インタビュイー:株式会社弘栄ドリームワークス 代表取締役会長 船橋 吾一様株式会社弘栄ドリームワークスは、山形県山形市に本社を構え、配管点検ロボット「配管くんⓇ」を開発・展開する企業である。創業70年を超える建設設備会社・株式会社KOEIを本体とするコエルグループ13社の一員として、2019年に分社化して誕生した。建物に隠れて見えない配管の内部を自走しながら点検し、図面化までを可能にする独自技術を起点に、漏水診断システムの開発や、全国の設備事業者をつなぐ建設業プラットフォームの運営まで、社会インフラの維持管理という課題に多角的に取り組んでいる。代表取締役会長を務める船橋吾一氏は大学卒業後、後継ぎ修行として日立グループへ入社し、1999年に家業へ入社。2012年、41歳でKOEIの3代目社長に就任した。元請けに依存する業界構造に長年向き合うなかで、専門工事業が自ら生きる道を切り拓くための事業として、弘栄ドリームワークスを立ち上げた人物である。後編では、株式会社弘栄ドリームワークス 代表取締役会長 船橋吾一氏に、開発を支えた「感動経営」の理念、初年度売上40万円からのV字回復と共創プラットフォーム、次世代育成と「生きる経営」への展望について、お話を伺った。父の背中に学んだ「感動経営」と、開発を支えた社外の仲間たち〈配管くんⅠ型〉社内の猛反対を受けながらも、船橋代表は歩みを止めなかった。先代から受け継いだ「感動経営」の理念と、社外からの協力者が、少しずつ夢を形にしていく。船橋代表:私が掲げている経営理念に、「感動経営」という言葉があります。人は感動によって心を動かされ、やってみようという気持ちにつながっていく。その積み重ねのなかで経験を積み、人として、また経営者として成長していくものだと考えています。会社も家庭も、感動なくして幸せにはなれません。一人ひとりが感動を分かち合い、心豊かな会社をつくろう。そうした想いを、グループ全体の理念として大切にしています。この理念の原点には、父の姿があります。先代の社長は私の父ですが、入社するまであまり深く向き合うことはありませんでした。とりわけ忘れられないのが、2008年の出来事でした。1億円もの手形が回収できなくなり、本当にこの会社は大丈夫なのかと不安を覚えていた頃、父と二人で食事をしました。二人で夜に食事をするのは、初めての経験でした。終わりかけに「この会社は大丈夫なのか」と尋ねると、父は一呼吸おいて、「大丈夫だ」と一言。それで話は終わりました。何の根拠もないかもしれない。それでも父が大丈夫だと言うのなら、私は自分のやるべきことをやろう。そう思い、翌日からお客様回りを始めたのです。厳しい時期に、賞与が一人あたり5万円ほどしか出せなかったにもかかわらず、社員は誰一人辞めませんでした。これは何なのだろうと考えたとき、父が社員や取引先と真摯に向き合い、感動を与え続けてきた結果なのだと思い至ったのです。父の行動に初めて触れ、素直にすごいと感じたこの経験こそが、感動経営という言葉を考えるうえで、一番先頭に出てきたものでした。理念を支えにしながらも、ものづくりの実現には、社外の力が欠かせませんでした。私の理念として、利益の3分の1を投資に回すと決めていたので、まずは利益を出せる会社をつくるべく、毎年売上を伸ばし、利益額を増やしていきました。一方で、社内にはものづくりの経験者が一人もいません。そこで身近な銀行に相談したところ、山形大学をはじめとする教育機関との連携や、人材を見つけてくださる会社とのつながりが生まれていきました。私の想いに賛同し、ものづくりや商社営業の経験を持つ方々が集まってくれたのです。なかでも大きかったのが、現在弘栄ドリームワークスの社長を務める菅原との出会いでした。彼は私の想いを数字に落とし込み、経営計画として形にしてくれる。語ることは得意でも、ゼロから一つの形にしていく作業を不得手とする私にとって、それを共にできたことが、何より大きかったと感じています。初年度売上40万円からのV字回復と「共創プラットフォーム」2019年に分社化を果たすも、初年度の売上はわずか40万円。そこからの逆転劇の裏には、ライバルをも巻き込む壮大な構想があった。船橋代表:2019年11月、大きな夢と希望を胸に、弘栄ドリームワークスを立ち上げました。初年度は翌年3月末決算までの5か月ほどでしたが、配管くんなら必ずお客様に受け入れていただけると信じてアプローチを始めたところ、結果として上がった売上は40万円ほどにとどまりました。社員は12人ほどいたので、このままでは年間で億単位の赤字を生むことになる。その現実を、いきなり突きつけられたのです。営業に回ると、皆さん一様に「面白い」とおっしゃってくださいました。カメラとセンサーで配管の奥深くまで入り込み、位置情報から図面まで描ける。これまで届かなかったところまで到達できる技術を、お客様にも喜んでいただけたのです。ただ、予算化されていないものは発注に至りません。会社が大きくなるほど、予算がつくまでの道のりは長くなります。そのため、売上はしばらく低迷が続きました。それでも、お客様に喜んでいただけるものは、いずれ受け入れてもらえるはずだと信じて、提案を重ねていきました。