インタビュイー:TGオクトパスエナジー株式会社 代表取締役社長 中村肇様TGオクトパスエナジー株式会社は、英国発のエネルギーテック企業「オクトパスエナジー」と東京ガスが共同で設立した電力小売事業者として、2021年に日本での事業を開始した。独自のテクノロジープラットフォーム「Kraken」を基盤に、実質再生可能エネルギー100%の電気を、利用者の生活スタイルに最適化した多彩な料金プランで提供している。電力切り替え時の不安や煩雑さをなくすため、カスタマーサポートは外部委託に頼らない完全内製化を採用。SNS・メール・ブログ・チャットなどデジタルコミュニケーションを駆使し、日常的に顧客とつながり続ける独自の体験価値を築いてきた。その親しみやすさと一貫した顧客志向は、特に若い世代から厚い支持を集めている。再エネ×テクノロジー×顧客体験を軸に、次世代型のエネルギーサービスを切り拓く同社。前編では、TGオクトパスエナジー株式会社・代表取締役社長・中村肇氏に、事業成長の源泉と急拡大フェーズを率いる組織論について話を伺った。差別化できない“電気”市場で、どう戦うのか。オクトパスエナジーの新しい勝ち方電気は品質の差が見えにくく、価格以外で違いが出しにくい商材である。その特性を前提に、オクトパスエナジーは“プランの多様性”を武器に市場に挑んでいる。中村社長: 電気という商材は、生活者の日常に極めて自然に組み込まれたインフラです。震災などの例外的な状況を除けば、電気が使えない状態を強く意識する場面は多くありません。その結果、電気そのものを「比較・選択の対象」として捉える必然性が生まれにくく、「電気を変えませんか?」という問いかけが、唐突な提案として受け取られてしまうことがあります。感覚的な差異が見えにくい商材であることに加え、安定供給が前提となっていること。この構造そのものが、電力会社のコミュニケーションを難しくしています。では、何を入り口にすれば、電気を“選ぶ理由”へと変えられるのか。私たちが辿り着いた答えは、生活者一人ひとりの“電気の使い方”に寄り添うことでした。電気の利用パターンは、想像以上に多様です。昼間に在宅される方、夜勤で生活リズムが逆転している方、家族構成、住環境、ペットの有無。同じ1kWhであっても、家庭によって価値の置かれ方はまったく違います。そこでオクトパスエナジーでは、従来の新電力では珍しい多メニューモデルを導入し、幅広いバリエーションの料金プランを設計してきました。これは単なる“プランの量産”ではなく、お客様が自分の生活と電気の関係性を見つけやすくするための“選択肢のデザイン”です。この多様性を可能にしているのが、オクトパスグループの心臓部である独自プラットフォーム 「Kraken」 です。電力小売に関わる顧客管理・請求処理・需要データの分析を一元化し、料金プランの作成や検証を驚くほど迅速に行える仕組みになっています。一般的な電力会社では、プランを増やすことがコスト・システム負荷の面で大きな制約になります。しかし、「Kraken」はその“重さ”を取り払い、柔軟性とスピードを市場の変化に対応するための武器にしているのです。テクノロジーによって、選択肢の幅そのものを企業の競争力に変えています。“電気は見えない。比べにくい。変えなくても困らない。”この難しい市場において、私たちはグリーン電気と多彩な料金設計を徹底して磨いてきました。そこに「Kraken」というテクノロジーの力を融合させて、お客様が自然に選びたくなる理由を形にしました。「電気の違いがわかる世界」をつくるのではなく、「お客様自身が“自分に合う電気”に出会える世界」をつくる。その発想の転換こそが、オクトパスエナジーの新しい勝ち方だと感じています。“めんどくさい”を越えてもらう。オクトパスエナジーの仕掛ける顧客体験電気の切り替えは、「面倒そう」「分かりにくい」という理由で後回しにされやすい領域である。実際の手続きは容易であっても、多くの生活者が抱えるこの心理的ハードルこそが、新電力にとって最大の壁となる。オクトパスエナジーは、SNSでの接点や友人紹介などの仕組みを重ねることで、“一歩踏み出してもらう瞬間”を丁寧につくり上げてきた。中村社長:電気の契約というのは、多くの方にとって“意識の外側”にあるものです。生活に必要不可欠であるにもかかわらず、「調べればお得になるのは分かっている。しかし、複雑で、失敗したら困る」という心理が働いてしまう。結果として、ほとんどの方が現状維持を選んでしまうのが実情です。私たちがまず向き合ったのは、この“煩雑さ”の正体でした。電力の切り替えは実際には数分で終わるほど簡単です。それでも動いてもらえないのは、「よく分からない」という曖昧な不安が積み重なっているからです。この心理的な壁をどうほどくか。ここに新電力の勝負どころがあると感じています。そのために意識しているのが、日常の中で自然に触れてもらえる導線づくりです。SNSやブログでの発信は、その代表例です。オクトパスエナジーがどんな価値観で、どんな姿勢で事業に向き合っているのかを、構えずに受け取っていただける。