インタビュイー:株式会社スリーハイ 代表取締役 男澤 誠 様1987年に創業し、産業用ヒーターの専門メーカーとして歩みを続けてきた株式会社スリーハイ。同社は、シリコーンラバーヒーターをはじめとする産業用ヒーターの製造を通じて、鉄道・楽器・食品・医療・動物福祉など多様な産業の現場を支えてきた。イラストを用いた用途提案、現場に足を運ぶ営業姿勢、オーダーメイド対応力といった独自の強みは、創業者が掲げた「HIGH TECH」「HIGH TOUCH」「HIGH FASHION」の三つの想いに根ざしている。長年にわたり“熱の困りごと”に向き合ってきた同社は、製造業の枠にとどまらず、働き方改革や健康経営、地域との共生など、企業としての在り方を問い続ける稀有な存在でもある。倒産危機を乗り越えた経験、誠実さを軸に育まれてきた顧客との信頼関係、従業員が主体的に数字を読み解く自律型組織への変革──。いずれの取り組みも、“人を温める”というスリーハイ独自の価値観から生まれたものだ。前編では、関わる人すべてを温め続ける株式会社スリーハイ・代表取締役・男澤誠氏に、産業用ヒーターの専門メーカーとしての事業内容、創業者から受け継いだ三つの想い、そして倒産危機からの復活までの軌跡について伺った。スリーハイの事業と創業者から受け継いだ三つの想いはじめに、スリーハイの事業内容と、創業者である父から受け継いだ三つの想いについて、お話を伺った。男澤代表:当社は、産業用・工業用ヒーターの専門メーカーとして事業を展開しています。“ヒーター”と聞くと、一般家庭で使用されるアイロンやトースター、IHクッキングヒーターなどを思い浮かべる方が多いと思いますが、当社が手掛けているのは、産業用途のシリコーンラバーヒーター(薄いシリコーンゴムに発熱線を埋め込んだ「曲げられる面状ヒーター」)や各種ヒーター装置です。当社のヒーターは自由に形状を設計できるため、幅広い分野で活用されています。例えば、ギター製造の現場では、木材に熱を加え、内部の水分を動かして木を柔らかくし、曲面をつくる工程で使用されます。鉄道分野では、モノレールの線路下に融雪用ヒーターとして導入され、冬季の安全運行を支える設備として欠かせない存在になっています。さらに、動物園や水族館では、人工木の内部に組み込みまれて、動物たちが暖かく快適に過ごせる環境づくりに貢献しています。そのほか、鏡裏の曇り止め、ホテルのビュッフェで料理を適温に保つための熱源など、多様な用途で活用されています。取り付け場所を選ばない柔軟性と、短時間で温度が上昇する応答性の高さが、当社製品の大きな強みです。こうした多様な用途への柔軟な対応力は、創業者である父が社名に込めた3つの「HIGH」が息づいています。それを私の代でリブランディングを行ない、「more○○」と具現化し、当社の重要な3要素として掲げました。・HIGH TECH more GLOBAL(世界に通用する日本ならではの高い品質と技術力)・HIGH TOUCH more HUMAN(もの・ひとを温めることができる人間味溢れるスタッフ)・HIGH FASHION more SOCIETY(枠にとらわれない新しい製造業をつくり地域・社会を豊かに)創業者である父から受け継いだDNAは現在の経営理念の礎となっています。技術に人の温もりと社会的意義を重ね合わせたことが、スリーハイの原点です。この理念を受け継いだのが、2代目社長である男澤代表だ。ただし、若い頃から事業承継を意識していたわけではないという。男澤代表:私は創業者である父からこの会社を受け継ぎましたが、実は若いころは、会社を継ぐつもりはまったくありませんでした。私が大学生の頃、父がスリーハイを立ち上げたのですが、毎日のように疲れ切って帰宅し、倒れるように眠る姿を見て、「こんな大変な仕事は絶対に継がない」と心に決めていました。そして、大学卒業後は通信設備工事大手の企業に入社し、携帯電話ネットワークの管理に携わるシステムエンジニアとして働き始めました。サーバールームにこもり、パソコンと向き合う日々が続きましたが、その仕事がとても性に合っていました。状況が変わったのは、父の主治医から「早急な治療が必要だ」との連絡を受けた時期です。体調が不安定になり、入退院を繰り返すようになった父は、将来を案じるようになったのだと思います。私に対して「会社を継いでほしい」と何度も訴えるようになりました。最初は断っていたものの、父の想いを聞き続けるうちに、自分の中で気持ちが少しずつ揺らぎ始めました。悩みに悩んだ末、2000年、31歳の時にスリーハイへの入社を決意しました。父を支えたいという気持ちが、最終的な決断の後押しになりました。システムエンジニアとしてのスキルが救った倒産危機スリーハイ入社後の道のりは決して順風満帆ではなく、経営の危機に直面することもあった。その状況を救う鍵となったのが、前職で培ったシステムエンジニアとしてのスキルだった。男澤代表:大手企業から家業に戻った当初は、会社の規模や仕事の内容、収入面も全く異なって、戸惑いの連続でした。現場では従業員の方々との価値観の違いから衝突することもありました。