インタビュイー:株式会社スリーハイ 代表取締役 男澤 誠 様1987年に創業し、産業用ヒーターの専門メーカーとして歩みを続けてきた株式会社スリーハイ。同社は、シリコーンラバーヒーターをはじめとする面状ヒーターの製造を通じて、鉄道・楽器・食品・医療・動物福祉など多様な産業の現場を支えてきた。イラストを用いた用途提案、現場に足を運ぶ営業姿勢、オーダーメイド対応力といった独自の強みは、創業者が掲げた「HIGH TECH」「HIGH TOUCH」「HIGH FASHION」の三つの想いに根ざしている。長年にわたり“熱の困りごと”に向き合ってきた同社は、製造業の枠にとどまらず、働き方改革や健康経営、地域との共生など、企業としての在り方を問い続ける稀有な存在でもある。倒産危機を乗り越えた経験、誠実さを軸に育まれてきた顧客との信頼関係、従業員が主体的に数字を読み解く自律型組織への変革──。いずれの取り組みも、“人を温める”というスリーハイ独自の価値観から生まれたものだ。後編では、関わる人すべてを温め続ける株式会社スリーハイ・代表取締役・男澤誠氏に、自立型組織への軌跡、昼礼と健康経営、そしてステークホルダー経営について伺った。働き方改革が“経営改革”に変わる瞬間——スリーハイが生んだ自律型組織のつくり方働き方改革は、制度を整えるだけでは本当の変化につながらない。勤怠管理のクラウド化をきっかけに始まった経営改善の取り組みは、やがて「従業員が経営数字を読み解き、自ら動く組織」へと姿を変えていく。何が従業員の意識を変え、どのようにして自律的な文化が育っていったのか。その過程を男澤代表の言葉から紐解いていく。男澤代表:タイムカードで勤怠管理をしていた頃は、従業員一人ひとりの勤務実態を正確に把握できていませんでした。そこでクラウド型の勤怠管理システムを導入し、データの見える化を進めたことが最初の転換点でした。これを機に、父が担っていた勤怠管理を私が引き継ぎ、働き方そのものの見直しにも踏み出すことになったのです。勤務状況が明確になったことで、従業員の働き方自体を改善した方がよいと判断しました。まず必要だと感じたことは残業時間の軽減でしたが、単純に残業をなくせば生産量が落ち、納期に影響するリスクがあります。従業員からも「納期が遅れることで、お客様に迷惑はかけたくない」という意見が上がりました。そのような中、部長が「人を増やしましょう。コストはかかりますが、それが最善の方法です」と提案してくれたのです。ところが、この方針に対して父は強く反対しました。「雇用はコストだ。もし注文が減ったらどうする。簡単に辞めてもらうわけにはいかないんだぞ」と。従業員のことを大切に思う父だからこその慎重さでした。それでも私は、「私と従業員を信じてほしい。みんなで売上を伸ばす覚悟がある」と頼み込み、ようやく人員を増やす決断に至りました。父の経営哲学を否定するようで心苦しい気持ちもありましたが、時代の変化に合わせて会社も変わらなければいけないという思いがありました。結果的に業務の幅も広がり、残業時間もほぼなくなりました。一方で、残業削減が従業員の収入を下げることにつながらないよう、どのようにサポートしていくかという新たな課題も見えてきました。人を増やしたことで良い変化もありましたが、同時に新たな課題にも直面し、「どうすれば従業員が安心して働き続けられる会社にできるのか」を考えるようになりました。その答えを求め、経営について学び直す日々が始まりました。そして出会ったのが、“人はコストではなく投資”という考え方です。同じお金を使うにしても、人を育てることは未来への投資になる。会社を成長させるには、ここに力を注ぐべきだと気づき、私の考え方は大きく変わりました。経営者として視野が広がる一方、「会社の数字をどう読み解くべきか」という課題も残っていました。そのヒントとなったのが、「お金のブロックパズル」という講座です。これは会社の損益の流れをブロックに分けて考え、キャッシュフローを視覚的に理解する手法です。売上から粗利、固定費、人件費、営業利益などをブロックとして考え、視覚化することで、専門的な知識がなくても、会社のお金の流れが一目で分かるようになるというものです。私自身も、どこにどれだけのお金が使われているか、どこを改善すれば利益が増えるのかがスムーズに理解できました。この手法で自社の利益構造を分析してみたところ、粗利は51%。現状のままでは、人件費を増やしていくのは限界があることが分かり、粗利改善に取り組む必要性を痛感しました。これは私だけでなく、従業員全員が理解すべきテーマだと思いました。講師の方に会社へ来てもらい、全従業員で「お金のブロックパズル」の講座を受講しました。その際、私は従業員にこう伝えました。「私は人件費を上げたい。だが、現状の利益構造では難しい。粗利を1パーセントでも上げる方法を一緒に考えてほしい」と。