インタビュイー:株式会社キミカ 代表取締役社長 笠原 文善様昆布やワカメなどの海藻から抽出される天然食物繊維「ぬめり」成分—アルギン酸。この素材の可能性を追求し、開発・製造を一手に担うのが、株式会社キミカだ。食品や生活用品はもちろん、内服薬、止血剤、さらには再生医療の分野に至るまで、アルギン酸は現代社会のさまざまな場面で不可欠な役割を果たしている。「ワンユーザー・ワンスペック」。この独自の開発哲学のもと、キミカはユーザーごとのニーズに細やかに応えることで、実に約700種類以上もの製品を生み出してきた。価格競争に左右されない強固な事業基盤は、こうした徹底した顧客志向の積み重ねによって築かれている。さらに、20年以上にわたり自己資金で挑み続けてきた再生医療分野では、ついに国の医療用承認段階に到達。その歩みには、創業家が代々受け継いできた「人を大切にする」「嘘やごまかしは許さない」という揺るぎない精神が脈々と息づいている。社員育成においても、その哲学は一貫している。独立独歩の道を貫きながら、確かな成長を遂げるキミカ。その“強さの本質”とは何か。前編では、代表取締役社長・笠原氏に、アルギン酸の持つ多彩な可能性と、製品開発にかける熱い想いを伺った。海藻のぬめり成分、アルギン酸がもたらすグローバルビジネスアルギン酸関連商品のバリエーションは約700種類あるというキミカ。価格競争に巻き込まれない独自のポジションを築いている。笠原社長:当社は、海藻などの褐藻類(かっそうるい)からアルギン酸を抽出・精製し、様々な用途向けの開発・製造を行っています。アルギン酸というのは、海藻に含まれるぬめり成分のことです。当社の製品が最も多く使われているのは麺やパンなどの食品分野です。国内では、日清食品様や山崎製パン様といった食品メーカーに多く採用されています。また生活用品としても、ライオン様の歯磨き粉などに使用されています。海外では、クラフト社様のクリームチーズの増粘剤として利用されています。近年では、逆流性食道炎の内服薬として海外での需要が伸びています。また、辛い料理を食べる国では、辛いものを食べることで食道や胃が荒れてしまいます。アルギン酸を配合した内服薬は、荒れた胃や食道をコーティングできるため好評です。売上の約7割が海外向けであることから、当社は小さなグローバル企業と言えるかもしれません。積極的に開発も行っていますが、きっかけとなるのは、お客様からのお問い合わせやリクエストがほとんどです。「こういうものがほしい」、「こうしてほしい」などのご要望をいただいて、それにお応えしていく。潜在的なニーズにも応えられるよう、どのような機能を持った製品を開発すべきか常に考えています。いろいろなご要望をいただきますが、内服薬を例に挙げると、粘膜を保護するために粘りが必要ですが、そのままだと粘りが強すぎて飲みにくい。また飲めたとしても、粘りが残って気持ち悪い。そこで「粘りのないアルギン酸ができないか」というリクエストが来ました。アルギン酸の特徴である粘りをなくしながら、胃酸に触れるとゲル化して胃をコーティングする。飲む時は飲みやすく、胃の中ではしっかり保護膜を作る。そんなアルギン酸を開発しました。私たちはアルギン酸専業メーカーですが、約700種類のバリエーションを持っています。粘度のないもの、液体に入れるとグラニュー糖のように素早く溶けるもの、ゲル強度の強いもの、弱いもの。お客様一社一社のご要望に合わせた製品を作ります。お客様のご要望に応えることで、バリエーションが増えますし、さらにそれらを組み合わせることで新しい製品を生み出すこともあります。当社の強みは“ワンユーザー・ワンスペック”です。お客様のご要望に応えるのは大変ですが、その積み重ねが他社には真似できない競争優位性を生み出しています。例えば、ある食品メーカーでは、麺のコシを出すために特定の粘度や溶け方が求められます。私たちはその条件にぴたりと合うアルギン酸を開発し、安定供給してきました。仮に他社が「より安い海外製品」を提案しても、実際に試すと問題が生じます。粘度の立ち上がりが違い、製造ラインで固まりすぎてしまう。ゲルの強度が不安定で、仕上がりにバラつきが出る。あるいは溶け方が遅く、作業効率が落ちる。安価でも使えないのです。一方、当社のアルギン酸は顧客の設備条件や製造工程に合わせて調整されているため、安心して長年使い続けていただけます。つまり「安さ」ではなく「品質」、「実際に使えるかどうか」が決定的な差になります。お客様にとっては、切り替えのコストやリスクを考えると、当社製品を選び続ける方が合理的なのです。このように、ワンユーザー・ワンスペックの哲学は、単なる付加価値にとどまらず、顧客との強固な信頼関係を築き、結果的に事業基盤を揺るぎないものにしています。再生医療分野にも広がる、アルギン酸の可能性キミカは医療分野でのアルギン酸活用に注力し、膝軟骨の再生など広い領域で成果を挙げている。笠原社長:現在注力しているのが医療分野でのアルギン酸活用です。20年以上前から取り組んでいたのですが、製薬会社による動物実験や臨床試験を経て、ついに今年、厚生労働省から医療用としての承認を取得し、ようやく大きな成果が花開く段階に到達しました。膝軟骨については今年(2025年)承認が下りました。すり減った膝の関節の間にアルギン酸を注射すると、後から注入したカルシウムイオンと反応して瞬時にゲル化します。