インタビュイー:エス・エー・エス株式会社 代表取締役 青山秀一様エス・エー・エス株式会社は、1995年の創業以来、金融・流通・クレジット領域を中心とするSI事業を基盤に、クラウド事業、文教事業、教育研修事業を展開してきたIT企業である。SI事業では、システムの設計・開発から運用・保守までを一貫して担い、顧客の業務に深く入り込みながら、長期的な信頼関係を築いてきた。また、勤怠管理システム「勤労の獅子」や経費精算システム「経費の獅子」、Web給与明細システムなど、バックオフィス領域のSaaSも提供し、SIとクラウドを両輪とする事業基盤を構築している。代表取締役を務める青山秀一氏は、家族が事業を営む環境で育ち、幼い頃から経営を身近なものとして捉えてきた。高校卒業後は料理人として社会に出たが、自らの適性と将来を見つめ直し、19歳で当時成長途上にあったIT業界へ転身。エンジニア、個人事業主として技術と信頼を積み重ね、28歳だった1995年に同社を設立した。その根底にあるのは、『すべては笑顔のために』という使命(ミッション)である。お客さま、社員、その家族へと笑顔を広げることを経営の目的に据え、事業の成長によって得た成果を人へ還元する組織づくりを進めている。さらに、この考え方をブランドコンセプト『Make IT Smile. 社会に笑顔を実装するスマイルテック・カンパニー』として掲げ、テクノロジーで社会に笑顔を実装することを目指している。前編では、エス・エー・エス株式会社 代表取締役 青山秀一氏に、SIとSaaSの二軸経営や19歳でのIT業界への転身、創業を後押しした信頼関係について、お話を伺った。SIとSaaSの両輪で築く、顧客と長く伴走する事業基盤はじめに、エス・エー・エス株式会社の事業内容について、お話を伺った。青山代表:当社の事業は、金融・流通・クレジット領域を中心としたSI(システムインテグレーション)事業、勤怠管理や経費精算などを提供するクラウド事業、都立高校など教育機関向けの文教事業、IT人材育成を支援する教育研修事業の4つに分かれています。なかでも、現在の事業基盤を支える大きな柱となっているのが、SI事業とクラウド事業です。SI事業では、金融・流通・クレジットなど生活に密接に関わる領域を中心に、システムの設計・開発・運用・保守までを手がけています。お客さまごとに異なる業務や課題を理解したうえで、必要なシステムをつくり、導入後も事業や業務の変化に合わせて育てていく。案件によっては、上流のコンサルティングや企画の段階から関わることもあります。一般的な大規模案件では、設計・開発・運用・保守などを複数の会社が分担するケースも少なくありません。そのなかで当社は、上流から下流まで一貫して対応できる体制を強みとしてきました。特定の工程だけを担うのではなく、お客さまの業務を深く理解し、必要な工程を総合的に支える。導入して終わるのではなく、その後もお客さまと一緒にシステムを育てていく姿勢が、長期的な信頼関係につながっているのだと思います。一方で、当社はSI事業だけで成長してきた会社ではありません。もう1つの柱として、勤怠管理システム「勤労の獅子」をはじめ、経費精算システム「経費の獅子」やWeb給与明細システムなど、バックオフィス領域のサービスをSaaSモデルで提供するクラウド事業を展開しています。SI事業とクラウド事業は、同じIT領域にありながら、ビジネスの成り立ちは大きく異なります。SI事業は、お客さまごとの課題に合わせてシステムを構築し、価値を提供する仕事です。一方のクラウド事業では、自分たちでサービスを企画・開発し、その価値を市場へ伝え、導入から継続利用まで支えていかなければなりません。サービスの認知を広げるマーケティングや営業、導入支援、利用開始後のフォローまで、事業を成長させるために求められる機能も異なります。それでも当社がクラウド事業に取り組んできたのは、SI事業を通じて培った業務への理解を、自社サービスとして形にできると考えたからです。長年にわたりお客さまの現場に入り込んできたからこそ、バックオフィス業務でどのような機能や支援が本当に求められているのかが見えてきます。SI事業で積み重ねてきた知見は、クラウドサービスの開発や改善にも確実に生かされています。SI事業を通じてお客さまの業務を深く理解し、そこで得た知見をクラウド事業へとつなげていく。さらに、文教事業では教育機関のICT環境を支え、教育研修事業ではこれからのIT業界を担う人材を育てていく。当社の4つの事業は、一見すると異なる領域に分かれているように見えますが、その根底にある考え方は共通しています。それは、お客さまの現場に入り込み、課題を理解したうえで必要な仕組みをつくり、導入後も長く支え続けることです。この姿勢を創業以来大切にしてきたからこそ、環境の変化に対応しながら、安定した事業基盤を築いてこられたのだと思います。実際に当社は、創業以来一度も赤字を出したことがなく、無借金経営を続けてきました。特定の事業や案件に依存しない体制と健全な財務基盤が、環境の変化に左右されにくい経営を支えています。料理人を離れ、IT業界へ。独立を見据えたキャリア選択<DX代行サービス「まるマルDX」>高校卒業後、料理人として社会に出た青山代表は、19歳で成長途上にあったIT業界へ転身した。その選択の根底にあったのは、将来の独立から逆算し、自らに必要な経験と力を積み重ねていく姿勢だった。青山代表:家族が事業を営んでいたこともあり、私自身もいずれは経営者になるのだろうという感覚を持って社会に出ました。ただ、最初からIT業界を志していたわけではありません。