インタビュイー:ミトラグループ株式会社 代表取締役社長 成宮 正一郎様金融・不動産・建築・士業など、専門性が高く属人化しやすい業務は、これまでは紙と対面を前提とする非効率な進め方が残されてきた。こうした専門業務を、クラウドシステムを通じて仕組み化し、簡単・確実・安全に行える環境を整えているのが、ミトラグループ株式会社である。同社は、業務プロセスそのものを引き受ける「BPaaS(ビジネス・プロセス・アズ・ア・サービス)」を4つの領域で横断的に展開。2007年の設立以来培ってきた専門性と、独自のクラウドシステム、安全に大量処理を担うオペレーションセンターを強みに、東京証券取引所スタンダード市場に上場している。2026年には、社名を「エスクロー・エージェント・ジャパン」から「ミトラグループ」へと変更した。代表取締役社長を務める成宮正一郎氏は、新卒で入社した食品メーカーでの営業を経て、エスクローという未知の領域へ飛び込み、事業の立ち上げから経営までを担ってきた人物である。いくつもの転機に向き合うなかで、現場の最前線から経営者へと視座を高めてきた。前編では、ミトラグループ株式会社 代表取締役社長 成宮正一郎氏に、専門業務を仕組み化する「BPaaS」という事業の独自性や、食品メーカーでの営業からエスクローという未知の領域へ飛び込んだ歩み、経営者へと視座を高めていった軌跡について、お話を伺った。専門業務を丸ごと仕組み化する「BPaaS」の力はじめに、ミトラグループ株式会社の事業内容について伺った。成宮代表:当社は、金融・不動産・建築・士業という4つの領域の専門家に向けて、専門的な業務をクラウドシステムを通じて提供する事業を展開しています。私たちは当社のことを「BPaaSベンダー」と呼んでいます。BPaaS(ビジネス・プロセス・アズ・ア・サービス)は少し聞き慣れない言葉かもしれませんが、会計領域などで見られる、クラウドシステムを活用し、専門業務を外部へ依頼するサービスモデルに近いものです。お客様がクラウドシステム上で指示を出すと、その先で当社が専門性のある業務を処理し、成果物をお返しする。この一連の流れを、4つの領域にまたがって横断的に提供しているのが、当社の事業の輪郭です。よく「BPO(業務委託)と何が違うのか」と尋ねられます。一般的なBPOは、データ入力やコール業務といった、比較的単純な作業を代行するものが中心です。一方で当社は、もともと士業専門家を源流に持つ会社ですから、知識や専門性が求められる業務にこそ強みがあります。たとえば、不動産売買の契約に関わる事務や住宅ローンに関する担保の保全、登記申請のためのオペレーションといった領域が挙げられます。こうした専門性の高い業務を、現行の法制度の範囲のなかで、非対面化し、自動化していく。DX化によって業務の効率性と安全性の両立を図っています。この強みを支えているのが、当社の3つの独自性です。1つ目は、創業以来培ってきた専門性。2つ目は、自社で開発した独自のクラウドシステム。そして3つ目が、セキュリティが高く、大量の処理に耐えられるオペレーションセンターの存在です。専門知識を持った担当者と、それを動かす仕組み、そして安全に大量処理できる基盤。この3つが揃っているからこそ、専門的な業務を、簡単・確実・安全に行える環境を整えられるのだと考えています。私たちが目指しているのは、金融・不動産・建築・士業のそれぞれの分野で、専門的な手続きが、24時間365日、誰でも、簡単にできる環境を整えることです。専門性が高いがゆえに、特定の人や時間に縛られていた業務を、誰もが滞りなく進められる状態にしていく。そうしたインフラづくりに、当社は取り組んでいます。泥臭い営業から、エスクローという未知の領域へ<ミトラグループの事業全体像>食品メーカーでの泥臭い営業から、未知のエスクロー領域へ飛び込んだ成宮代表。取引の安全性を支える仕組みに可能性を感じながらも、理想を事業に変える難しさに直面した日々について伺った。成宮代表:私が新卒で入社したのは食品メーカーでしたが、入社して間もなく不祥事が起き、グループ全体が大きな変化の渦中にありました。事業や組織の再編が進み、若手主体の空気に変わっていくなかで、私は飲料販売の部隊に配属されました。チーズやバターの原料となる生乳は、大量に仕入れるほど原価を下げられますが、使い切れなかった分は飲料として売り切る必要があります。生乳は日持ちしないため、現場には常に「いかに量をさばくか」というプレッシャーがありました。卸売の方に任せているだけでは発注は来ないため、自ら小売店やスーパーの商談まで同行し、時には工場から商品を運んで売り場に並べることもあります。そうした泥臭い日々が、私の営業としての原点です。転機が訪れたのは、飲料部門が別会社へ移り、新しい体制のもとで働くことになった頃です。それまでは積極的に販路を広げる営業スタイルでしたが、「無理に手を広げなくてよい」という方針に変わっていったのです。毎日必死に商品を売り切ってきた自分にとっては、前に進む足を急に止められたような感覚がありました。そして、「もっと自分が挑戦できる場所があるのではないか」という違和感を抱くようになりました。取引先の社長に相談したところ、「エスクローという珍しいことをしている先生がいるから、一度会ってみるといい」と一人の司法書士の先生を紹介されました。