インタビュイー:株式会社MAGMA 代表取締役社長 福永 祐大様株式会社MAGMAが運営する「MAGMA RESORT Shimobe」は、宿泊とアクティビティを融合させた体験型リゾートの新たなモデルだ。舞台は、山梨県・身延町に佇む老舗温泉旅館「下部ホテル」。その使われていなかったスペースを活用し、“ホテルの中にホテルをつくる”という前例のないスタイルで、伝統と革新が共存する空間を生み出している。この構想を手がけたのが、株式会社MAGMA 代表取締役社長・福永祐大氏。体験によって人の価値観を揺さぶり、心を動かす時間を届けたい—そんな想いを原点に、宿泊業と体験事業をかけ合わせたまったく新しい滞在体験をつくり上げてきた。施設内では、「自然」「エンターテインメント」「伝統文化」「知育」の4カテゴリーを軸に、ハイキングや釣り体験、脱出ゲームやシューティングゲーム、さらには和紙づくりや花火体験まで、200〜300種類にも及ぶ多彩なアクティビティを用意。一日10〜20種のプログラムを通じて、親子で、仲間で、あるいは自分自身のために、非日常の中で感情を揺さぶる時間を味わえる。地域資産を活かしながら新たな価値を創出する画期的な取り組みを行う福永社長だが、幼いころは起業とは無縁の人生だったという。福永社長の幼少期や学生時代のエピソード、さらには起業に至る経緯を伺った。人を喜ばせたい少年の中にあった“内なるマグマ”ー福永社長が語る少年時代。幼いころから「誰かの笑顔を見たい」と願っていた福永社長。母親への手紙に綴った小さな想い、家庭の“安定”に違和感を抱きながら芽生えた反骨心。そのすべてが静かに心の奥で燃え続ける“マグマ”となり、起業家へと導いていく。MAGMA RESORTを生み出した福永社長の原点は、少年時代に宿った“心を動かす衝動”にあった。福永社長:私は鹿児島の穏やかな町で育ちました。両親はともに公務員で、いわゆる堅実でまじめな家庭。兄と姉がいて、私は末っ子。小さなころの自分を振り返ると、「要領よく生きていた子ども」だったと思います。やんちゃな一面はあったものの、叱られるようなことはしなかった。兄や姉が怒られているのを見て、「あ、ここまではセーフなんだな」と学ぶタイプでした(笑)。そんな私にとって、母への“手紙”は大切な表現手段でした。母はとても厳しく、面と向かって気持ちを伝えるのが難しかったんです。感謝も不満も、伝えたい想いはすべて、紙に書いて枕元にそっと置いていました。褒められるのが苦手だったこともあり、「よく頑張ったね」と言われても素直に受け止められず、ただ照れてしまって。でも、不思議と文字にすると素直になれる。気持ちを“伝えたい”衝動は子どもの頃から強くて、それを整理する手段が私にとっての手紙でした。今振り返れば、それはすでに「人の心を動かしたい」という願いの小さな種だったのかもしれません。中学に入るころになると、心の中に少しずつ反骨心が芽生えてきました。家では「安定した人生がいちばん」という価値観が当たり前のようにありました。両親が公務員ということもあり、「公務員か銀行員が一番だ」という空気がずっと漂っていたんです。でも私は、「本当にそれだけが幸せなんだろうか?」と、どこかで疑問を感じていました。周囲の期待に合わせるより、自分自身が納得できる道を選びたい—そんな思いが、年齢を重ねるごとに強くなっていきました。当時の自分をひと言で表すなら、“静かに燃える少年”だったと思います。人を喜ばせたいという温かな想いと、常識の枠を飛び越えたいという野心。その両方が胸の奥で混ざり合い、言葉にはできないけれど確かに熱を持って燃え続けている、そんな感覚がありました。のちに「MAGMA」という社名を掲げたのも、たぶんこの感覚がずっと自分の根っこにあったからなんでしょうね。あのころ心の奥で揺らめいていた熱の塊が、今の私の原動力になっているのだと思います。AIの世界で見失った心の豊かさ。割烹料理店で芽生えた経営者としての夢AIの未来が社会を変える—そう信じて飛び込んだ大学時代。しかし、次第に心の奥に広がったのは、どこか冷たく乾いた空虚感だった。その違和感の正体を教えてくれたのは、わずか6席の割烹料理店で出会った“夢を語る大人たち”の姿だった。心が揺さぶられたあの日、福永社長の中に「経営者」という言葉が初めて現実味を帯びて芽吹いた。福永社長:大学では、今とはまったく違う道を歩んでいました。専攻は人工知能。AIの基礎理論やアルゴリズム、情報処理などを学び、「手に職を」と思って選んだ進路でした。背景には、家族を支えたいという気持ちもありました。安定した職に就くことが、当時の自分にとっての“正解”だったんです。けれど、講義でコードを書き続けるうちに、どこか満たされない感覚が心に残るようになりました。コンピュータは完璧に命令を遂行する。でもその“正確さ”の中に、私は人間らしさや温かさを見出せなかった。社会はどんどん便利になっていく。でも、その便利さの先に「心の豊かさ」はあるのだろうか。そんな違和感が、次第に大きくなっていったんです。その頃から、「人と人とのつながり」や「体験すること」こそが、心を動かす力になるのではないかと考えるようになりました。思い返してみると、私が一番成長できたと感じた瞬間は、知らない土地で初めての景色に出会ったとき、文化に触れたとき、そして、誰かとの偶然の会話に心が動いたときでした。