インタビュイー:KECグループ 代表取締役 小椋義則様「人間大事の教育」を理念に掲げ、奈良県を基盤に学習塾を展開するKECグループ。同社が大切にしているのは、学力の向上や受験の成功だけではない。その過程を通じて、子どもたちが10年、20年先にわたって自信を持って生きていける力を育てることにある。保育園児から高校生まで一貫して通い続けられる環境を整え、アルバイト講師の約8割を元生徒が占めるという、人が育ち、また次の世代を育てる独自の循環を築いてきた。2025年には、学習塾として史上初めて日本経営品質賞 優秀賞を受賞している。同社を率いるのは、代表取締役の小椋義則氏。人材会社を経て2007年にKECへ入社した小椋氏を待っていたのは、給与カットが続き、大半の教室が赤字という崩壊寸前の組織だった。倒産の危機をはじめ、度重なる困難を一つずつ乗り越えながら、小椋氏は会社を再生へと導いてきた。後編では、KECグループ 代表取締役 小椋義則氏に、理念を仕組みに落とし込む経営や、大手塾の進出を乗り越えて築いたチームの文化、日本の教育を変える今後の展望について、お話を伺った。理念は「唱和」しても浸透しない。業務の仕組みに落とし込む型多くの企業が理念の浸透に悩むなか、KECグループはいかにして社員やアルバイトにまで理念を根付かせているのか。その鍵は、日々の「仕事の仕組み」そのものに隠されていた。小椋代表:理念を再定義した当初は、まだ言葉として浸透してはいませんでした。そこで、理念浸透プロジェクトのチームを立ち上げて、「理念バトン」という取り組みを行いました。理念という共通の言葉をもとに、自分がどんなこだわりで教育に向き合っているのか、お客様からどんな声をいただいたのかを、長文のメッセージにして全員で発信し合うのです。こうした活動を通じて、理念という言葉が社内で語られ、意識されるようにはなっていきました。ただ、これだけでは理念は浸透しないのだと、次第に気づきました。世の中の多くの企業は、朝礼で読み合わせをしたり、その日の決意を語ったり、成功体験を共有したりして理念を浸透させようとします。しかし、それだけでは行動は変わりません。私が大切にしたのは、1日の業務の流れのなかに理念を組み込むことです。仕事をきちんとこなすことが、そのままお客様の満足につながり、理念の体現にもつながっている。そうした業務の「型」を整えたほうが早いと考えたのです。当社の理念には、「10年・20年先にも続く自信を育てる」という教育コンセプトがあります。それを実現するには、生徒自身がG-PDCAサイクルを自分で回せるようになることが大切です。そこで、時間の使い方や目標の立て方を含め、自分でサイクルを回していけるように、「ロードマップ」という手帳を作りました。社員は全員が同じ手帳を使い、これをもとに仕事を進めます。社員もアルバイトもこの手帳を使い、そして生徒にも同じように使ってもらう。理念に掲げていることが仕事の仕組みのなかに入り込み、その仕組みを実行していくことで、結果的に理念が体現されていく。この流れをつくったことが、大きかったと考えています。さらに、その実践がきちんとできているかをチェック項目に組み込み、できていれば評価に反映される仕組みにしました。理念を体現した人がきちんと評価され、それが給与にも結びつく。心がけだけに頼るのではなく、仕事の流れと評価制度の双方に理念を組み込んでいったのです。この考え方は、採用にも表れています。当社では、面接で志望動機を一切聞きません。理念に共感していると口で言うのは簡単だからです。それよりも、その人がこれまでの人生で理念を体現してきたかどうかを重視します。自分でG-PDCAサイクルを回し、成功体験を掴んできた経験がなければ、生徒にもそれを伝えられないと考えています。候補者の人生観がKECの理念に近いと感じられるかどうかが、私たちの判断の軸になっているのです。大手塾の進出という試練。「チームで勝つ」オモロイ教育への転換<キックオフミーティングの様子>先代社長の急逝と、競合大手塾の相次ぐ奈良県進出。第2のピンチに直面した際、同社は偏差値競争という同じ土俵には乗らず、「独自の教育」へと舵を切った。小椋代表:組織が立ち直ってきた頃、第2のピンチが訪れました。先代社長が突然亡くなったのです。当時の会社は、まだ私一人でまとめられる組織ではなく、ベテラン層が強い反発を示す場面もありました。そして同じ時期に、大手塾が県内の塾を買収して進出してきたのです。その塾と競い合う別の大手塾も奈良に教室を構え、さらに大阪の個別指導の塾も一気に進出してくる。トップ校が合格実績を争う激しい競争のなかで、地域の塾が次々と姿を消していく状況でした。そのとき私が考えたのは、同じ土俵には乗らない、ということです。トップ校の合格者数で大手塾と張り合っても、勝ち目はありません。また、そのこと自身が自分たちが大切にしたい教育なのかどうかと言われたときに、そこに大きな疑問が生まれました。そこで、自分たちはどういう教育をしたいのかを、もう一度きちんと文書にしようと考え、改めてたどり着いたのは、「人間大事の教育」の原点です。トップ校への合格が人生の目的になるのではない。志望校合格や学力の向上という経験や過程を通じて、10年・20年先に続く自信を育てる。それこそが私たちの目指す教育だと、2012年に方向性を定めたのです。そして、小学生から高校生まで通い続けられ、さらにアルバイトとして教え続けられる塾をつくる。当時は途方もない夢でしたが、その実現に向けて一歩を踏み出しました。