当時の私は、人と関わるよりもパソコンに向き合う方が気楽だと感じるタイプで、コミュニケーションを避けてしまった時期もあります。さらに、社内には独特の緊張感がありました。創業者である父は、お客様に迷惑をかけてはいけないという強い責任感から、仕事の精度にはとても厳格でした。今思えば、その姿勢は品質を守るために必要なものでしたが、当時の私にはその意図を十分に理解できず、息苦しさを感じてしまうこともありました。そんな時期に追い打ちをかけるように、経営にも大きな試練が訪れました。主要顧客の倒産によって、売上の7割を失うという重大な危機が発生したのです。それでも父は、「どんな状況であっても、一緒に働く仲間の給料を下げてはいけない」という信念を貫きました。当時の私には、父の考え方をすぐに受け入れることができませんでした。資金繰りに奔走する苦しさや、会社が傾くかもしれない恐怖に押しつぶされそうでした。自分にできることを必死に探し、前職のスキルを活かして自社ホームページを開設することを思いつきました。これが大きな転機となりました。当時は製造業で自社サイトを持つ会社がまだ多くなく、検索を通じて全国から問い合わせが入るようになったのです。どのようなホームページにするかは苦労しました。ヒーターという製品は、言葉だけでは用途がイメージしづらい。正直、なんて売りにくい商品なのだろうと思いました。考えに考え抜いた結果、多様な使用シーンをイラストで紹介する方法に辿り着きました。イラストを見たお客様が、「自社の工程でも、この部分に熱源が必要だ」と気付けるように工夫したのです。お問い合わせ一件一件へ丁寧に対応するうちに、お客様は自然と増えていきました。さらに驚かされたのは、お問い合わせをいただく企業様の業種が想像以上に幅広かったことです。どの産業でもヒーターの需要が潜んでいると確信し、ビジネスモデルを見直しました。従来のように“主要顧客を生み出す”のではなく、一社あたりの取引額は小さくても、取引先の数を増やす方向に舵を切ったのです。特定の業界に偏らず、どの業界にもまんべんなく製品を提供することで、景気の波に左右されにくい体制をつくり上げました。倒産寸前の経験が、後のスリーハイの強みへとつながりました。現在の事業構成にも、この取り組みの成果が反映されています。現在、当社の売上の約7割はオーダーメイド製品が占めています。お客様の要望に合わせて、形状や温度条件などを細かく調整して仕上げます。時間も工数もかかりますが、製造業としての当社の核となる部分でもあるため、技術を磨き続け、お客様の期待を超える製品づくりに日々取り組んでいます。同時に、オーダーメイドに偏らない体制作りも進めてきました。規格品の販売強化です。業務用通販サイトに当社の規格品を卸し、毎年順調に売上が伸びています。今では売上全体の約3割を占めるまでに成長しました。現状に留まらず、新たな販路開拓にも積極的に挑戦することで、事業を拡大しています。効率よりも誠実さを。直接会うことで生まれる本当の利益顧客対応の丁寧さで高い評価を得ているスリーハイ。その背景には、目先の利益や効率にとらわれず、顧客と自社の未来を見据えた長期的視点がある。男澤代表:当社は、お客様から従業員の対応を褒めていただくことが本当に多くあります。これは、創業者である父の時代から受け継いできた、大切な財産の一つです。その背景には、創業時から大切にしてきた“お客様に誠実に向き合う”という姿勢があります。当社ではお問い合わせをいただくと、たとえ九州や四国であっても、現地へ足を運ぶようにしています。お客様からは「本当に来てくれたんですか!」「わざわざありがとうございます」と喜んでいただきます。お客様の中には、他社に問い合わせても訪問してもらえなかったり、途中で連絡が途絶えたりと、対応に不満を感じている方もいらっしゃるんですよ。もちろん、こうした対応には当然コストがかかります。実は、当社は交通費をいただいていません。そのため、問い合わせのたびに現地へ向かうのは赤字になるのでは、と考える方もいらっしゃるでしょう。しかし、直接訪問して状況を拝見し、丁寧に話を伺うことで、たとえその案件が受注に至らなかったとしても、後日に別の相談をいただけたりするのです。誠実に向き合う姿勢は、時間をかけて確実に信頼として返ってきます。こうした考え方は、日頃から従業員にも伝えています。「まずはお客様に会いに行こう。お客様と同じ目線で考えよう。FAXやメールで済まさず、直接顔を合わせて話を聞こう」と。目先のコストを考えれば、現場に行かずオンラインでヒアリングし、受注の可能性が低ければ早めに見切るほうが効率的なのかもしれません。しかし、長い目で見るとその逆です。生産性や効率を重視するあまり、人とのつながりを軽んじてはいけない。お客様と直接コミュニケーションを取り、信頼を積み重ねていく。その姿勢こそが、長く続く企業を生み出す本当の秘訣だと考えています。前編では、株式会社スリーハイの事業内容や理念、倒産危機を乗り越えた経験、誠実な姿勢についてお話を伺いました。後編では、自立型組織への軌跡、昼礼と健康経営、そしてステークホルダー経営について引き続きお話を伺っていきます。