すると2、3年ほど経った頃、以前ご提案したお客様から「予算がついたので、ぜひお願いしたい」と連絡が入るようになったのです。ただ、一つひとつの単価は小さく、すぐに利益には結びつきませんでした。流れが変わったのは、二つの仕事を両立できるようになってからです。一つは、配管くんの技術を活かして配管を調査し、結果をお客様にご報告する「配管くんで仕事をする」流れ。もう一つは、その調査をもとにリニューアルを提案し、改修工事を受注する「配管くんで仕事を作る」流れです。この両輪が回り出したことで、売上が伸び始めました。さらに、グループ全社を挙げてこの事業に人・物・金を集中させたことで、成長は一気に加速します。最初は40万円だった売上が、昨年はようやく9億円という目標を達成することができました。いまでは大手企業から開発を任せていただく機会も増えています。ただ、私が目指しているのは、自社だけが良い思いをすることではありません。建設業を100社とすれば、そのほとんどが私たちのような専門工事業です。それだけ業界を支えながらも、元請けから「生かされる経営」のなかで、毎年のように廃業が後を絶ちません。この流れを、自分たちの力で「生きていく経営」へと変えていきたい。一社では難しくても、力を束ねれば大きな力になります。そこで、配管くんを旗印に全国の専門工事業者をパートナーとしてお迎えし、ともに営業の幅、お客様の幅、受注の幅を広げていく。この共創のプラットフォーム「何とかしたいを何とかします!」を通じて、業界全体を盛り上げていきたいと考えています。建設設備業界に光を。次世代育成と「生きる経営」への展望事業が軌道に乗り始めた今、船橋代表の視線は、次世代の職人育成と、全国の専門工事業者が自立して輝く「未来の建設業界」へと向けられている。船橋代表:ここまでの歩みを振り返ると、私たちは幸せだったと感じています。私自身、大手メーカーの立場を経験できたからこそ、メーカーになりたいという想いを抱き、開発を続けることができました。震災後の復興需要のなかである程度の仕事をいただき、売上を伸ばしながら利益を確保できる会社をつくれたこと。そして当社に加わってくれた社員が配管くんを生み出してくれたこと。苦労はありましたが、パートナーやお客様にも恵まれ、運と努力の連続でここまで成し得てきたのだと思っています。いま力を入れているのが、新たに設立した教育機関「KDWアカデミー」です。建設業では、職人と呼ばれる方々の担い手が、なかなか生まれてこないという課題があります。そこで、メーカーという立場にある当社が職人を発掘し、教育したうえで世の中に送り出していく。送り出した職人の方々と連携を図ることで、これまでにない輪が広がり、業界を新たに形づくる枠組みをつくれるのではないかと考えています。あわせて、パートナー企業の支援にも取り組んでいます。パートナーには、やりたいことがあってもできずにいる経営者が少なくありません。配管くんという事業を通じてその先のお客様に満足を届けるとともに、私自身がつまずきながら歩んできた経験を、一つのヒントとしてお伝えできればと思っています。そうして得たヒントをもとに、新しいものをさらに世の中へ送り出し、業界全体の底上げにつなげていきたいのです。同じように悩む経営者の方にお伝えするとすれば、配管くんは、いくつもの選択肢のなかから選んだものではない、ということです。私のなかにはこの道しかなく、それを突き詰め、考え抜いてきた結果が現在につながっています。ですから、想い続ければ、必ず道は開けると信じています。想い続けるとは、深く掘り下げていくことです。「自分は何のためにこれをやるのか」を突き詰めていく。起点はいつもお客様の悩みにあるので、そこには必ず商機があり、受け入れていただける余地があります。伝え方や作り込みがうまくいかず、途中で諦めてしまう方も多いかもしれません。けれども、その想いを持ち続けることで、必ず道は開けていくと考えています。編集後記今回は、株式会社弘栄ドリームワークス 代表取締役会長 船橋吾一氏にお話を伺いました。日立で得た「オンリーワンの商材」への確信、1億円喪失の危機、役員会での猛反対。いくつもの困難を越えてなお、船橋氏の歩みを支えてきたのは、父から受け継いだ「感動経営」と、お客様の悩みを起点に想い続ける姿勢でした。元請けから「生かされる経営」ではなく、自分たちの力で「生きていく経営」へ。その想いを自社にとどめず、業界全体へ広げていこうとする姿に、一人の経営者の挑戦が業界の未来を動かしていく可能性を学ばせていただきました。船橋 吾一/1971年山形市生まれ。山形学院高から大阪経済法科大学に進み、95年に卒業後、東京都内の空調設備会社を経て99年に家業で総合設備の弘栄設備工業入社(現・株式会社KOEI)。【会社概要】会社名株式会社弘栄ドリームワークス設立2019年11月27日代表取締役会長船橋 吾一事業内容設備業プラットフォーム「何とかしたいを何とかします!」の構築・運営配管探査ロボット「配管くん」の開発・販売・レンタル(特許取得)漏水診断システム「音とりくん」の開発・販売・レンタル設備業支援システム「グッとシリーズ」の開発・販売・レンタル所在地山形県山形市風間地蔵山下2068