この方向性は、当社ならではの「チームを大切にする文化」にも表れています。中学受験というと、生徒同士が点数を競い、蹴落とし合うものと思われがちです。しかし当社では、教室ごとの平均点や点数以外でも評価を行うコンテストや表彰式を行っています。仲間が表彰されれば一緒に喜び、1位の生徒が出ればその子を囲んで称え合う。点数の勝ち負けで競うのではなく、ともに学ぶ仲間とどう高め合うかを大切にしているのです。この文化は、社員にも色濃く浸透しています。年に一度のキックオフミーティングでは、表彰式に5〜6時間をかけます。表彰された社員の多くが涙し、口にするのは「周りのおかげです」「あの人に救ってもらいました」という言葉です。社長賞には個人部門とチーム部門がありますが、社員はみな、チーム部門の受賞を強く望みます。受賞した瞬間には、メンバー同士が抱き合って喜ぶ。誰かのために本気になれる。その熱量こそが、当社らしさだと感じています。「KEC以前・以降」の分岐点をつくる。日本の教育を根本から変える展望<入社式の様子>困難を乗り越え、学習塾として史上初の日本経営品質賞 優秀賞を受賞したKECグループ。小椋代表が次に見据えるのは、自社の枠を超えた「日本の教育のあり方そのもの」の変革である。小椋代表:当社では、『教育の歴史に、「KEC以前」「KEC以降」という分岐点を刻む』というビジョンを掲げています。私は、日本の教育のあり方を根本から変えていきたいと考えています。古き良きものは残しながら、変えられるものは変えていく。そのために、大きく3つのことに取り組んでいます。1つ目は、5教科の教育を通じて、社会に通じる人材をどう育てるかということです。たとえば、野球をやっていた人が、その競技そのものを将来の仕事に使うことはほとんどないでしょう。けれども、野球を通して得た経験は、その後の人生に活きていきます。勉強も同じです。良い学校に行くこと自体が目的になってしまうと、社会にとっての価値はそれほど大きくありません。大切なのは、学力の向上や受験という経験を通して、社会で生きていく力を育てることだと考えています。2つ目は、新たな教育のかたちを生み出すことです。高校生になって目的意識もなく5教科の勉強を続けるよりも、自分の好きなことや強みを活かして本気で取り組むことで、その人自身の強みをさらに引き上げる方が、社会に出てからもその能力を活かすことに繋がります。当社では現在、プログラミング教室を企業向けに展開しており、全国で約700教室の規模になっています。それに加えて、金融や法律、リーダーシップ、AIの活用といった新しい学びをスクールとして形にしていこうとしています。そうすることで、一人ひとりの強みをより引き出せる教育ができるのではないかと考えています。そして3つ目が、こうした取り組みを自社だけで完結させないことです。実際に試してうまくいったことをサービスとして形にし、全国の教育機関に使っていただく。KECの理念が仕組みとして全国に広がっていけば、各地で理念の体現が生まれ、日本の教育のあり方そのものを、より良いものへと変えていけるのではないかと考えています。その根底にあるのは、「心の土台」を育てたいという想いです。私はかつてインドを訪れた際、選択肢が限られた環境のなかでも幸せを感じて生きる人々の姿に触れ、深く考えさせられました。日本は自由で選択肢が多い社会ですが、その自由ゆえに、何が正しいか分からず、人の顔色をうかがって生きてしまう人も少なくありません。AIが何でも答えを出してくれる時代に、それに依存するだけでは、人は幸せにはなれないと思うのです。自分でゴールを決め、自分で達成し、その過程でどれだけの達成感や満足感を得られるか。その習慣を育てることこそ、これからの教育に求められていると信じています。編集後記今回は、KECグループ 代表取締役 小椋義則氏にお話を伺いました。崩壊寸前の組織を再生させた歩みを通じて、ピンチを変革の機会として引き受ける姿勢を学ばせていただきました。なかでも印象的だったのは、「理念は唱和しても浸透しない。仕事の仕組みに組み込む」という考え方です。理念を言葉で終わらせず、日々の業務と評価の流れに織り込むことで、組織の力へと変えていく。その実践は、教育業界にとどまらず、あらゆる組織にとって示唆に富むものだと学ばせていただきました。小椋 義則/株式会社マイナビにて、新卒採用媒体の営業、面接官研修、組織分析などに携わった後、2007年に株式会社ケーイーシー(現:株式会社KEC Glows)へ入社。入社当時は、業績不振や組織体制の混乱など、厳しい経営環境に直面する中、学習塾事業の再建に取り組む。 その後、企業理念「人間大事の教育」を軸に、理念の明文化、採用活動の強化、情報共有体制の整備、社員が主体的に成果を上げる仕組みづくりを推進。2012年に社長へ就任し、KECグループの成長基盤を築く。 現在はKECグループ代表として、学習塾、個別指導塾、プログラミング教室、オンライン英会話、教育コンテンツ開発など、教育を軸とした多様な事業を展開。マインクラフトの世界で学ぶプログラミング教室「プロクラ」や、東京大学・藤本徹研究室の監修を受けながら開発を進めるAI性格診断「AIキャラフルレインボー」など、教育とテクノロジーを融合した新たな学びの創出にも取り組んでいる。【会社概要】会社名KECグループ(株式会社KECホールディングス/株式会社KEC Glows/株式会社KEC Miriz)創業1977年代表取締役小椋 義則事業内容教育産業全般・小中高生の受験進学指導・人材紹介事業所在地奈良県生駒市山崎新町2-37 エミネンス生駒1F