インタビュイー:TGオクトパスエナジー株式会社 代表取締役社長 中村肇様TGオクトパスエナジー株式会社は、英国発のエネルギーテック企業「オクトパスエナジー」と東京ガスが共同で設立した電力小売事業者として、2021年に日本での事業を開始した。独自のテクノロジープラットフォーム「Kraken」を基盤に、実質再生可能エネルギー100%の電気を、利用者の生活スタイルに最適化した多彩な料金プランで提供している。電力切り替え時の不安や煩雑さをなくすため、カスタマーサポートは外部委託に頼らない完全内製化を採用。SNS・メール・ブログ・チャットなどデジタルコミュニケーションを駆使し、日常的に顧客とつながり続ける独自の体験価値を築いてきた。その親しみやすさと一貫した顧客志向は、特に若い世代から厚い支持を集めている。再エネ×テクノロジー×顧客体験を軸に、次世代型のエネルギーサービスを切り拓く同社。後編では、TGオクトパスエナジー株式会社・代表取締役社長・中村肇氏に、中村社長ご自身のご経験や、会社設立までのエピソード、今後の展望についてお話を伺った。ガス一筋から、新しいエネルギーの世界へ。電力自由化が中村社長に与えた転機三十年近く東京ガスでガス事業に携わってきた中村社長にとって、電力は本来接点のない領域であった。しかし、2016年の電力全面自由化がそのキャリアに大きな変化をもたらす。東京ガスの電力事業立ち上げを任された経験は、エネルギーの未来を捉える視野を広げ、後の新たな挑戦へとつながる素地を築いていった。中村社長:私は東京ガスで約三十年間、ガス事業だけに取り組んできました。入社して以来、エネルギーといえばガス。その世界で専門性を磨き、キャリアを積み上げていくことが正道だと信じていました。電力のビジネスに深く関わる未来など、正直なところ、まったく想像していなかったんです。それを大きく覆したのが、2016年の電力全面自由化でした。ガス会社として電力に参入する方針が決まり、東京ガスは新しい市場に挑むことになった。私はその立ち上げメンバーに選ばれ、これまでのキャリアとはまったく異なる仕事を任されることになりました。当時の私は電力の専門家ではありません。制度、調達、市場の仕組み。どれも手探りで、自由化直後の市場は混沌としていました。ガス事業とは異なる競争原理が動き、意思決定のスピードも求められ、失敗の余地も許されない。文字通りゼロから学びながら前へ進む日々でしたが、その緊張感がむしろ新鮮で、未知の領域に挑む面白さを強く感じていました。前例のない事業を立ち上げるというのは、スピードと判断の積み重ねです。組織の中に答えはなく、自分たちで答えをつくっていくしかない。その状況の中で、生まれたばかりの電力事業が少しずつ形になり、東京ガスの電気を使ってくださるお客様が増えていく。その過程を間近で見られたことは、私にとって非常に大きな経験となりました。“ガス会社の人間”という枠の外側に、エネルギービジネスの広がりがあるのだと実感し始めたのも、この頃です。自由化をきっかけに電力の世界に踏み出したことで、私はエネルギー産業が大きく変わる可能性を肌で感じるようになりました。ガスと電気が同じ土俵に立ち、再生可能エネルギーの流れが加速し、テクノロジーが事業構造そのものを変えていく。自分がこれまで見てきた世界とは全く異なるダイナミズムがそこにはあり、エネルギーの未来をどう捉えるべきかを真剣に考えるきっかけになりました。振り返ると、電力自由化は私にとってキャリアの“第二章”を切り開く出来事でした。ガス一筋だった人間が、新しい市場に飛び込み、事業を立ち上げ、エネルギーの未来を思索するようになる。そんな変化は、当時の自分は想像さえしていませんでした。しかし、その挑戦が次のステージへと向かう視野を与えてくれた。今の私を形作った重要な転機だったと、改めて感じています。画面越しの対話から。偶然がつないだ合弁への道オクトパスエナジーとの提携交渉は、コロナ禍で世界が閉ざされる中で始まった。渡航も面会も叶わず、すべてがオンライン。それでも、中村社長は創業メンバーのビジョンと熱量に強く惹かれ、提携するべき相手だと確信していく。中村社長:英国のオクトパスエナジーとの協議が動き始めたのは、2020年の春のことでした。しかしその直後、世界はコロナ禍にのみ込まれ、ロックダウンと渡航規制が同時に進みました。「まずは一度会って話をする」という当たり前のステップすら踏めない。提携交渉としては異例の状況からのスタートでした。実際、私は創業メンバーの誰とも一度も対面したことがありませんでした。画面越しに映る相手と、合弁会社という大きな枠組みを形にしていく。これはそれまでのキャリアの中でも全く経験のないプロセスでした。しかし、画面越しでも彼らの魅力はしっかりと伝わってきました。特にCEOのグレッグ・ジャクソン氏は印象的でした。エネルギー事業の専門家ではないものの、いくつものスタートアップを成功に導いてきた起業家としての洞察力と、何より「未来をどう変えたいのか」を語る力が圧倒的でした。話を聞いていると、自然と視野が開けていく感覚があり、「この人となら未来を描ける」と思わせる稀有なリーダーでした。実のところ、この出会いの裏側にはいくつもの偶然がありました。コロナ前、東京ガスの笹山(現社長)がロンドンでたまたまオクトパスエナジーのメンバーと会っていたこと。あのタイミングが一か月遅ければ、ロックダウンで接点そのものが生まれなかった。