インタビュイー:株式会社まるだい運輸倉庫 代表取締役社長 秋元美里様創業68年を迎えた老舗物流企業、株式会社まるだい運輸倉庫。小田原市に本社を構え、地域に根ざした物流事業を展開してきた同社は、いまや健全な財務基盤を築き、持続的な成長を続ける企業へと再生を果たしている。しかしかつては、40億円規模の借入、分断された組織、現場と本部の断絶が重なり、経営は崩壊寸前の状態にあった。そうした危機の中、経営を引き継ぐことになったのが、代表取締役社長の秋元美里氏である。秋元氏は一般社員として家業に入り、数々の構造的な制約と向き合いながら、一つひとつ意思決定を重ねていった。現場に埋もれていた声を拾い上げ、非効率なやり方を見直し、会社の構造そのものに手を入れていく。誰もが難しいと考えた再建の歩みは、組織と経営のあり方そのものを問い直すものでもあった。後編では、株式会社まるだい運輸倉庫 代表取締役社長 秋元美里氏に、産休明けに直面した経営危機や現場の声を起点に進めた再建改革、次の世代に選ばれる会社を目指す今後の展望についてお話を伺った。産休明け初日に告げられた“会社の終わり”2年間の産休で現場を離れていた間に、会社の経営は大きく悪化していた。復帰初日に突きつけられたのは、資金繰りの逼迫と、もはや後がないという現実だった。そうした状況の中で、秋元代表は副社長として経営の最前線に立つことになる。秋元代表:産休から復帰して出社した初日、いきなり経理の責任者に呼ばれて、「この会社はもう終わりだ」と告げられました。まずは「復帰おめでとう」といった言葉があるものだと思っていましたから、あまりに唐突で、すぐには状況を飲み込めませんでした。何が起きているのかを確認すると、手元のキャッシュはほとんど残っておらず、追加の借入もできない状態でした。私が不在にしていた約2年の間に業績は赤字へと転じ、賞与も支払えなくなっていました。現場では不満が噴き出し、銀行からは責任者を出すよう強く求められていて、会社として正常に機能しているとは言えない状況だったと思います。そうした中で、誰がこの事態を引き受けるのかという話になるのですが、当然ながら誰もやりたがりませんでした。財務責任者も不在で、意思決定も止まっている。そんな状況の中で、銀行からの要請もあり、株の承継権を持っていた私が副社長に就任することになりました。会社の弱い部分も、それまでの経緯も把握している中で、最後に責任だけを引き受けるような立場になるわけです。それでも逃げることはできませんでした。そこから、副社長として財務改革に奔走する日々が始まりました。就任後、銀行とのやりとりは一気に厳しさを増しました。再建に向けた相談というより、最初から「どう回収するか」という前提で話が進んでいくのです。提示されるのは、事業売却やM&Aといった選択肢ばかりで、それ以外の道は実質的に閉ざされていくような感覚がありました。この時期は、とにかく会社を守るしかないという思いで、銀行に提出する再建案の資料を必死に作っていました。“現場社員の声”から始まった、会社の再建改革秋元代表がまず着手したのは、現場に埋もれていた声を拾い上げることだった。本部と現場の断絶を埋め、不採算案件の整理に踏み込む中で、会社は少しずつ再び動き始めていったのである。秋元代表:副社長に就任してまず力を入れたのは、現場の声を拾う仕組みをつくることでした。それまでは経営陣と現場が完全に断絶していて、経営陣の考えが現場に伝わらず、現場の実態も経営陣には上がってこない状態でした。そこで設けたのが、いわゆる目安箱でした。内容は私しか見ないと約束したうえで、現場で起きていることをすべて教えてほしいと伝えました。最終的には多くの現場の声が寄せられ、その実態が少しずつ見えてきました。実際に目を通してみると、想像以上に深刻な状況でした。非効率な業務が当たり前のように続き、赤字でも関係性だけを理由に継続している案件もある。経営陣は、現場で起きていることにほとんど耳を傾けてこなかったのだと痛感しました。その中で頼りにしたのが、各拠点で現場を支えていた女性たちとのネットワークです。表向きの報告ラインでは上がってこない情報も、そうした繋がりを通じて徐々に見えるようになっていきました。