従業員たちは真剣に講座を受け、自ら粗利を計算する習慣が生まれ、結果として粗利率は大幅に改善していきました。その分、人件費にも余裕が生まれ、利益を賞与として従業員に還元できるようになりました。そこから次のステップとして、利益を従業員と分かち合う「利益還元型経営」へと舵を切りました。「営業利益8%を会社の基礎体力として確保し、それ以上はすべて従業員に還元する」と約束しました。さらに、「みんなで営業利益20%を目指そう」という共通目標を掲げたことで、従業員の意識が劇的に変わりました。従業員は月次の試算表を確認しながら、「今月の粗利は何パーセントか」「営業利益はどうか」「なぜ利益が下がったのか」といった点を自ら分析するようになったのです。営業利益が目標に届きそうにないときは、自主的に新しい案件を探しに動いてくれます。正直、ここまで従業員が主体的に動くようになるとは想像以上でした。経営の分析を従業員が自発的に行うようになったことは、嬉しい誤算でした。数字を自分ごととして捉え、利益構造を理解し、改善策を自ら考える。その積み重ねが、会社を大きく前に進めてくれています。「ものを想う。ひとを想う。」健康経営と経営理念が重なる文化従業員同士が自然に声を掛け合い、気づきを共有し、同じ方向を向いて働く。そんな一体感あふれる組織の土台として、スリーハイでは「昼礼」という取り組みが日常に根づいている。コロナ禍の働き方改革をきっかけに始まった昼礼は、同社のミッション・ビジョン・バリューが生きた形で社内に浸透する重要な時間となっている。男澤代表:一般的に製造業では朝礼を行いますが、当社ではコロナ禍以降、フレックスタイム制やリモートワークを導入したことによって、朝に全員がそろうことが難しくなりました。そんな中、「1日に一度はみんなで顔を合わせたい」という声が従業員から上がり、全員が出社しているコアタイムに昼礼を始めました。いわば、”昼の朝礼”です。昼礼では、お客様から寄せられた喜びの声やクレーム、連絡事項などを共有しています。誰かの気づきを話すこともあれば、意見を出し合うこともあり、自然と従業員同士の認識がそろっていきます。さらに、10年以上続けている取り組みに「クレド」があります。毎週月曜日に個々が今週のテーマを宣言して、金曜日に振り返るというものです。この仕組みのおかげで、全員に発言の機会が生まれ、社内コミュニケーションの土台になっています。こうした「つながり」を大切にする文化と並行して、従業員が気持ちよく働ける環境づくりを進めるため、健康経営にも力を入れています。当社は健康経営の認証を取得しており、その取り組みの一環として、昼礼後に全員で体操を行うようになりました。とあるテレビ番組でおなじみの体操取り入れ、パートスタッフも含めて全員で体を動かしています。実際に体操をすると、とても楽しいんです。体を動かすと心拍数が上がり、ポジティブな気持ちになるといわれますが、確かにみんなの表情も明るくなり、午後の仕事への切り替えもスムーズになります。体を動かす時間が、従業員同士の一体感を生むきっかけにもなっています。みんなが楽しそうに取り組んでくれる姿を見て、「なんてすばらしいスタッフだ」と感じています。こうした取り組みの根底にあるのが、当社の掲げる経営理念です。ミッションは「ものを想う。ひとを想う。」です。作るものに魂を宿して、関わる全ての人たちに想いを届けていく。創業以来、私たちは「熱の困りごと」を一つひとつ解決し、お客様の笑顔を積み重ねてきました。その上で掲げているビジョンが「世界中の『温めたい』に応えていく」。そしてバリューは「『温める』をつくること」。これは単にヒーターで空間を温めるという意味ではなく、ものづくりを通じて、取引先、地域、従業員、その家族など、関わるすべての人の心を温めるという意味を込めています。ミッション・ビジョン・バリューを強く掲げている理由は、長く続く会社であるためには、目先の利益にとらわれない価値観が不可欠だと考えているからです。たとえば遠方へ営業に行って受注につながらなかったとしても、相手の心が温まったと感じられたら、それは価値ある仕事です。そこにお金では測れない意味があり、長期的な経営には欠かせない視点だと思っています。私たちにとって、最も大切な指標は「人の心が温まっているかどうか」。その価値観が、日々の昼礼や体操、そして社内の文化に自然と息づいているのです。顧客から地域の子どもたちまで 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すべての人を温めるステークホルダー経営スリーハイ株式会社は、産業用ヒーターの製造を軸にしながら、ものづくりを超えた独自の価値を育ててきた。ヒーターで物を温める技術は、長い年月をかけて「人の心を温める文化」へと昇華されている。