インタビュイー:株式会社Mentor For 代表取締役CEO 池原 真佐子様前編では、株式会社Mentor Forの独自性に満ちた事業内容を明らかにした。コーチングの原則を超える「経験のシェア」という思想、顧客の成功を第一に置くBtoB戦略、そして事業そのものが人材を惹きつけ育む、相乗効果を生む仕組み。その巧みなビジネスモデルは、多くの企業から支持を集めている。では、なぜこのような巧みなビジネスモデルが磨かれたのか。その独自性と強さを生み出した源泉は、創業者である池原代表自身の原体験にあった。後編では、ゼロからの再起へと突き動かした2つの体験に迫るとともに、その哲学が息づく組織づくり、そして「メンターを社会の当たり前にする」という未来への展望について、さらにお話を伺っていく。海外で見た景色と日本の現実―「なぜ、女性のキャリアはこうも難しいのか」キャリアも家庭も、どちらもあきらめない。そんな女性たちが世界には当たり前に存在する。だが日本では、それがいまだ「特別な生き方」として語られる。池原代表がMentor Forの原点を見つけたのは、異国の教室で目にした一つの“日常”だった。池原代表:大学院を卒業後、PR会社、NPO、そしてコンサルティング会社で人材開発担当として働きました。その中で、人の成長や対話が組織のポテンシャルを引き出す力を強く感じ、「もう一度、体系的に学び直したい」と思ったんです。そこで選んだのが、働きながら修士号を取得できる海外の大学院、INSEAD(インシアード)※のエグゼクティブマスターのコースでした。※フランスやシンガポールなどにキャンパスを持つ世界有数の経営大学院実際に通ってみて、衝撃を受けました。世界36カ国から多様なバックグラウンドを持つリーダーたちが集まり、なんとクラスの半分が女性だったんです。休憩時間には、母親である彼女たちが子どもの話をしながら、次の経営戦略を語っている。育児もキャリアも自然に両立させていて、誰もそれを“特別”だなんて思っていない。その光景を見て、「ああ、これが本来あるべき姿なんだ」と心が震えました。一方で、当時の日本では、結婚や出産を機にキャリアを断念せざるを得ない女性がまだ多かった。私自身も、それを“仕方のないこと”として受け入れていたんです。だからこそ、INSEADで出会った女性リーダーたちの姿は、まるで別世界のようでした。彼女たちを前にして、ふと湧き上がったのがこの問いです。「なぜ、日本ではこうも難しいのだろうか?」この問いこそが、後の事業の根幹を形作っていくことになる。池原代表:そして修了後、2014年に人材開発のコンサルティング会社を立ち上げたんです。ありがたいことに事業はゆるやかではありますが順調に継続しましたが、どこかでずっと引っかかるものがありました。「これが本当に、人生を懸けてやりたいことなのだろうか」と。そんな折、私の人生を大きく変える出来事が起こります。子どもを授かって臨月の時に、夫の海外赴任が決まったんです。私は悩んだ末に、日本で一人で、臨月から出産を迎え、そして育児をしながら事業を続けるという選択をしました。出産前日まで働き、産後も2週間で仕事に完全復帰しましたが、想像を超える日々でした。体力的な大変さもさることながら、周囲からの「なんでそこまでして?」という言葉が何より堪えました。応援して支えてくれた人がほとんどですが、一部の方からはそのような言葉を受けることもありました。それでも私は社会をよりよく変えるために前に進む―そう自分に言い聞かせながら走り続けていた気がします。そんな中、ふと頭に浮かんだのが、INSEADで出会った女性たちの姿でした。「世界には、育児をしながらリーダーとして活躍する人たちがいる。私は、あの人たちに励まされてここまで来られたじゃないか」と。けれど、日本ではそのようなロールモデルに出会えず、孤独の中でもがく人がたくさんいる―。その現実に思い至ったとき、胸の中でスイッチが入ったんです。「そうだ。ロールモデルを必要としている人に、メンターという仕組みで出会いを届けよう。」それが、Mentor For誕生の原点でした。2018年、私はそれまで続けていたコンサルティング事業をすべて畳み、ゼロからこの事業を立ち上げました。不安はありましたが、迷いはありませんでした。自分自身が“支えられることで前に進めた”という実感があるからこそ、「次は自分が、誰かを支える番だ」と思えたんです。仲間と共に乗り越える壁―成長を支える対話とカルチャー事業の成長に比例して、組織には新しい課題が生まれる。それは、「理念をどう守り、どう次の世代に受け渡していくか」という問いだ。Mentor Forが辿ってきたのは、“理念を言葉で伝える”から“文化として根づかせる”への挑戦だった。池原代表:この事業を立ち上げて3ヶ月後に、今度は夫のドイツへの異動が決まりました。羽田から直行便がある都市への異動だったため「今度こそ家族と暮らそう。直行便があるなら通えばいい」と割り切って、私も子供も、ドイツに移住し、月に1-2度、私だけ日本に「通勤」しながら営業を強化しました。少しずつ私たちの理念に共感してくださるお客様が増え、事業は着実に成長軌道に乗り始めました。