インタビュイー:株式会社クラダシ 代表取締役社長CEO 河村晃平様FAO(国際連合食糧農業機関)の報告によると、世界では毎年およそ13億トンもの食品ロスが発生している。これは、世界全体で生産される約55億トンの食料のうち、実に5分の1に相当する量である。一方で、世界人口のおよそ9人に1人が十分な食料を得られず、慢性的な栄養不足に陥っているのが現状だ。日本も例外ではない。年間約464万トンの食品が廃棄されており、世界有数のフードロス大国といえる。こうした状況の中、2014年に設立された株式会社クラダシは、「日本で最もフードロスを削減する会社」をビジョンに掲げ、この社会的課題に真正面から取り組んでいる。同社が運営するECサイト「Kuradashi」では、本来なら廃棄されてしまう可能性のある食品をおトクに販売している。消費者は“お得に買う”ことが社会貢献につながるという新しい購買体験を楽しむことができる。さらに、売り上げの一部は環境保護や災害支援などに取り組む社会貢献団体への寄付、あるいはクラダシ基金として活用されている。SDGs(持続可能な開発目標)の17項目を横断的に支援する仕組みを構築し、「楽しいお買い物が、社会にいいことにつながる」世界を実現している。2025年6月末時点で、同社は2132社のパートナー企業と約60万人の会員を有しており、急速に共感の輪を広げている。近年では、日本郵政との資本業務提携や再生可能エネルギー事業への進出など、社会的企業としての存在感をさらに高めている。事業内容や河村社長の参画経緯、成長の転機について伺った前編に引き続き、「ソーシャルグッドカンパニー」を目指し続ける株式会社クラダシ・代表取締役社長CEO・河村晃平氏に、河村社長の大義の源泉や今後の展望、企業を目指す方へのメッセージについてお話を伺った。クラダシを突き動かす“大義”経営者の言葉に“信念”が宿るとき、それは単なる経営論を超えた哲学になる。河村社長がクラダシを率いる原動力も、数字では語り尽くせない信念に支えられていた。その中心にあるのは、社会を良くしたいという純粋な「大義」だ。河村社長:昔からどこかに、「自分の人生を大義のあることに使いたい」という想いがありました。その感覚がいまの事業と重なった。それが私がクラダシに関わる大きな原動力になっています。きっかけは、中国駐在時代に出会った一人のビジネスマンでした。彼は孔子の思想をよく語る人で、「自分の行動が何につながっているのかを常に意識しろ」、「世の中のためになることを考えて動け」と教えてくれたんです。その言葉が、私の中で“ビジネスの目的”を根本から変えました。お金を稼ぐことや会社を大きくすることがゴールではなく、「何のためにそれをやるのか」を意識するようになったのです。私の家族は皆、起業家でした。父はアメリカで、おじはマレーシアやインドネシアで事業を展開しており、幼い頃から「ビジネスで世界に出ていく」ことは当たり前の環境でした。若い頃は純粋に“お金を稼ぐ”、“会社を成長させる”ことが目的でしたが、やがてそうした価値観から一歩離れ、もっと長期的な視点で物事を見たいと思うようになりました。仕事というのは短距離走ではなく、超長距離マラソンです。走り続けるためには、自分の中に確かなエネルギー源、つまり“大義”が必要だと感じています。クラダシの事業は、まさにその“大義”と深くつながっています。私たちが成長すればするほど、社会のフードロスが減っていく。事業の目的と社会の目的が一致している点に、強い魅力を感じました。“ソーシャルグッド”で1,000億円企業へ―クラダシの挑戦社会性を軸に成長を続けてきたクラダシが、次に描くのは“規模と理念”の両立だ。単なる企業成長ではなく、社会の仕組みそのものを変えていく挑戦が始まろうとしている。河村社長は、次のステージをどのように構想しているのか。河村社長:私はクラダシを1,000億円企業にしたいと本気で考えています。その中核となるのは「ソーシャルグッドであること」。社会性・環境性・経済性をすべて満たし、社会にとって価値のある事業を多角的に展開していきたいと思っています。現在はフードロス削減を軸にした「フードビジネスカンパニー」が主力ですが、次の柱として「グリーンインフラカンパニー」を立ち上げました。これは再生可能エネルギー事業への参入を意味します。クラダシの原点である「もったいないを価値へ」という理念を、食だけでなくエネルギーの分野にも広げていく挑戦です。1,000億円企業を実現するには、100億円規模の事業を10個生み出す必要があります。そのため、私たちは「100億カンパニーを10個つくる」という目標を掲げています。それぞれのカンパニーが独立して成長し、複数の領域で社会課題を解決する。そんな“多軸のソーシャルグッドカンパニー”を目指しています。この新たな体制を実現するために、昨年から「カンパニー制」を導入しました。それぞれの事業をカンパニーとして独立させ、CEOを配置しています。私は社長として全体を統括しながら、各カンパニーに権限と責任をセットで委譲しています。組織が大きくなると、「誰かがやってくれるだろう」という意識が生まれがちです。しかし、それではスピード感が失われ、当事者意識も薄れてしまいます。だからこそ、各カンパニーのCEOが自分の判断で、自分の責任で事業を動かす仕組みをつくりたかったんです。この体制によって、意思決定のスピードが上がり、一人ひとりが“自分ごと”として事業を捉える文化が生まれてきました。食の“もったいない”を減らしてきたクラダシ。