インタビュイー:マッチングワールド株式会社 代表取締役 町田 博 様在庫は、企業の意思決定と信用を映す鏡である。売れ残りの可視化を恐れて流れが止まれば、それは一夜にして負債に変わるーその臨界点を越えさせない“流通の器”を設計してきたのがマッチングワールド株式会社だ。同社の在庫再生プラットフォーム「M-マッチングシステム」は、在庫を抱える企業と必要とする企業を匿名で結び、検品(入荷時/出荷直前の二重検品)・決済・物流までを一気通貫で担う。供給側の与信毀損リスクを抑えつつ、買い手には確かな品質と適正調達を提供するー“信用”を中核に据えた仕組みで在庫の価値を再生してきた。この構想を牽引するのが、代表取締役・町田博氏である。かつて年商200億円規模の流通事業を率いながら、46億円の不良在庫で倒産を経験した同氏は、「勘や気合ではなく仕組みで流通を動かす」へと発想を転換。FAX一台の再起からプラットフォームを磨き上げ、匿名性と二重検品を核に“在庫を負債から資産へ”と転換する実装を進めてきた。前編では、町田代表に、M-マッチングシステムの強みや創業当時のエピソードについてお話を伺った。在庫を負債から資産へ。匿名性と二重検品で価値を再生するM-マッチングシステム「在庫は企業の鏡であり、経営の真理がそこに映る」町田代表はそう語る。同社が展開する「M-マッチングシステム」は、在庫を抱える企業と、それを必要とする企業を匿名でつなぎ、検品から決済、物流までを一貫支援する在庫再生プラットフォームだ。“在庫は負債ではなく資産になる”という信念のもと、町田代表は流通の常識を塗り替える新しい仕組みを築いた。町田代表:私は長年、流通の現場に身を置き、在庫にまつわる多くの経営課題を見てきました。在庫は本来、企業を支える資産です。しかし、その扱い方ひとつで、企業を苦しめる“見えない毒”にもなり得る。かつて私は、その現実を身をもって思い知らされました。だからこそ、同じように在庫で悩む企業を救い、滞留した商品を再び市場に戻す―そんな“循環の仕組み”をつくろうと決めたのです。こうして生まれたのが「M-マッチングシステム」です。この仕組みは、在庫を抱える企業と、それを求める企業を匿名でマッチングし、検品・決済・物流までワンストップで完結させるものです。出品者も購入者も互いに社名を知らないまま取引でき、当社が間に立つことで安全かつ公平な在庫流通を実現しています。在庫の所有者にとってはリスクを最小化しながら新しい販路を確保でき、買い手にとっても市場価格に左右されない適正なコストで仕入れられるというメリットがあります。企業にとって「在庫を抱えている」と知られることは、時に信用問題に直結します。特にメーカーや問屋では、「在庫が多い=売れていない」と見なされ、金融機関の評価や取引条件に影響することも少なくありません。だからこそ、顧客情報を守り抜く匿名性は、当社システムの中核です。出品企業は商品データを登録するだけで、相手に情報を開示せず在庫を販売できる。取引成立後も、社名や個人名は明かされません。私たちは、在庫取引における“信頼の防壁”として、この匿名性を何よりも重視しています。そしてもう一つの柱が、「二重検品」による品質保証です。多くのECプラットフォームでは、返品された商品が検品を経ずに再流通し、「新品」として出回ってしまうことがあります。例えば、新品と記載されたパソコンを購入したのに、バッテリーが劣化していた―そんな経験をされた方もいるでしょう。私は長年この構造に違和感を持っていました。スピードを優先するあまり、最も大切な“信頼”が置き去りにされていたからです。そこで当社では、入荷時と出荷時の二重検品を徹底しています。1回目は入荷時に箱を開け、傷や汚れ、付属品の有無まで徹底的に確認。2回目は出荷直前に再梱包を開封し、状態を再チェックしたうえで発送します。手間も時間もかかりますが、「信用」とはこの積み重ねからしか生まれません。派手な広告や価格競争ではなく、“見えない安心”を商品に宿す―。それこそが、M-マッチングシステムが築いてきた“信頼の流通”の本質なのです。年商200億円からの転落ー46億円の在庫が教えてくれた「流通の真理」かつて年商200億円を誇るゲーム流通会社を率いていた町田代表。順風満帆に見えた経営は、わずか数年で一転。46億円の不良在庫が積み上がり、会社は倒産へと追い込まれる。だがその喪失の中で、町田代表は“流通の本質”をつかむ。この原体験こそが、経営哲学の源流となる。町田代表:私が一度会社を倒産させた最大の原因は、在庫の持ちすぎでした。当時はゲームソフトの卸売を手掛け、年商は200億円。右肩上がりの成長に、社内はどこか浮き足立っていました。