インタビュイー:株式会社スタートアップクラス 代表取締役社長 藤岡清高様スタートアップへの転職がこの2年で約5割増加するなど、日本でもキャリアの選択肢としてスタートアップが注目され始めている。そんな時代の中で、「次の100年を照らす、100社を創出する。」をビジョンに掲げ、スタートアップ企業と人材をつなぐ採用プラットフォームを展開しているのが株式会社スタートアップクラスである。同社は前身であるスタートアップ専門の人材紹介会社「アマテラス」として創業し、現在はプラットフォーム事業へと進化。起業家の挑戦を支え、挑戦する意思によって集まる新しいキャリアの“階級”をつくることを目指している。同社を率いるのが代表取締役社長の藤岡清高氏だ。藤岡氏は銀行勤務を経て、慶應大学ビジネススクールでMBAを自費取得。その後ドリームインキュベータでの経験を通じて、スタートアップの採用課題に向き合い、アマテラスを創業した。その原点にあるのは、起業家と関わって仕事をしたい、そして起業家を支えたいという想いである。本編では、株式会社スタートアップクラス代表取締役社長の藤岡清高氏に、同氏のキャリアの原点やアマテラス創業期についてお話を伺った。社会を変える経営者のそばで働きたい—藤岡代表のキャリアの原点藤岡代表が起業家や社会を変える事業に関心を持つようになった背景には、幼少期の家庭環境がある。父は創業期のファナックで働くエンジニアだった。そうした影響の中で芽生えた想いは、やがてキャリアの軸となっていく。藤岡代表:私は起業家や社会を変える事業に昔から関心を持っていました。その原点には父の影響があります。父はエンジニアとして富士通に勤務していましたが、その後、社内ベンチャーとして始まった創業期のファナックの初期メンバーとして働くことになりました。家では、会社や社長の話がよく出ていました。父はファナック創業者の稲葉清右衛門さんのことをとても尊敬していて、その姿勢は家庭での会話にも自然と表れていました。私の清高の清という名前もファナック創業者の名前(清右衛門)から一文字もらったほどです。日本から世界に通用する技術を生み出すことや、企業が世界市場に挑戦していくことの意味について語ることも多く、そうした話を子どもの頃から耳にしていた記憶があります。そうした環境の中で、社会を変える経営者に関わる仕事をしたいと、漠然と思うようになりました。大学時代は、体育会サッカー部での活動に明け暮れていて、まじめに授業に出るタイプではなかったのですが、時間を見つけては大学の図書館で過ごしていました。気がつくと手に取っていたのは起業家や経営者の本ばかりでした。社会に新しい価値を生み出して、既存の仕組みを変えていく人たちの話に強く惹かれていたのだと思います。就職活動の時期になると、経営者に近い立場で仕事ができる環境に身を置きたいという軸が次第に明確になっていきました。その中で選択したのが銀行でした。金融の知識を身につけることで、若いうちから企業経営に関わり、経営者と向き合う仕事につながるのではないかと考えたためです。しかし、実際に銀行で働き始めると、自分が思い描いていた仕事との間に大きなギャップがあることに気づきました。若手のうちは経営者と直接向き合う機会はほとんどなく、組織の中で長い時間をかけて経験を積んでいくことが求められます。上司からは「経営者と対等に向き合う仕事ができるようになるのは三十歳を過ぎてからだ。もっとかかるかもしれない。まぁじっくり待ちなさい。」と言われました。その言葉を聞いたとき、そんなに待っていられない、と直感的に想い、自分のキャリアについて改めて考えるようになりました。経営者や起業家に関わる仕事を志して銀行に入ったものの、その機会が訪れるまで長い時間を待つ必要があるという現実に直面したからです。社会を変える挑戦をする人々のそばで働きたい。その想いは、この頃からより強く、はっきりとしたものになっていきました。そしてこの葛藤が、後に私のキャリアを大きく動かすことになります。MBAとドリームインキュベータ─自己実現への転機銀行での葛藤をきっかけに、藤岡氏は自らのスキルを磨くためMBAへの進学を決意する。