いま、その理念をエネルギーの世界へと広げようとしている。河村社長:今、再生可能エネルギーの分野では、太陽光などで発電された電力の一部が使われずに“捨てられている”状態があります。私たちはそのロスを蓄電し、必要なタイミングで放電する系統用蓄電池事業を始めました。電力ロスを削減する仕組みをつくることで、エネルギーの循環を支えたいと思っています。この市場は、政府が掲げる、2040年までに「再エネ比率40~50%」という長期計画にも後押しされています。 新しい需給調整市場も整備され、今まさに伸び始めている領域です。私はこの分野を「非常に良いタイミングで参入できた」と感じています。フードロス、電力ロス。異なる分野に見えて、根底にあるテーマは同じです。“もったいない”を新しい価値に変えること。クラダシのDNAをそのまま拡張していく挑戦だと思っています。2025年8月、クラダシは日本郵便との業務提携を発表した。異なる分野の2社が手を組んだ理由ーその背景に迫った。河村社長:2025年8月、日本郵便株式会社との資本業務提携を発表しました。全国約2万4,000局の郵便局ネットワークを持つ日本郵便は、地域密着型の社会インフラとして重要な役割を果たしています。クラダシが目指す「社会に根づく仕組みづくり」との親和性が極めて高く、互いの強みを活かした協働が可能だと感じています。今回の提携では、日本郵便を引受先とする第三者割当増資を実施し、クラダシは出資を受けました。これにより、資本面での安定基盤を強化するとともに、「フードロス削減」や「地域課題解決」といった社会的テーマにおいて、郵便局のネットワークを活かした新たな共創モデルの構築を目指しています。具体的には、郵便局を拠点とした地域循環型のフードシェアリングや、防災・福祉・環境などの分野での連携を視野に入れています。単なる業務提携にとどまらず、地域社会における共助の仕組みを日本郵便とともに実装していく構想です。また、今回の資本提携はクラダシが進めるサステナブルファイナンス戦略の一環でもあります。環境・社会課題の解決を推進する企業として、金融機関からの支援も受けながら、経済的リターンと社会的リターンの両立を目指す取り組みを加速しています。これから起業を目指す人へのメッセージ理念を掲げるだけでは、社会は変わらない。河村社長は、行動によってその言葉を証明してきた。次の世代に伝えたい“起業の本質”とは—。河村社長:ここ数年、「社会課題をビジネスで解決したい」という志を持つ起業家が本当に増えてきました。一方で、社会課題に対する情熱はあっても、ビジネスとしてどう成立させるかに苦労している人も多いと感じます。やりたいことと事業の現実のあいだで悩んでいる社会起業家は少なくありません。私が伝えたいのは、社会課題の解決とビジネスは“両輪”で回さなければならないということです。想いだけでは続かないし、ビジネスだけでも意味がない。たとえば、寄付や社会貢献を行う際にも、投資家からの理解を得るためには、「それがどう事業の成長や株主への還元につながるのか」を説明し切る必要があります。資本市場から資金を集めている以上、そこには説明責任があるのです。資本主義の課題は、営利の仕組みの中で社会性が抜け落ちやすいことです。クラダシは、この二つを“ドッキングさせたい”という想いから生まれました。つまり、「ビジネスの力で社会課題を解決する」。お金を稼ぐことは目的ではなく手段ですが、稼がなければ社会貢献も続かない。私は、利益とは「社会からの感謝の総和」だと考えています。だからこそ、社会に認められる形で利益を上げることが、最も健全な社会貢献になるのです。よく「河村はビジネスをやりたい人」「社会貢献より利益を重視している」と言われることがあります。しかし、実際は逆です。ビジネスをやらなければ、社会貢献のサイクルは回らない。社会課題の解決を本気で目指すなら、まずビジネスを成立させる力を持たなければならないと思っています。起業初期はお金も人も足りません。まずは営業でも受託でもいいから売り上げを立て、従業員の給料を払う。その上で初めて、社会に還元できるステージに立てるのです。クラダシのビジネスモデルは、企業の成長と社会貢献が比例する仕組みになっています。事業が伸びれば伸びるほど、フードロスが減る。つまり、ビジネスのスケールがそのまま社会的インパクトの拡大につながるのです。多くの社会起業家が「利益と貢献をどう両立させるか」で悩んでいますが、本来それは、天秤にかけるものではありません。最初から一体化して設計すべきものです。後から付け加えた社会貢献は“コスト”に見えてしまいます。しかし、理念をビジネスモデルの根幹に据えていれば、それは“強み”になる。ビジネスと社会貢献を別々に考えるのではなく、最初から融合させる。その上で、事業の成長に全力を注ぐ。クラダシは今、まさにその挑戦をしています。インタビュー後記社会課題を「ビジネスの力」で解決するーその言葉は理想に聞こえるかもしれません。しかし、河村社長とクラダシの歩みは、それを“現実の仕組み”として機能させている稀有な例といえるでしょう。彼らの原動力は、単なる善意でも利益追求でもなく、「想い」と「ビジネス」を一体化させる確固たる信念です。“もったいない”を価値に変える挑戦は、いま食からエネルギーへと領域を広げ、社会の構造そのものを変えようとしています。変化を恐れず、常識を更新し続けるクラダシの挑戦は、これからの時代に求められる“新しい企業のかたち”を静かに示しているのかもしれません。その姿は、志を胸に立ち上がろうとするすべての起業家に、確かな道標を与えてくれます。