高校卒業後は、料理人として働き始めました。兄が料理人だったこともあって、飲食業には自分の店を持ち、独立しやすいイメージがあったからです。いずれ自分で事業を始めるなら、料理の道も選択肢の一つになると考えていました。一方、実際に働くなかで、自分の適性や将来について冷静に見つめ直すようになりました。料理は、味覚や感覚を研ぎ澄ましながら技術を磨き続ける世界です。そのなかで、自分が長く力を発揮し、勝負していける仕事なのかを考えるようになりました。当時勤めていた会社では、冷凍食品を扱う機会も増えていました。この環境のままでは、独立するために必要な料理の技術を十分に磨き切れないのではないかという想いもありました。経営者になるという目標は変わりませんでしたが、そのために選ぶ仕事は料理でなくてもよいのではないかと考え始めたのです。転機となったのは、地元の先輩との再会でした。その方がコンピューターやソフトウェアに関するさまざまな仕事を手がけており、話を聞くなかで、これからの時代に必要とされる業界だと感じました。当時は、まだ「IT業界」という言葉よりも、「コンピューター業界」や「ソフトウェア業界」という呼び方が一般的だった時代です。これから仕事は増えていく一方で、それを担う人材は不足していると聞いて、ここには大きな可能性があると感じました。独立を目指すうえでも、成長が見込まれる業界で専門的な技術と経験を身につけることには意味があると考え、19歳でIT業界へ飛び込みました。私はもともと、10年以内には会社を立ち上げたいという目標を持っていました。実際に研修を受けてみると、教わった内容が自然と頭に入り、自分に向いているという手応えも感じました。できるかどうかを考え続けるよりも、まずやると決め、そのために必要な力を身につけていく。将来の独立という目標から逆算し、いま何を学ぶべきかを考えながら歩んできたのだと思います。技術と人のつながりを土台に。現場の信頼から生まれた創業個人事業主として現場に立ち、技術だけでなく、人との信頼を積み重ねてきた青山代表。その姿を間近で見ていた取引先企業の社長のひと言が、創業への背中を押した。青山代表:個人事業主として働いていた頃は、お客さまの現場に入り、エンジニアとしてさまざまなプロジェクトに携わっていました。そこで大切にしていたのは、技術を磨くだけではありません。お客さまや、ともに働く方々と誠実に向き合い、信頼関係を築くことにも力を注いでいました。一つひとつの仕事に真摯に取り組み、期待に応えていくと、次の案件や新たな役割を任せていただけるようになります。振り返ると、創業前から培ってきた技術と人とのつながりが、そのまま後の事業基盤になっていたのだと思います。大きな転機となったのが、個人事業主として契約していた取引先企業の社長との出会いです。その方には、経営について多くのことを教えていただきました。食事やゴルフに同行する機会もあり、会社の中で起きていることや、経営者が何を見て、どのような基準で判断しているのかを、近い距離で学ばせていただきました。その会社では、エンジニアとして開発を担うだけでなく、案件の拡大やプロジェクトメンバーの増員、新人の育成にも関わるようになりました。契約上の役割にとどまらず、事業や組織を支える存在として期待していただいていたのだと思います。やがて、私の周囲には「一緒に働きたい」と言ってくれる人が集まるようになりました。しかし、当時の私はまだ会社を持っていなかったため、そうした方々を自分のクライアントや関係のある会社へ紹介していました。その様子を見ていた取引先企業の社長から、「それなら、自分で会社をつくればいい」と声をかけていただきました。すでに仕事が広がり、人も集まり始めているのであれば、自ら会社という受け皿をつくった方がよいのではないかと背中を押してくださったのです。さらに、創業後はその会社の案件を受ける形で始めればよいとも言っていただきました。ほかにも仕事につながる関係ができていたため、会社を立ち上げる時点で、営業面に大きな不安はありませんでした。何もないところから事業を始めたのではなく、現場で積み重ねてきた実績と信頼が、すでに創業の土台として形になっていたのです。そして1995年、28歳でエス・エー・エスを設立しました。これまで培ってきた技術と人とのつながりを土台に、信頼してくださるお客さまの期待に、一つひとつ応えていく。その積み重ねが、当社の創業期を支えてくれました。前編では、SIとSaaSの両輪で築く事業基盤や、料理人からIT業界へ転身した背景、現場で培った技術と信頼を土台とする創業について、お話を伺いました。後編では、クラウド事業を育ててきた歩みや社員とその家族を大切にする組織づくり、AI時代を見据えた事業転換について、お話を伺っていきます。青山 秀一/1966年11月東京都生まれ。主に銀行・生保・クレジットなど金融業、コンビニ・スーパーなど流通業のプロジェクトに従事し、1995年10月にエス・エー・エス設立。現職。大手企業向けのソリューションサービス事業を柱に、2010年よりクラウドサービス事業を立ち上げ。コンプライアンスとエコ、ライフワークバランス、SDGsを推進し、業界一の笑顔満載の福利厚生を目指している。【会社概要】会社名エス・エー・エス株式会社設立年1995年代表取締役青山 秀一事業内容金融・流通・クレジット業務を中心としたシステム構築およびコンサルティングバックオフィス業務支援のクラウドサービス等の提供およびコンサルティング文教向けソリューションの提供多様なテーマに適応したカスタマイズ研修サービスの提供所在地東京都港区三田三丁目4番10号4F(リーラヒジリザカビル)