これにより、関節内にゲル状のクッションが形成され、軟骨の再生を助けます。従来の一般的なゲル化剤は「加熱して溶かし、冷やして固める」という工程が必要ですが、アルギン酸ではその手間が不要です。今後は椎間板や半月板といった部位にも応用していく予定です。同じ原理を利用し、損傷部位にアルギン酸を注入することで修復を助けることができます。再生医療といえば、iPS細胞がしばしば取り上げられますが、実用化にはまだまだ越えなければいけないハードルが多くあります。また、仮に実現したとしても何千万円もの費用がかかる可能性が高いとされています。さらに厚労省には、「もともと再生能力を持つ器官の再生を後押しする形の再生医療が望ましい」という考え方があります。その点、アルギン酸は注射で投与でき、しかも安価であることが大きな利点になると考えています。軟骨再生の原理を応用して神経の再生にも成功しています。こちらはすでにアメリカで承認を得ています。神経繊維は切れても本来は伸びて再びつながる力を持っています。しかし、周囲に結合組織があるとその力を発揮できません。そこで切断部分にアルギン酸のシートを挿入したところ、その内部を朝顔のツルのように神経が伸び、再びつながったのです。今後、特に期待しているのは止血剤としての活用です。基本的に出血を止める方法は圧迫です。圧迫することで血小板が凝集しフィブリンが形成され、血が止まります。ですが、首などの圧迫することが困難な個所があります。そこにアルギン酸を塗るだけで止血効果が期待されるのです。この技術はアメリカの企業が開発を進めていますが、そこには同国ならではの背景があります。銃撃を受けた患者は病院に搬送されても助からないケースが多く、その死因の大半は失血です。現場で救急隊員がアルギン酸を用いて止血できれば、救命率は大きく向上します。実際に使われ始めているのは、手術中の止血です。手術の際に血管を傷つけてしまうと、出血によって医師は視野が確保できず、ガーゼで拭きながら手術を進めなければいけません。そのような時、出血部にアルギン酸を塗布すれば血が止まり、手術を安全かつスムーズに進めることができるのです。20年越しの想いが結実するまでなぜ20年もの長い年月をかけて、再生医療分野への挑戦を続けてきたのか。笠原社長の胸に宿る想いとは。笠原社長:アルギン酸はもともと、胃の粘膜を保護するなど、内服薬や錠剤として広く使われてきました。消化管に届く用途であれば、食品グレードのアルギン酸で十分です。しかし私が注目したのは、アルギン酸そのものが持つ特性でした。水に溶けると滑らかな溶液となり、カルシウムイオンに触れると瞬時にゲル化する。この性質は必ず医療に応用できるーそう信じていました。ただし当時の試薬用アルギン酸には課題がありました。エンドトキシンと呼ばれる不純物が除去されておらず、注射で体内に入れると炎症反応を引き起こしてしまうのです。そこで当社は20年前、エンドトキシンを徹底的に取り除き、注射剤として使用可能なレベルまで精製した「無菌・低エンドトキシンアルギン酸」を開発しました。私が以前在籍していた持田製薬と連携し、研究用試薬として世に送り出したのです。注文が入ると、持田製薬のMRが研究者を訪ね、「どのような用途を想定されていますか? よければ研究をサポートさせてください」と対話を重ね、活用法を模索していきました。そして約10年前、北海道大学でアルギン酸を用いた軟骨再生の研究が行われ、驚くほどの成果が確認されたのです。北海道大学の研究が始まるまでには長い時間を要しました。その間も「必ずこの素材の価値を見出してくれる人が現れるはずだ」と信じ、開発を続けてきました。結果として、ようやく用途を見つけてもらえたのです。振り返れば、まさに長い道のりでした。北海道大学の研究者に関心を持っていただけたことは、幸運以外の何ものでもありません。しかし、想いを貫き続けたからこそ、その幸運に巡り会えたのだとも思います。もちろん、この取り組みは長らく利益を生みませんでした。それでも投資を続けられたのは、「必ず役立つ技術だ」という揺るぎない信念があったからです。最も大変だったのは、動物実験で良い結果が得られ、いよいよ臨床試験に入ろうとした時です。臨床試験には、試作品を使うことはできません。実際に供給する場合と同じ製法で製造したものでなければならないのです。つまり、本格的な生産ラインを整備する必要がありました。食品向けの生産ラインであれば問題のないレベルであっても、注射剤を製造するとなれば、空調から水に至るまで、全て医薬品向けの設備を整えなければなりません。バイオベンチャーが取り組むような挑戦となりました。開発をスタートしてから20年間。投資額は膨大なものになりました。それを全額、自己資金で賄いました。大変ではありましたが、自己資金で賄っていたため、フリーハンドで進められるという強みもありました。研究開発費というのは、どうしても膨らんでしまうことが多いのです。しかし開発は、他社との差別化を図るためには必要なことです。誰もやっていないことに挑戦し続けることが、当社が成長を続けている理由の一つだと考えています。前編では、笠原社長にアルギン酸の幅広い活用事例や、開発への強い想いを伺った。後編ではキミカの成り立ちや、人材育成について深掘りしていく。