「勢いさえあれば、すべてうまくいく」―そう信じ込んでいたのです。まさに慢心そのものでした。在庫を適正に管理しようと、当時日本に3台しかなかった最新のコンピュータを導入しました。東京、大阪、九州、仙台の4拠点を結び、在庫を一元管理する最先端システムです。「テクノロジーで在庫を“見える化”すれば立て直せる」と信じていました。しかし、システムが稼働する頃には、すでに倉庫は在庫の山で埋まっていました。結果、46億円もの不良在庫を抱え、会社は静かに幕を下ろしました。倒産のとき、私の頭に浮かんだのは、全国の拠点で働く社員たちの顔でした。新卒で入ったばかりの若者もいました。「自分の責任で潰した会社だから、せめて彼らは守りたい」―そう思い、再就職先のあっせんに奔走しました。すべてを失い、自己破産。手元に一円も残りませんでした。それでも、不思議と「終わった」とは感じなかったのです。「これだけの失敗をしたなら、必ず何か学びがあるはずだ」と思いました。当時、私たちは業界でトップクラスのシェアを誇り、「成功が当たり前」だと錯覚していました。しかし、その成功体験こそが最大の敵でした。在庫は資産ではなく、流れが止まった瞬間に毒へと変わる―。私はその事実を、身をもって知ったのです。倒産を通じて痛感したのは、「既存の取引先にいくら営業をしても、在庫を抱えた顧客はもう買わない」という現実でした。どれほど関係が深くても、倉庫に商品が残っている限り、新しい注文は生まれない。つまり、“流通の滞り”が企業の成長を止める。ならば、在庫を循環させる“新しい流通の器”を作るしかない。既存のルートがいっぱいなら、新しいルートを増やせばいい。この発想こそが、後に生まれる「M-マッチングシステム」の原点になりました。FAX1台からの再出発ー“仕組みで勝負する”信念が生んだ復活劇すべてを失っても、信念だけは残った。倒産で資金も在庫も信用も失ったが、再起のために手にした武器は1台のFAXだった。夜通し在庫を仕分け、手書きで営業FAXを送り続ける日々。その泥臭い挑戦の中で、「人ではなく仕組みで勝負する」という思想が芽生え、後の「M-マッチングシステム」へとつながっていく。町田代表:倒産してすべてを失ったとき、手元に残ったのは「経験」と「お客様の名簿」だけでした。在庫を買う資金もなければ信用もない。それでも私は、「もう一度、在庫を動かす商売をやる」と決めていました。最初は、取引先の倉庫に眠っている在庫を預かり、それを必要とする別の企業へ届けることから始めました。以前の会社で取引のあった顧客の名簿を一枚ずつ取り出し、FAXで営業をかけていく。手書きのFAXが唯一の命綱でした。営業を始めると、意外にも次々と注文が入ってきました。FAXの送信音が一日中鳴り響く―あの音が、生きる実感そのものでした。「またこの世界でやっていけるかもしれない」と思えたのです。しかし、すぐに限界が見えました。人気商品は瞬く間に売り切れ、注文が重なると在庫が足りない。後から連絡をくれたお客様に「嘘の情報を流したのか」と叱責されたこともありました。在庫の動きをリアルタイムで把握できないFAXという仕組みでは、どんなに根性で対応しても信頼を守れない。このとき痛感したのです―人間の努力には限界がある。商売は気合や誠意だけでは続かない。だからこそ、私は「人ではなく、仕組みで支える」ことを誓いました。どんなに小さくても、人の勘や根性ではなく、仕組みで商売を動かすこと。それが、再び倒れないための唯一の道でした。知人を通じてITエンジニアを紹介してもらい、システム構築に挑戦しました。最初は失敗の連続です。特価品を販売するページを立ち上げても、全国の取引先が一斉にログインするため、アクセスが集中してサーバーが何度も落ちてしまう。それでも諦めず、原因を突き止め、修正を重ね、同時アクセスに耐えられる仕組みを追求しました。約4億円をシステム開発に投じる覚悟で、技術を磨き上げていったのです。やがてシステムは安定し、国内の取引に加えて、香港や台湾など海外バイヤーにも在庫情報を提供できるようになりました。国内で余った在庫が海外で再び売れていく―。在庫が国境を越えて循環し始めたとき、初めて私は確信しました。「仕組みは人を超える」。商売は、勘や勢いでは続かない。データと仕組みがあってこそ、ビジネスは持続する。「人ではなく仕組みで勝負する」―この考え方こそが、私を再び立ち上がらせ、いまのマッチングワールドを支える根幹になっています。前編ではM-マッチングシステムの強みから、以前の会社経営のエピソード、マッチングワールド株式会社を創業したきっかけについてお話を伺いました。後編では、リーマンショックによって迎えた危機や今後の展望についてお話を伺います。