慶應ビジネススクールでの学びと起業家との出会いを通じて、藤岡氏は自らの進むべき道を見出していく。そしてその先に待っていたのが、起業家支援の最前線だった。藤岡代表:経営者と関わりながら仕事をしたいという自分の想いと、それを実現できない銀行の環境とのギャップに苦悩していた頃、出会ったのがMBAでした。当時の私には、別の道に飛び込むだけのスキルがあるとは思えませんでした。何のスキルもないまま飛び込んでも、きっと通用しない。だからこそ、一度しっかりと学び直そうと考えたのです。そして慶應大学ビジネススクール(KBS)を志望しました。そこから受験に向けた勉強を本格的に始めました。銀行で働きながら、帰りの電車では英字新聞を読み、週末は図書館にこもる生活です。銀行にも社費でMBAに進学する制度はありましたが、利用には5年の勤務が必要で、当時の私はまだ条件を満たしていませんでした。だからこそ、自費で進学する道を選び、KBS合格後に銀行を退職する決断をしました。KBSに進学してからは、自分の軸が明確に定まっていきました。起業や経営を体系的に学べたことも大きかったですが、それ以上に、起業家やベンチャー企業に近い人たちと出会えたことが大きかったと思います。KBSのある授業では倒産した経営者が失敗を語る機会がありました。自分は事業に失敗したら全てを失い、路頭に迷うものだと思っていたのですが、その人はとても魅力的で、エネルギッシュでした。「夢を持ち、挑戦することが大事だ。失敗しても元気であれば何でもできる。何度も立ち上がればよい」という話をしていたのは衝撃的でした。本当の失敗とは、事業の失敗ではなく、挑戦しないことだとその時に思いました。友人のベンチャーでインターンをする機会もあり、そこで「自分が本当に関わりたいのはこの世界だ」とはっきり自覚しました。MBA修了後に進んだのが、日本からソニー・ホンダを100社創出する、というビジョンを掲げ、ベンチャーインキュベーションを行うドリームインキュベータ(DI)です。スタートアップ経営者や成長企業に深く入り込み、事業の現場で支援できる環境に身を置きたいと思ったからです。またDI自体も創設間もなく、以前から書籍を読み、あこがれていた創業者の堀紘一の近くで仕事が出来るチャンスだと思ったからです。当時のDIは、ロジックや経歴だけではなく、起業家の懐に入り込める「人間力」を重視する採用へと変化していた時期でもありました。振り返ると、そこに自分はうまくはまったのだと思います。銀行出身ではありますが、私は昔からスマートに振る舞うタイプではなく、どちらかといえば泥臭く人の中に入っていくタイプでした。相手の話を聞き、信頼を得ながら関係を築いていく。その資質が、当時のDIが求めていた人物像と重なったのではないかと思います。実際に入社して、起業家に寄り添って仕事ができる毎日は大きな刺激に満ちていました。経営の現場に深く入り込んでいく中である投資先の社長からは「お前は経営をしたことがない。MBAで得た浅い知識で何ができる。スタートアップを舐めるな!」と言われたこともありました。そんな風に起業家達に直接鍛えられながら、起業家が苦しむ姿を目の当たりにし、スタートアップ企業が成長していくプロセスを間近で見ることができたからです。私はそこで、ようやく「こういう仕事がしたかったのだ」と実感しました。一方で、起業家の近くで仕事をすればするほど、ある共通の悩みが見えてきました。多くの経営者が口にしていたのが、採用と組織の問題でした。事業の可能性があっても、人が採れない。そこにスタートアップ経営の大きな壁があることを知ったのです。この原体験が、後に私が創業する事業の原点になりました。ドリームインキュベータと慶應大学ビジネススクールのネットワークから生まれたアマテラスDIで起業家のすぐそばで仕事をする中で、藤岡氏はスタートアップ経営の現実を目の当たりにする。事業戦略や資金調達以上に多かったのが、人材に関する相談だった。多くの経営者が苦しんでいた採用の課題。その現実が、後に藤岡氏が創業する事業の出発点となる。