事業というのは、計画や戦略だけで動くのではなく、偶然の積み重ねが流れをつくることがある。そのことを改めて思い知らされた瞬間でした。交渉は九か月に及びました。こちらが夕方、向こうが朝という時差の中で、オンライン会議が延々と続きました。それでも、毎回の議論を重ねるほどに、「この会社と組むべきだ」という確信は深まっていきました。対面できなかったことが障害になるどころか、むしろ画面越しの対話が、彼らの熱量と誠実さを浮き彫りにしていったように思います。プロジェクトが最終段階に差しかかったとき、東京ガスから「この会社を中村に託したい」と伝えられました。海外スタートアップとの合弁事業を率いるなど、以前の私には想像もつかなかったことです。それでも彼らと一緒に未来をつくりたいという気持ちが勝り、私は代表を引き受ける決意を固めました。いま振り返っても、あの九か月は特別な時間でした。顔を合わせられない不安は確かにありましたが、それ以上にオンライン越しに伝わる熱量がありました。偶然が連鎖し、必然へと変わっていくプロセスを目の当たりにし、この出会いがなければオクトパスエナジーは生まれなかったと、今でも強く思っています。再エネを“使い切る”社会へ。未来のエネルギーをデザインする挑戦再生可能エネルギーの導入が進む日本において、必要なのは単なる供給量の拡大ではなく、生活者が自然なかたちで再エネを使える仕組みづくりである。オクトパスエナジーは、料金設計や価格シグナルを通じて再エネの活用を促し、環境との共生を図りながら、脱炭素社会の実現に寄与する未来を描いている。中村社長:日本のエネルギー構造を大きな視点で捉えると、一次エネルギーの八割以上を依然として化石燃料に頼っている状況があります。先進国の中でも高い比率であり、気候変動やエネルギー安全保障を考えても、この構造を変えていくことは避けて通れません。三十年以上エネルギー事業に携わってきた者として、ここを転換することこそが日本社会にとっての大きな使命だと強く感じています。とはいえ、再生可能エネルギーは増やしさえすれば良いという単純な話ではありません。導入が急増した結果、日中に太陽光を大量に発電しても需要が追いつかず、本来なら社会に届けられるはずの電気が捨てられてしまうという事象も起きています。これは資源面でも環境面でも本当に惜しいことで、再エネとの共生を考えるうえでも見過ごしてはならない課題です。だからこそ私は、「どれだけ再エネを増やすか」だけでなく、「どうすれば再エネを無駄なく使い切れる社会を実現できるのか」という視点が欠かせないと考えています。その鍵となるのが、料金設計です。 日中の太陽光が潤沢にある時間帯に電気を使うほどお得になる仕組みをつくれば、生活者は無理をせず自然な形で再エネを多く使う行動を選ぶようになります。再エネの価値を価格にきちんと反映させ、行動経済学的な視点で“環境に良い選択が生活者にとっても合理的”になるように設計する。これが、私たちが目指す未来のエネルギー社会のあり方です。さらに、英国本社が進めている光熱費ゼロ住宅の取り組みは、生活者の視点からエネルギーのあり方を再設計する挑戦です。蓄電池と最適なエネルギーマネジメントを組み合わせ、家庭の光熱費を十年、二十年という長期にわたり実質ゼロにしていく発想は、従来のエネルギー企業の枠を超えたものだと言えます。一方、日本においては、こうした思想を踏まえつつ、CO₂排出削減と家計負担の軽減を同時に実現する「グリーン&ゼロハウス」という形で展開が進められています。電気を売る側でありながら、「暮らしにとって何が最適か」という視点から価値を設計していく。その姿勢こそが、これからのエネルギー企業に求められる役割だと感じています。そして究極的に目指すのは、脱炭素社会・持続可能な社会の実現です。再エネを特別なものとしてではなく、自然に使える仕組みとして社会に組み込みながら、環境への負荷と生活者の負担を同時に減らしていく。エネルギーをもっと身近に、もっと合理的に、もっと持続可能なものへ。その未来づくりの一端を担う企業でありたいと、心から思っています。インタビュー後記今回は、TGオクトパスエナジー株式会社 代表取締役社長の中村肇様にお話を伺いました。「電気はあって当たり前」という前提から出発し、その常識そのものをどう問い直すのか。事業、顧客体験、組織づくり、そしてエネルギーの未来まで、一貫して感じられたのは“生活者の視点に立ち続ける”という強い意思でした。電気を売るのではなく、暮らしの最適解を考える。その発想の転換が、これからのエネルギー企業の役割を大きく変えていくのだと学ばせていただきました。中村 肇/1991年3月、東京大学 工学部卒業。同年4月、東京ガス株式会社に入社。事業革新プロジェクト部デジタルマーケティンググループで電力販売事業立ち上げの陣頭指揮を執る。料金設定、プロモーション、請求システム構築まですべてを同時並行で進め、事業革新の一環としてデジタルマーケティング部門、価値創造部門をリードした経験を持つ。2021年2月よりTGオクトパスエナジー株式会社 代表取締役社長に就任、現在に至る。【会社概要】会社名TGオクトパスエナジー株式会社設立2021年1月代表取締役社長中村肇事業内容電力小売事業所在地東京都港区六本木1-4-5 アークヒルズサウスタワー18階サイトURLhttps://octopusenergy.co.jp/