そうした“体験”の一つひとつが、今の私という人間をつくってきたんだと気づいたんです。だからこそ今度は、自分が“体験をつくる側”になりたいと思うようになりました。人の価値観を揺さぶり、感情を動かし、新しい一歩を踏み出すきっかけとなるような、そんな時間を提供できる仕事をしてみたいと。そんな思いに火をつけたのが、大学時代のアルバイト先だった小さな割烹料理店でした。カウンター6席だけの店で、初日に店主から言われたのは「お金のために来るなら、ここに来るな」という一言でした。正直、意味が分かりませんでした。大学生のアルバイトなんて、生活費や遊ぶお金のために働いてるのが当たり前だと思っていたからです。でも、その言葉に不思議と惹かれた自分がいて、私はそのまま、その店で働き続けることにしました。そこには、多くの経営者たちが足繁く通っていました。彼らは皆、自分の言葉で夢を語り、自分の意志で事業に向き合っていました。たった数席のカウンター越しの会話なのに、まるで舞台のようなエネルギーがそこにはありました。同じ空間にいるだけで、熱量が伝わってきたんです。そのとき、「この人たちのように、自分も信じた道を生きたい」と強く思いました。やりたいことを持ち、自分の意志で動く生き方。それは、子どもの頃から私の中にあった「人を喜ばせたい」という想いとも不思議と重なっていきました。思えばあの割烹料理店で過ごした日々は、経営者としての自分を初めて意識した瞬間だったのかもしれません。お金のためではなく、“何のために働くのか”を考えさせてくれたあの空間は、今の私にとって、間違いなく原点のひとつになっています。体験が人を変える。心を動かす体験づくりから始まった起業の原点人は、何に心を動かされ、変わっていくのか。その答えに福永社長が出会ったのは、大学卒業後に飛び込んだ体験型リゾートの世界だった。非日常の中で人が笑い、驚き、価値観を揺さぶられる瞬間。そこには、AIでもデジタルでも代替できない、“人の感情”があった。そして確信する。体験には、人を変える力がある。福永社長:大学を卒業して最初に入社したのは、グランピングを中心とした体験型リゾートを手がける会社でした。AIの世界に違和感を抱き、人の心が動く瞬間に関わりたいと感じていた私にとって、「体験」を事業の中核に据えるその業界は、自然と惹かれるものでした。入社当初、用意されていた体験コンテンツは、正直ごく限られたものでした。お化け屋敷、宝探し、丸太のこぎりなど数種類のエンタメ要素だけ。しかし、それでも私たちは真剣にお客様と向き合い、目の前にいる人をいかに楽しませるか、どうすれば心を動かせるかを日々考え続けました。その積み重ねが功を奏し、次第にリピーターが増えていったのです。特に印象的だったのは、「あのスタッフに会いたくてまた来ました」と言ってくださるお客様の存在でした。コンテンツ以上に、“人に会いに来る”という現象に触れたとき、「体験=一方的な提供」ではなく、「人と人との関係性」そのものが価値になり得ることに気づかされました。この気づきが、私の中で一つの視界を開きました。体験とは、単なる娯楽ではなく、感情と感情が交差する「接点」なんだ。誰かと過ごした時間や、その場の空気、そのときの感情が、すべて“記憶”として心に残り、その人の価値観に静かに作用していく。子どもにとっては自然の中で遊ぶ体験が好奇心を育て、親にとってはその子どもの笑顔が何よりのご褒美になる。そんな場面に数え切れないほど立ち会いました。次第に私は、“親子で共に笑う瞬間”や“初めての挑戦に目を輝かせる子ども”、“その姿を静かに見守る大人”といった時間そのものに、計り知れない価値があると実感するようになりました。体験を通じて人と人がつながり、感情が交わり、新しい視点が生まれる—それこそが「体験の真髄」なのではないかと思ったんです。「もっと、この瞬間をつくりたい。もっと多くの人の心を動かしたい。」その思いが強くなるにつれて、「自分の手で体験の場をゼロから創ってみたい」という起業への衝動が日々、静かに、けれど確かに育っていきました。MAGMA RESORTを立ち上げるきっかけになったのは、そうした日々の積み重ねでした。“人を喜ばせたい”という少年時代の想いが、“人の心を動かす場を創りたい”という使命へと変わった瞬間だったのだと思います。インタビュー後記人の心を動かす体験とは、何か特別な装置や演出に頼るものではなく、むしろ“誰かの本気”に触れたときに生まれるものなのかもしれません。今回の取材で印象的だったのは、福永社長の言葉がどれも、現場での気づきや人との出会いといった「体験の積み重ね」から紡がれていることでした。少年時代の手紙、割烹料理店での出会い、地域の温泉旅館とのご縁—そんな一つひとつの“ささやかな真実”が、MAGMA RESORTという唯一無二の場所をかたちづくっています。そしてその根底には常に、「人を喜ばせたい」というブレない想いが流れていました。どれほど事業が拡大しても、“一人ひとりに寄り添う体験”を大切にし続ける姿勢には、経営という言葉の本質を問い直される思いがしました。今後MAGMA RESORTがどの土地に広がっていこうとも、その場に集う人の心に火を灯すような“マグマ”は、静かに、しかし確かに燃え続けていくのだろうと感じています。