は困るはずだ」という甘えや依存の空気は薄れ、組織全体が健全な緊張感を取り戻していったのです。こうして理念が明確になり、組織には良い緊張感が生まれていきました。翌年には20教室すべてが前年より10%業績を伸ばし、無駄な経費の削減にも力を入れた結果、翌々年には過去最高の利益を出すまでになりました。危機のなかで会社の根本を見直したことで、無駄がなく、一人ひとりが業績に責任を持つ、引き締まった組織へと変わることができたのです。前編では、人が育ち還ってくるKECならではの循環や入社当時に直面した倒産の危機、組織を再生させた3つの大改革について、お話を伺いました。 後編では、理念を仕組みに落とし込む経営や2つのピンチを乗り越えて築いたチームの文化、日本の教育を変える今後の展望について、お話を伺っていきます。小椋 義則/株式会社マイナビにて、新卒採用媒体の営業、面接官研修、組織分析などに携わった後、2007年に株式会社ケーイーシー(現:株式会社KEC Glows)へ入社。入社当時は、業績不振や組織体制の混乱など、厳しい経営環境に直面する中、学習塾事業の再建に取り組む。 その後、企業理念「人間大事の教育」を軸に、理念の明文化、採用活動の強化、情報共有体制の整備、社員が主体的に成果を上げる仕組みづくりを推進。2012年に社長へ就任し、KECグループの成長基盤を築く。現在はKECグループ代表として、学習塾、個別指導塾、プログラミング教室、オンライン英会話、教育コンテンツ開発など、教育を軸とした多様な事業を展開。マインクラフトの世界で学ぶプログラミング教室「プロクラ」や、東京大学・藤本徹研究室の監修を受けながら開発を進めるAI性格診断「AIキャラフルレインボー」など、教育とテクノロジーを融合した新たな学びの創出にも取り組んでいる。【会社概要】会社名KECグループ(株式会社KECホールディングス/株式会社KEC Glows/株式会社KEC Miriz)創業1977年代表取締役小椋 義則事業内容教育産業全般・小中高生の受験進学指導・人材紹介事業所在地奈良県生駒市山崎新町2-37 エミネンス生駒1F