インタビュイー:NEXUSホールディングス株式会社 代表取締役社長 星野 万里様NEXUSグループは、パチンコホール「D’station」の運営を主力事業とする総合エンターテインメント企業グループである。1995年に群馬県沼田市で「D’station」の1号店を開設し、事業を拡大してきた。「D’station」を全国67店舗展開するほか、温浴施設、フィットネス、飲食、フェンシングクラブ、レーシングチーム運営など、人が集まり、楽しみ、時間を過ごす場を多角的に広げてきた。パチンコ業界全体が縮小傾向にあるなかでも、地域に根ざした店舗展開と業界の慣習を見直す取り組みによって、右肩上がりの成長を続けている。代表取締役社長を務める星野万里氏は、イギリス・ブリストル大学で政治・国際関係を学んだ後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院へ進学。帰国後は遊技機メーカーでパチンコ業界の実務経験を積み、2022年にNEXUSホールディングスへ入社した。2025年7月、創業30周年の節目に代表取締役社長へ就任している。前編では、NEXUSホールディングス株式会社 代表取締役社長 星野 万里氏に、パチンコ事業を核とした同社の事業展開や、海外で学びを深めた学生時代、そして父への感謝をきっかけに家業と向き合う決意を固めるまでの歩みについて、お話を伺った。NEXUSが挑むパチンコホールのイメージ改革パチンコホール業界を取り巻く環境が大きく変化するなか、D’stationは全国67店舗を展開し、成長を続けている。 星野社長:NEXUSグループ D’station株式会社は、関東を拠点に全国でパチンコホール「D’station」を展開するアミューズメント企業です。創業は1995年で、群馬県沼田市に1号店を出したところから始まりました。現在では全国に67店舗を展開し、昨年には創業30周年を迎えました。ただ、NEXUSグループの事業はパチンコホールの運営にとどまりません。フィットネス、温浴・レジャー、飲食、フェンシングなど、幅広い分野で事業を展開しています。さらに、SUPER GTに参戦するレーシングチーム「D’station Racing」の運営も手がけています。パチンコホール事業を基盤としながら、人々が集い、楽しみ、充実した時間を過ごせる場を多角的に創出してきたことが、当グループの特徴です。パチンコ業界は、1990年代後半以降、少子高齢化・コロナ禍などの影響を受け、市場環境が大きく変化しています。店舗数も変化し、若い世代を中心に余暇の過ごし方も多様化しました。そうした環境の変化のなかでも、当グループは2020年以降、10店舗以上を新たにオープンしています。店舗に足を運ぶ意味がこれまで以上に問われる時代だからこそ、従来のパチンコホールという枠にとどまらず、地域に根差し、誰もが安心して過ごせる場所であり続けることを大切にしています。当社の特徴のひとつは、業界の中でも早くから、パチンコホールに対する従来のイメージを変えようとしてきた点です。かつてのパチンコホールには、遊技だけを目的とした昔ながらの娯楽施設という印象がありました。当社では、そうした印象を払拭するため、全台への個室風パーテーションの設置をはじめ、広々とした休憩スペースや豊富なメニューをそろえた食事処などを整備してきました。お客さまが心地よく過ごせる空間をどうつくるかという視点は、これからのリアルな遊び場にとって欠かせないものだと感じています。地域の中で必要とされる場であり続けるには、何を変え、何を守るべきなのか。その問いに向き合い続けることが、当社の成長を支える土台になると考えています。海外で培った、常識を疑う視点<AIキャラクター「TSUMU//GI(つむぎ)」>政治哲学を学ぶためイギリスへ渡った星野社長。異なる文化や価値観に触れるなかで培った視点は、現在の経営判断にもつながっている。星野社長:私は、幼い頃から家業を継ぐことを前提に育てられたわけではありません。父から「会社を継いでほしい」と言われたことは一度もなく、両親は私がやりたいことを尊重し、後押ししてくれました。伯父の影響を受け、社会科学に関心を持つようになったのが大きな転機になりました。社会や政治、思想といった分野に触れるなかで、個人や組織の行動を生み出す背景や、社会を動かしている仕組みを深く考えることに面白さを感じるようになりました。そこから、本格的に政治哲学を学ぶため、イギリスのブリストル大学へ進学しました。その後は、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの大学院に進み、社会がどのような思想や制度によって成り立ち、人や組織がどのような前提のもとで意思決定をしているのかを学びました。