一方で、改革を進める中では、既存のやり方に依存していた層との衝突も避けられませんでした。変化を受け入れられず離れていく人もいれば、不正が表面化するケースもあり、長年放置されてきた歪みが一気に表に出てきた時期だったと思います。並行して、取引の見直しも徹底して進めました。それまでは売上至上主義が強く、利益が出ていない案件でも、「売上が減るのが怖い」という理由だけで続けているものが少なくありませんでした。だからこそ、まずは「手放す」という判断を優先しました。採算が合わないものや構造的に無理のあるものについては、取引先にも直接足を運んで見直しを進めていきました。売上が落ちることを恐れて判断を先送りしている限り、状況は変わりません。むしろ悪い取引を抱え続けることで、会社全体の体力が削られていく。そうした歪みを断ち切り、不採算案件の見直しと入れ替えを地道に重ねた結果、約10年をかけて、当社は優良企業と呼ばれるまでに財務を健全化することができました。正直、当時の私は財務の知識も十分ではなく、最初から明確な道筋が見えていたわけではありません。それでも前に進めたのは、信頼できる人たちに出会い、その助言を受け止め、人を信じて実行し続けることができたからです。苦しい状況にあると、一発逆転のような方法を求めたくなりますが、結局は目の前の課題を一つずつ解決していくしかないと感じています。若者に選ばれる物流業界へ──“全員活躍”を掲げ、改革は続く「全員が活躍できる組織」を掲げ、評価や働き方の前提そのものを見直してきたまるだい運輸倉庫。次の世代に選ばれる会社をどうつくるのか。秋元代表に、その考え方と取り組みを聞いた。秋元代表:現在の物流業界は、決して楽な環境ではありません。労働集約型で負荷も大きく、法規制は厳しくなり、燃料費や設備コストも上がり続けています。一方で、物流業界にはまだ大きな可能性が残されているとも感じています。これからの世代が「ここで働きたい」と思える業界へと変えていくことは、十分にできるはずです。ここ数年で当社の方向性も大きく見直してきました。これまでのように規模や量で勝負するのではなく、より地域に根ざした存在でありたいと考えています。「小田原にはまるだい運輸倉庫があるから物流が止まらない」と思っていただけるような、地域にとっての安心の基盤になりたい。顔が見える関係の中で仕事ができることは、働く人のやりがいにも誇りにもつながると考えています。私が目指しているのは、「全員が活躍できる会社」であり、社会です。個人の力をきちんと見て、フラットに評価する。その積み重ねの中で、自然と多様な人材が活躍できる状態が生まれるのだと思います。よく「女性活躍」という言葉で語られますが、活躍したいと考えているのは女性だけではありませんし、本来は特定の属性だけを切り取って語るものでもないはずです。一人ひとりが持つ力を活かしながら、チームとして成果を出していく。その土台になるのは、制度だけではなく、日々の関わり方や判断の積み重ね、つまり文化だと考えています。最終的に問われるのは、次の世代が自然と選びたくなる会社であるかどうかです。自分の子どもたちの世代が見たときに、「ここで働きたい」と思ってもらえる会社をつくり続けたい。その想いを持って、これからも物流業界に根を張りながら、経営者として発信を続けていきたいと思っています。インタビュー後記今回は、株式会社まるだい運輸倉庫 代表取締役社長 秋元美里様に、お話を伺いました。家業承継の葛藤、崩壊寸前の組織と向き合った日々、そして再建を支えた地道な改革の積み重ねからは、経営とは派手な一手ではなく、現場の声に耳を澄ませながら責任を引き受け続ける営みであることを学ばせていただきました。 秋元美里/株式会社まるだい運輸倉庫 代表取締役社長日本政策金融公庫女性経営者の会「赤い靴」横浜支部 副幹事小田原卸商業団地協同組合 理事小田原市教育委員会 委員小田原箱根商工会議所 副会頭小田原警察署協議会委員【会社概要】会社名株式会社まるだい運輸倉庫創業1958年代表取締役秋元美里事業内容運輸事業倉庫事業業務委託事業所在地本社 神奈川県小田原市成田480-5サイトURLhttps://www.marudai-unyu.com/