インタビュイー:株式会社シリウス 代表取締役社長 亀井 隆平様三洋電機がパナソニックと統合したその年、1人の元社員が新たな一歩を踏み出した。株式会社シリウス代表取締役社長・亀井隆平氏である。柔道一家に生まれ、子供時代からモノづくりへの憧れを抱いていた亀井社長。国会議員秘書を経て三洋電機に入社し、製造から営業、商品開発まで幅広い経験を積んだ。2011年、妻と二人三脚で本格的に事業をスタート。三洋電機のLED在庫処分を機にメーカー事業へと転身し、世界初の水洗いクリーナーヘッド「switle(スイトル)」、次亜塩素酸水を使った空気清浄機「Viruswasher(ウイルスウォッシャー)」など、独自製品を次々と開発。三洋電機から受け継いだ「世のため、人のためになる商品を創る」という精神を胸に、新市場の創造に挑み続けている亀井社長。アフターコロナの逆風を乗り越え新市場を切り拓くきっかけ、今後の事業展望、次世代を担う人材育成への想いを伺った。介護体験から生まれた新たな挑戦急成長と急変を繰り返す事業環境の中で、自らの手で商品を届ける仕組みの必要性を強く意識するようになった亀井社長。一方で、家庭では介護を通じて日常生活に潜む大きな負担や課題に直面する。事業と生活、双方の経験から生まれた気づきが重なり合い、「本当に人々に求められる商品をつくる」という新たな挑戦へとつながっていった。亀井社長:空気清浄機は、主に家電量販店を通じて販売していました。コロナ禍の最中、家電量販店からは「在庫があればすべて欲しい」との要望が寄せられ、私たちは大量生産・大量納品を続けていました。需要は一時的に急増し、売上も大きく伸びました。しかし、補助金制度の終了と同時に、その勢いは一気に失速。売上は急激に落ち込みました。この経験から、私は開発した商品を自社の販売チャネルで直接届ける仕組みを構築する必要性を痛感しました。同時に、社会情勢や制度の影響を受けにくく、安定的に求められる商品を生み出すことの重要性も強く意識するようになったのです。そのような経験を経て、「switle BODY」の開発に着手されたわけですが、どのようなきっかけがあったのでしょうか。亀井社長:「switle BODY」を開発するきっかけとなったのは、私自身の母の介護体験でした。母は亡くなる5年ほど前から私たち家族と同居し、デイサービスに通うようになりました。ある日、そのデイサービスの職員の方から電話がかかってきました。「お母さまが、今日はもうお風呂に入ったので入浴しないとおっしゃっています。本当でしょうか?」と。実際にはその日、母は入浴していませんでした。「入れてください」とお願いしましたが、結局その日は入らずに帰宅しました。理由を尋ねると、母はこう答えました。「他人の前で裸になるのは嫌なの。しかも、男の人に洗われるなんて」と言いました。その言葉を聞いて、確かにそうだと思いました。それ以来、私が母をお風呂に入れるようにしていたのです。ある日、私が母をお風呂に入れていた時のことです。足の悪い母は浴槽の中で座り込んでしまいました。私は柔道六段で、体格にも自信がありましたし、妻も柔道三段の腕前です。しかし、その私たち2人がかりでも、足が悪く、濡れた高齢者を浴槽から安全に引き上げることは一苦労でした。この時「高齢者の入浴介助は、想像以上に大変だし危険だ」と痛感しました。そんな時、switleの事業を共に手がけていた仲間から、「亀井さん、switleの技術を応用して、人の体を洗うことはできないでしょうか?」と相談を受けました。私自身の介護経験とも重なる部分があり、「ぜひ開発しましょう」とお答えしたのが、2023年の6月のことでした。これが「switle BODY」誕生のきっかけです。猛スピードで開発を進め、2023年末には試作品が完成しました。試作品は、三洋電機の元会長にもご覧いただきましたが、とても喜んでくださいました。「これは三洋電機らしい商品だ。小さく生んで大きく育てなさい。品質だけは絶対に妥協しないように」とおっしゃっていただきました。世界初の製品で新市場を創造―switle BODYの全国展開と今後の事業戦略2024年4月に登場した新商品「switle BODY」は、発売前から全国47都道府県で発表会を行い、テレビや数々の受賞歴を通じて大きな話題を呼んだ。従来の市場に挑むのではなく、世の中にまだない価値を生み出すことで存在感を示している。そんな革新的なものづくりを率いる亀井社長に、今後の挑戦と未来のビジョンを伺った。亀井社長:「switle BODY」は、2024年4月に発売しました。それに先立ち、東京で新商品発表会を開催したのを皮切りに、全国47都道府県すべてで発表会を実施しました。もちろん、発売したからといって、すぐに売れるものではありません。今までなかった商品を発売するということは、"市場を創出する"ところから始める必要があります。