特にZ世代やアルファ世代の方々は、企業の広告よりも、周囲の口コミや評価を重視される傾向があります。日々の投稿やコンテンツが、「この会社なら安心かもしれない」という感覚につながっていきます。そしてもう一つ、私たちが大切にしているのが、人を介した納得感です。友達紹介プログラムはその象徴だと思っています。電気のような無形のサービスほど、信頼できる人からの一言が力を持ちます。「ここ、いいよ」と言われると、それだけで一歩を踏み出せるかもしれません。口コミは、デジタル広告よりもはるかに深い説得力を持っていると感じています。オクトパスエナジーでは、そうした身近な人の声が自然と広がる設計を大切にしてきました。電気は、日常の裏側に隠れがちな商材です。意識しなくても使えてしまうからこそ、「変えよう」と思うきっかけが生まれにくい。そこで私たちは、SNS、口コミ、紹介、そしてお問い合わせに対する、温かみのある寄り添いのサポート体制という、複数のタッチポイントを丁寧に組み合わせ、お客様が迷わず選べる状態をつくってきました。ほんの小さな後押しであっても、安心して切り替えていただければ、それが私たちにとって何よりの成果です。自由とスピードを武器に。中村社長が育てる組織のカタチ急成長する組織には、創業期とは異なる新しい景色が広がる。社員が100人規模へ拡大する中、オクトパスエナジーは、自由とスピードを基盤にした“ノールール”のカルチャーを次のステージへと進化させようとしている。中村社長:私たちの組織は、ここ数年で一気に100名規模へと広がりました。毎月のように仲間が増えていくのは本当に嬉しいことですが、創業期のように全員の顔と名前が自然に一致する時代は、もう過ぎたのだと実感しています。「あれ、この人初めて見るな……」という瞬間が増える一方で、それは成長の証でもあると考えています。組織が大きくなることは、こうした“景色の変化”を受け入れることなのだと思います。オクトパスグループには、「ノールール」という独自のカルチャーがあります。形式的な規程や承認フローに縛られず、個々が判断し、動き、成果を出す。オクトパスエナジーでも50人規模くらいまでは、この文化が驚くほど機能していました。意思決定は速く、情報が自然に行き交い、誰もがフラットに貢献できる。スタートアップならではの躍動感が、組織の隅々まで行き渡っていました。しかし、規模が100人に近づくにつれて、その前提が揺らぎ始めました。全員の動きが自然に見渡せる範囲を超えると、認識のずれが起こり、誰が何を担うのかが曖昧になる。創設期には確かに組織を加速させていた自由さが、組織の拡大とともに、摩擦へと変わる瞬間が出てきたのです。では、自由と組織運営をどう結びつけるのか。これは、今のフェーズを迎えた企業にとって、避けては通れないテーマです。ルールを増やせばスピードが落ち、大企業と同じ構造に近づいてしまう。しかしルールをつくらなければ、現場が迷い、動きが止まる。両極端を避けながら、どこに“最適なバランス”があるのか。その問いに向き合い続けることが、成長期のリーダーに求められる役割だと感じています。その中でも、私がどうしても守りたいものがあります。それはアジリティ、つまり意思決定の速さと柔軟性です。スタートアップが大企業に勝てる最大の武器は、この一点だと思っています。人数が増えると、人は無意識のうちに“安全に進められる仕組み”を求め始めます。すると手続きが増え、承認が増え、気づけばスピードが落ちていく。私はこの現象を何度も目にしてきましたし、これこそがスタートアップが避けたい“成長の副作用”だと考えています。だからこそ、私が今もっとも意識しているのは、“情報を開き続けること”です。経営層の中だけで判断を固めるのではなく、組織全体に情報を渡し、背景を共有し、意思を明確にする。できる限りオープンに話し、対話の場を増やし、シニアメンバーの力も借りながら、判断の軸を整えるよう努めています。自由とスピードを守りながら、規模に耐えうる新しい組織の形をつくる。その試行錯誤の真っただ中に立ち会えることは、リーダーとしての醍醐味だと感じています。前編では、オクトパスエナジーの事業成長の源泉と急拡大フェーズを率いる組織論についてお話を伺いました。後編では中村社長ご自身のご経験や、会社設立当時のエピソード、今後の展望についてお話を伺います。中村 肇/1991年3月、東京大学 工学部卒業。同年4月、東京ガス株式会社に入社。事業革新プロジェクト部デジタルマーケティンググループで電力販売事業立ち上げの陣頭指揮を執る。料金設定、プロモーション、請求システム構築まですべてを同時並行で進め、事業革新の一環としてデジタルマーケティング部門、価値創造部門をリードした経験を持つ。2021年2月よりTGオクトパスエナジー株式会社 代表取締役社長に就任、現在に至る。【会社概要】会社名TGオクトパスエナジー株式会社設立2021年1月代表取締役社長中村肇事業内容電力小売事業所在地東京都港区六本木1-4-5 アークヒルズサウスタワー18階サイトURLhttps://octopusenergy.co.jp/