海外での生活は、言葉や文化の違いもあり、決して楽なものではありませんでした。それでも、自分で選んだ環境のなかで試行錯誤しながら学び抜いた経験は、私にとって大きな財産になっています。日本の外に出たことで、自分にとっての常識が、必ずしもほかの国や社会でも常識とは限らないと気づきました。一つの価値観だけで物事を捉えるのではなく、異なる立場や前提から考える。その姿勢は、会社の慣習や業界のあり方を見直し、経営の意思決定を行ううえでも確かにつながっていると思います。研究者の道からビジネスへ。恩師の助言と父への感謝が家業と向き合うきっかけに研究者の道も考えていた星野社長だが、恩師の助言と父への感謝から家業と向き合う決意を固めていく。 星野社長:大学院を修了した時点では、すぐに家業へ入ろうと考えていたわけではありません。当時は博士号を取得し、研究者としてアカデミックの世界に進むことも選択肢のひとつでした。進路について周囲の教授に相談すると、研究の道を勧めてくださる方が多くいました。一方で、大学時代からお世話になり、私が最も尊敬していた恩師だけは、異なる意見を持っていました。私の家庭環境や家業について詳しく知っていたわけではありませんが、「君はビジネスの世界に進んだ方がいいのではないか」と言ってくれたのです。まずはビジネスの現場で経験を積み、それでも研究を続けたいと思うのであれば、その時点でアカデミックの世界に戻ることもできる。その言葉を受け、私は進路を研究の道からビジネスの世界へと切り替えました。就職活動では、コンサルティング会社をはじめ、さまざまな企業の選考を受けていました。しかし、将来について考えるなかで、次第に両親への感謝が強くなっていきました。私はそれまで、自分のやりたいことを自由に選び、海外で学ぶことも認めてもらってきました。特に父は、経営者として、本心では会社を継いでほしいという想いを持っていたのではないかと思います。それでも、その気持ちを表に出して私の進路を縛ることはなく、私自身の選択を尊重してくれました。自由に歩ませてもらったからこそ、今度は自分が家業と向き合い、父に恩返しをする番ではないか。そう考えるようになり、将来的に家業へ入り、会社を守っていく決意が固まりました。家業を継ぐことを義務として受け入れたのではなく、自分自身で選んだ道だったと思います。ただ、家業へ入る前に、まずはパチンコ業界の構造や現場を外部から学ぶ必要があると考えました。パチンコホール企業へ直接入社するのではなく、遊技機を供給するメーカー側から業界を見ることで、より広い視点を身につけられると思ったのです。そこで、大手遊技機メーカーに入社し、2年間勤務しました。担当したのは現場での営業です。販売商社を通じて取引していたホール企業に対し、メーカーとの直接取引を提案するため、各地を回って飛び込み営業にも取り組みました。当然、簡単な仕事ではありませんでした。しかし、遊技機がどのように販売され、メーカーや商社、ホール企業がどのような関係性のなかで事業を行っているのかを、現場で学ぶことができました。お客さまと直接向き合い、成果が出るまで諦めずに営業を続けた経験も、その後の仕事に生きています。大手遊技機メーカーで過ごした2年間は、家業へ入る前の修業期間だったと捉えています。業界をメーカー側から見た経験があったからこそ、NEXUSへ入社した際にも、自社のやり方を当然のものとして受け入れるのではなく、他社との違いや組織として整えるべき課題を客観的に捉えることができました。前編では、パチンコ事業を核とした同社の事業展開や、海外で学びを深めた学生時代、そして父への感謝をきっかけに家業と向き合う決意を固めるまでの歩みについて、お話を伺いました。後編では、パーカーユニフォームの導入や、年功序列を見直す評価制度改革、“近代経営”を通じてパチンコホール業界で存在感を高める展望について、お話を伺っていきます。星野 万里(ほしの ばんり)/1991年、群馬県沼田市生まれ。高校卒業までを地元で過ごしたのち、イギリスへ留学。ブリストル大学の政治・国際関係学部を首席で卒業。その後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院で社会科学を研究。大手遊技機メーカーを経て2022年、NEXUS入社。営業本部長代理を経て、2025年7月、代表取締役社長に就任。グローバルな視点で業界改革を牽引。【会社概要】会社名NEXUSホールディングス株式会社設立昭和30年5月16日代表取締役社長星野 万里事業内容アミューズメント事業フィットネス事業温浴・レジャー事業飲食事業フェンシング事業広告・販促・クリエイティブ事業所在地東京本社東京都港区芝二丁目7番17号 住友芝公園ビル9F高崎本社群馬県高崎市島野町212-1