そこで私たちは、認知向上に注力しました。その結果、複数のテレビ番組で商品が紹介され、大きな反響をいただきました。また、グッドデザイン賞をはじめ多くの賞も受賞できました。今後の事業展開について、お考えをお聞かせください。亀井社長:弊社のような規模の企業が、家電量販店の棚で海外メーカーや大手ブランドと正面から競い合っても、勝つのはかなり困難です。既存市場で従来型の商品を作った場合、性能・価格・デザインのいずれかで優位性がなければ売れないからです。ですから私たちは、世の中にまだなかった商品で新しい市場を創りだすことにこだわり続けます。「こんなものが欲しかった」と思っていただける世界初の製品であれば、競争相手はいません。これは「MIP理論*」と呼ばれる考え方に基づくもので、元三洋電機でマーケティングの第一人者として知られていた方から教わりました。三洋電機時代にご指導いただいたことが、今でも考え方の土台になっています。例えば、2024年に販売を開始した「CLOOKING(クルッキング)」という調理家電も、この考え方を体現した商品です。この商品は、あえて家電量販店では販売せず直販にこだわっています。そうすることで、他社との差別化を図っているのです。現在も私たちはいくつかの新規プロジェクトに取り組んでいます。家電をはじめ、まったく新しい分野への挑戦も進行中です。「今までにないものを創る」という私たちの方針に基づき、日々試行錯誤を重ねています。このような革新的な製品開発を続けていくには、組織としての持続的な成長が不可欠です。そのため、会社の代表となってからはIPOを目標のひとつとして掲げてきました。自分が元気なうちに、後進のためにも実現したいという思いがあり、今もその実現に向けて取り組んでいるところです。*MIP理論:従来の商品では解決できなかった生活上の問題を解決し、新しい市場を生み出す独自性の高い商品づくりの考え方です。(MIP = Market Initiating Product:新市場創造型商品)三洋電機の精神を受け継ぐ人材育成―経験・ノウハウ・ネットワークが生む良縁の循環先輩が後輩を育てる文化が根付き、即戦力よりもシリウスの哲学と三洋電機の精神の継承を重視。経験・ノウハウ・ネットワークを大切に、良縁を育みながら事業を推進する。亀井社長:制度として明文化しているわけではありませんが、当社では先輩が後輩を育てるという文化が自然と受け継がれています。創業初期に三洋電機の元社員の方に入社してもらったのですが、とても優秀で会社の柱のような存在です。その方が若手に仕事を教え、そのまた次の世代へと、人が人を育てる循環が自然と生まれています。最近では、高卒の新入社員も増えていますが、入社後3〜4ヶ月間かけてマンツーマンでしっかりと研修を行います。その後は配属先で先輩社員が面倒を見る体制が整っています。当社では即戦力よりも、シリウスのやり方や哲学を一から身につけてもらうことを大切にしています。根底にあるのは、三洋電機の精神です。それを受け継いでいると思います。「世のため、人のためになる商品を創る」という想いを持って社員たちが働いてくれているのはありがたいことです。亀井社長が仕事をするうえで大事にされていることを教えてください。亀井社長:私は「経験」「ノウハウ」「ネットワーク」この3つが非常に大事だと感じています。経験がなければノウハウは生まれず、ノウハウがなければ人とのネットワークも築けません。この3つが揃って初めて、事業や物事を前に進める力になるのです。特にネットワークという点では、人とのご縁が非常に大きな意味を持つと思います。良いご縁というのは偶然に見えて、実は自分の姿勢や行動次第で「創ることができる」ものです。そしてそのご縁は、助けていただくだけでなく、互いに支え合い切磋琢磨する関係へと育っていきます。これまでの事業を振り返ると、その裏には必ず誰かとの出会いがありました。LED改造でメーカーとしての第一歩を踏み出せたのも仲間とのご縁があったからですし、「switle」や「switle BODY」も信頼できるデザイナーや技術者との出会いがなければ生まれなかったでしょう。今も私は多くの方々に恵まれ、その支えの中で事業を進めています。だからこそ、自分もまた周囲に対して力になりたい、恩返しをしていきたいと思っています。経験を重ね、ノウハウを磨き、ご縁を紡いでいく—その積み重ねこそが、新しい市場を創り出す原動力になると信じています。インタビュー後記三洋電機で培った技術と哲学を軸に、まだ世の中にない製品を創り出してきた亀井社長。人との縁を原動力に、一歩ずつ着実に新しい市場を切り拓いていく姿から、長年培ってきた粘り強さと実行力を感じました。“必要とされるもの”を形にする力は、これからも多くの人たちを助けるのではないでしょうか。