ただ、その時期はまだコロナ禍前でオンライン環境も十分ではありませんでした。日本に帰国できる限られた期間を最大限に使い、営業活動に奔走していましたね。そうした努力が少しずつ実を結び、仲間が増えていく中で、次に意識したのが創業時の思いをどう組織として共有していくかということでした。創業初期は、少人数の暗黙の了解で動けますが、人が増えるとそれだけでは通用しません。理念を「感じるもの」から「共有できるもの」に変えていく必要がありました。私たちのチームはリモートワークが中心です。画面越しでは温度が伝わりにくいため、定期的にオンラインやオフラインで対話の場を設計士、言葉で想いをすり合わせることを大切にしています。その積み重ねによって、少しずつ文化が形になっていくのを感じています。“理念に共感した人が仲間になり、前進し続けることで私たちらしい「理念と経済性の両立」という文化をつくる”―それが私たちの成長の基盤です。昨年、会社の価値観を「コアバリュー」として明文化しました。それまで私の中にあった考えを、全員が共有できる“言葉”にしたかったんです。「Integrity(誠実)」「Ownership(自律)」「Feedback(対話)」の3つを軸に据え、折に触れて全社員へ直接語る場を設けています。価値観は掲げるだけでは意味がなく、対話を通じて“実感”へと変わったときに初めて文化になる。この地道な積み重ねこそが、組織の壁を越え、次の成長を支える力になると信じています。そして私は「忙しい時ほど、思考の時間を削らない」ことを意識しています。成果を追うほど目の前の業務的なタスクに偏りがちですが、どんなに忙しくても、“未来の戦略を考える余白”は必要です。社長が目先のタスクに追われたら会社の成長が終わる、と何名もの先輩経営者に助言を受けました。そのような一人の時間の確保も大切にしています。「メンターを社会実装する」―人と社会の可能性を最大化する未来への挑戦理念を共にする仲間と歩み、組織の土台を固めた池原代表。いま、その視線は自社の成長の先、「メンターという文化が社会に根付く未来」へと向けられている。Mentor Forが描くのは、ビジネスの成功にとどまらず、人の可能性そのものを拡張する社会の姿だ。池原代表:私たちは、自分とは異なる他者との出会いこそが、人のポテンシャルを最大化すると信じています。だからこそ、その出会いを生み出す仕組み『メンター』という存在を、社会性と経済性を両立させながら社会に広げていく。それが、私たちが掲げる大きなビジョンであり、「メンターの社会実装」です。市場は確実に広がりを見せていますが、次のフェーズで必要になるのはスピードと浸透です。私たちの価値をどのようにより多くの企業に届けるか。今は、理念に共感してくださる先進的な企業が中心ですが、ここからさらに裾野を広げ、“社会全体の文化”として定着させていくことが、これからの挑戦だと考えています。もちろん、起業の道は決して平坦ではありません。一つの壁を越えたと思えば、次の試練が待っている。ときには「どん底の底がさらに深くなるような感覚」に襲われることもあります。それでも歩みを止めないのは、根底に「自分の事業が好きだ」という気持ちがあるからです。よく「どうしてそんなに走り続けられるのですか」と聞かれますが、私には止まる理由がないんです。好きだから続けている。ただ、それだけなんです。その言葉の裏には、「経験はギフトになる」という確信がある。そして誰もがそのギフトを持っているのだと、池原代表は続ける。池原代表:ぜひこの記事を読んでくださっている方にも、考えてみてほしいことがあります。それは、「メンターを探す」だけでなく、「自分自身がメンターになる」という選択肢です。メンターとは、特別な経歴を持つ一部の人だけのものではありません。社長や起業家はもちろん、長く会社員として働いてきた方、あるいは「自分には特別な経験なんてない」と感じている方でさえ、その歩んできた人生の中には、誰かの背中を押す“ギフト”が必ずあります。私たちは、その経験を誰かに手渡すスキル―「メンタリング」という技術を体系化しています。もし「自分の経験を誰かの力に変えたい」と思っていただけたなら、ぜひ私たちのスクールの扉を叩いてみてほしい。人生のどんな瞬間も、誰かにとっての道しるべになり得る。その気づきが広がったとき、メンターという文化は、社会の中で“特別”ではなく“当たり前”になる。それが、私たちが目指している未来の姿です。インタビュー後記取材を通じて感じたのは、Mentor Forが単なる人材育成企業ではなく、人の経験を社会の資源として循環させる仕組みをつくろうとしているということだ。池原代表の語る「担当者をヒーローにする」「止まる理由がない」「経験はギフトになる」という言葉の底には、共通する信念がある。人の成長も企業の成功も、誰かとの関わりの中でしか生まれないという確信だ。池原代表の語りは静かで、熱い。理想を声高に叫ぶのではなく、歩んできた時間の重みが言葉に宿っていた。メンターという文化を社会に根づかせるという挑戦は、人の可能性が人によって広がる社会を実現する試みでもある。誰かの経験が、次の誰かの希望になる。Mentor Forが目指す未来は、その静かな連鎖の先にある。