同社の経営哲学の中心には、顧客、サプライヤー、従業員、地域住民、学校関係者など、企業とかかわるすべての人を大切にするステークホルダー志向がある。男澤代表:私たちは、当社に関わるすべての人を大切な存在として捉えています。お客様だけでなく、仕入れ先、金融機関、地域で暮らす方々、近隣の学校に通う子どもたちまで、全員がステークホルダーです。関わってくださる方々がいるからこそ会社が成り立っている、という姿勢を常に意識しています。この姿勢を大切にしているからこそ、社会からの期待にも応えたいと思っています。そのためには、相手の声にしっかり耳を傾ける必要があります。お客様だけでなく、あらゆる関係者の声に耳を傾けることが、これからの会社に求められている責任だと考えているからです。こうした考え方を経営にしっかり落とし込むために、今年、ステークホルダーの皆様へアンケートを行いました。地域の方々や金融機関の皆様など、幅広くご協力いただき、最終的に約160件の回答が集まりました。回答内容を分析し、会社として取り組むべき重要課題、いわゆるマテリアリティを7つに整理しました。私は、この7つのマテリアリティが会社の活動全体ときれいにつながるよう、ISO方針、KGI、KPI、そして従業員それぞれの目標まで一つの線で結びました。従業員には「皆さんの取り組みは必ずマテリアリティにつながっています」と伝えています。企業活動の意味が見えることで、従業員の視線が自然と未来へ向くと感じています。ステークホルダーとの関わりは、地域との取り組みにも表れている。きっかけは、業務に余裕があった夏場に始めた社会活動だったという。男澤代表:地域との関わりについて話すと、少し原点があります。以前は夏場に受注が少なく、時間に余裕が生まれる時期がありました。その期間を使って、地域からの依頼に応えるかたちで社会活動を始めました。近隣の小学校から工場見学の申し出があれば受け入れ、複数の工場を見学したいという要望には、地域の企業と協力してツアーを組みました。活動を続けるうちに、季節を問わず当たり前のように地域との交流が生まれるようになり、従業員も自然に地域活動を自分の仕事の一つとして考えるようになりました。活動を始めた当初は、理解されないことも多くありました。「本業に集中すべきではないか」「余計な取り組みではないか」といった声も受けました。それでも続けてきた理由は、地域の中で信頼を積み重ねることが、長い目で見て必ず企業の力になると信じていたからです。ある方から言われた言葉がとても印象に残っています。「CSR活動は、その地域において先行利益があるんです。」社会貢献活動から生まれる信頼関係は、お金を積んでも築けない。たとえ、後から他社が参入してきたとしても、売上では追い越せるかもしれないが、信頼や評価は簡単に追い越せるものではない。つまり、その業界や地域で最初に活動を始めた会社には、後からは追いつけないというのです。長く続けた取り組みが、今では地域に応援してくださる方がいるという実感につながっています。当社のある横浜市都筑区は準工業地域で、住宅と工場が混在している特殊な地域です。だからこそ、騒音や悪臭といったトラブルも起きやすい。そして、準工業地域というのは全国にたくさんあります。同じような地域で働く企業にとって、都筑区での経験が一つのモデルになる可能性があると考えています。暮らしている人と働く人、その垣根を越えて地域の中でコミュニケーションを増やす。そうすることで、いろいろな業種の人たちがお互いを知り、地域の中で経済が回ることもあるんですよね。打ち合わせも歩いて行けるし、その場で部品を購入できる。こうした距離感が非常に心地いいと考えています。企業と地域が混ざり合いながら、それぞれが主役になれる場をつくる。そうした環境が整えば、企業にとっても地域にとっても心地よい関係が生まれていきます。私が最も大切にしていることは、ヒーターで物を温める技術を、関わる人の心を温める文化へと広げていくことです。遠方のお客様でも必ず顔を合わせに行く営業姿勢、経営が厳しい時期でも「給料だけは減らさない」と語り続けた先代の信念、従業員・顧客・地域住民の皆様への誠実な向き合い方。これらはすべて「人を温める」という思いから生まれています。ものづくりを通じて関わる方々を温め続けることが、スリーハイの使命です。今後も、この思いを軸に経営を続けていきたいと考えています。インタビュー後記取材を終えて印象に残ったのは、男澤代表が何度も口にした「温める」という言葉でした。産業用ヒーターを扱う会社が、これほどまでに人の温もりにこだわっているとは想像していませんでした。従業員、お客様、地域の人々。そのすべてに向けた視線の柔らかさが、同社の事業を支える熱源なのだと感じます。ものづくりの根底にあるのは、相手への想い。慌ただしい日々を送っていると忘れそうになってしまう大切さに気付かせていただいた取材でした。