藤岡代表:DIで起業家のすぐそばで仕事をするようになると、私のもとにはさまざまな相談が寄せられるようになりました。事業戦略や資金調達の話ももちろんありましたが、それ以上に多かったのが「人材」に関する相談でした。多くのスタートアップ経営者が、「いい人材が採れない」「幹部候補が見つからない」と悩んでいたのです。事業のアイデアや技術があっても、仲間が集まらなければ会社は成長しません。実際には、スタートアップ経営者にとって資金よりも人材の課題の方が深刻だと確信しました。こうした原体験から、次第に「スタートアップ企業の採用課題を解決することに、もっと本格的に取り組みたい」という想いが強くなっていきました。DIでの仕事には大きなやりがいがありましたが、そこで得た学びやネットワークを生かしながら、スタートアップの挑戦を人材の面から支えたい。その想いが、私が新たな挑戦へと踏み出すきっかけになりました。実は、DIを離れる際、尊敬していた会長の堀紘一氏と社長の山川隆義氏から「お前は人材ビジネスに向いている」という言葉をかけていただきました。支援先の社長にかわいがっていただくことも多く、投資先同士をつなげてアライアンスを実現することもあり、人と人をつなぐ役割を評価してくださっていたのだと思います。スタートアップ企業が採用で苦しんでいる現実を間近で見ていたこともあり、その言葉は強く心に残りました。尊敬する二人から背中を押していただいたこともあり、私はスタートアップ向けの人材ビジネスを立ち上げることを決意します。こうして創業したのが、スタートアップ専門の人材紹介エージェント「アマテラス」です。ただ、人材ビジネスは企業と求職者の両方がそろって初めて成立します。企業側のニーズはDI時代のネットワークがありましたが、求職者側のネットワークはゼロからのスタートでした。そこで頼ったのが、KBSのネットワークです。MBAの卒業生の中には、スタートアップで働くことに関心を持つ人が一定数いると考えました。母校に相談し、「スタートアップに挑戦したい卒業生がいれば紹介してほしい」と声をかけたところ、大学側も積極的に協力してくれました。KBSでは、卒業生向けにベンチャーで働くことをテーマとしたイベントも開催してくれました。スタートアップというキャリアの選択肢を紹介する場を設けてもらったことで、多くのMBA人材が登録してくれるようになったのです。その実績をきっかけに、他のMBAプログラムを実施する大学でも同様の取り組みを行うようになりました。KBSで実績ができたことで、「うちでもやってほしい」という声が広がり、MBAコミュニティ全体へとネットワークが広がっていきました。こうして少しずつスタートアップ企業と挑戦する人材のマッチングが生まれるようになりました。ただ、私の中には当初からもう一つの構想がありました。それは、人材紹介という形ではなく、スタートアップと人材が直接出会える仕組み、つまりプラットフォームをつくることでした。この構想が、後に事業の大きな転機へとつながっていきます。前編では、藤岡氏のキャリアの原点やアマテラス創業期について、お話を伺った。後編では、プラットフォーム開発の裏側や社名変更の背景、今後の展望について、お話を伺っていく。藤岡清高/東京都立大学経済学部卒業後、新卒で住友銀行(現三井住友銀行)に入行。法人営業などに従事。慶應義塾大学大学院経営管理研究科を修了、MBAを取得。2004年、株式会社ドリームインキュベータに参画し、スタートアップへの投資(ベンチャーキャピタル)に携わる。1200社以上のスタートアップ経営者に提言をする中で、起業家が「採用」に苦労していることを知り、それを解決すべく、2011年に株式会社アマテラス(現スタートアップクラス)を創業。志ある起業家とスタートアップ参画希望者との出会いを創出することで、スタートアップ企業の成長を支援。【会社概要】会社名株式会社スタートアップクラス代表取締役社長藤岡清高事業内容スタートアップにコアメンバーとして参画するための転職・副業サイト『スタクラ』の運営キャリア女性のための時短転職サイト『ママテラス』の運営所在地東京本社東京都目黒区三田1-12-26 Ebisu Borg 101