エスクローとは、取引の当事者の間に中立的な第三者が入り、お金や権利の受け渡しを安全に進めるための仕組みです。仕事帰りにその先生の事務所を訪ねたところ、夕方から夜中まで、8時間ほど話を伺うことになりました。先生がお話しされていたのは、登記や手続きの話ではありません。売り手と買い手の間に中立的な第三者が入ることで、取引はより安全で確かなものになる。日本でもこれから、そうした仕組みが必ず求められる。先生は、その可能性を非常に強い熱量で語ってくださいました。当時その先生の事務所には、エスクロー関連の事業会社がありました。不動産取引が活発だったバブル期には、売買契約や権利移転に関わる一連の業務を大手企業からも依頼されるなど、先進的な取り組みをしていた会社です。しかし、バブルが弾けて不動産取引の件数が減るにつれて、そうした業務は各社が内製化するようになり、その結果、かつて大きく展開していたエスクロー関連事業は勢いを失っていました。先生からは、その事業を再興させたいという話を伺いました。「かつて先進的に取り組んでいたエスクローの仕組みを、もう一度日本で広げていく」という構想の大きさに引き込まれた私は、「自分もその第一人者になれるかもしれない」と感じて、その先生のもとに移ることにしました。ただ、実際に加わってみると、理想と現実の差に戸惑いました。過去の実績や大きな構想はあったものの、事業としてはもう一度ゼロから形にしていく段階であり、具体的な道筋はまだ見えていませんでした。エスクローの未来に可能性を感じる一方で、司法書士事務所として目の前の業務を優先する必要もあり、どう前に進めていくのかが分からない。その答えを探すなかで、先生と率直に議論したこともあります。結果として、私は1年でその場を離れることになりますが、エスクローの重要性と事業をつくる難しさを身をもって学ぶ、大きな経験になりました。「切り込み隊長」としての事業牽引と、経営者への転換<専門性・DX推進力・オペレーションセンターを強みとし、事業者を支援>一度はエスクローから離れたものの、成宮代表は不思議な縁に導かれるように再び同じ領域へ足を踏み入れる。「切り込み隊長」として事業を牽引し、営業から経営者へと視座を高めていった。成宮代表:その後転職したのは、大阪で不動産の事務代行を手がける会社でした。当時は新築マンションが次々と供給されていた時期で、販売が進む一方、その後の契約事務が追いつかない状況がありました。そうした業務を一手に引き受ける会社で、私は宅地建物取引士の資格を取得し、引き渡しまでの実務を担いました。そうした中で出会ったのが、現在の会長である本間です。当時、ある銀行が全国の住宅ローンに関する登記の事務を1カ所に集約し、専門事務から登記申請までを一括で引き受ける新規事業を立ち上げようとしていました。その現場で求められていたのが、「寝る間を惜しんで働ける若い人材」でした。事務代行だけを続けていては事業として広がりに欠けるという想いを私自身も抱いていましたから、迷わず手を挙げ、東京へ出ることを決めました。東京へ移ってあらためて感じたのは、自分はエスクローという領域に向き合う縁があるのだ、ということでした。一度は距離を置いたつもりでしたが、本間もまた、日本版のエスクローを実現しようとしていたのです。これは運命の巡り合わせなのだと受け止め、覚悟を決めました。事業の立ち上げ期でしたから、決まった仕組みなど何もありません。私は現場の責任者として業務を回しながら、新規のお客様を開拓し、サービスを設計していきました。何もないところに最初に飛び込み、道を切り拓いていく、切り込み隊長のような役割でした。転機となったのは、経営に向き合うようになってからです。営業本部長だった頃の私は、数字をつくることに意識が向いていましたが、本間からは「営業は得意でも、経営はそれとはまったく違う。視点を変えて学びなさい」と言われ続けていました。社長に就任してから、見える景色は大きく変わりました。営業だけを最優先にすればよいわけではありません。営業、業務、管理のいずれか一つに偏るのではなく、すべてを高い水準で保ちながらバランスを取らなければ、組織は回らないのだと実感しました。営業の第一線から、経営者へ。その視座の転換が、いま振り返っても大きな節目だったと感じています。前編では、専門業務を仕組み化する「BPaaS」という事業の独自性や、食品メーカーでの営業からエスクローという未知の領域へ飛び込んだ歩み、経営者へと視座を高めていった軌跡について、お話を伺いました。後編では、ミトラグループ株式会社 代表取締役社長 成宮正一郎氏に、「ミトラ」という社名に込めた想いや、社員を夢中にさせる組織づくり、社会インフラとしての地位確立に向けた今後の展望について、お話を伺っていきます。成宮正一郎/1977年生まれ。福岡県出身。大学卒業後、雪印乳業株式会社(現 雪印メグミルク株式会社)に入社。司法書士事務所、不動産事務代行会社を経て、2007年に前身の株式会社マザーズエスクローへ入社。2021年に代表取締役社長に就任。【会社概要】会社名ミトラグループ株式会社 (東証スタンダード)設立年2007年代表取締役社長成宮 正一郎事業内容【金融ソリューション事業、不動産ソリューション事業】業務受託、人材派遣、相続関連サービスクラウドシステム提供を含む各種支援サービス所在地東京本社東京都千代田区大手町二丁目2番1号 新大手町ビル4階