インタビュイー:株式会社安曇野ミネラルウォーター 代表取締役 新井 泰憲様2012年の創業から、多くの困難を走りながら同時進行で乗り越えて成長を続け、2014年にはファミリーマートPBの製造委託を受注するに至った株式会社安曇野ミネラルウォーター。後編では、新井代表が描く理想的な「工場」と地域貢献の在り方、そして今後の安曇野ミネラルウォーターが歩んでいく道のりについて伺っていく。工場で働く意味を変える、ここで世界を変える新工場のデザインに強いこだわりを語った新井代表だが、そこには既存の「工場」イメージに対するアンチテーゼが示されている。背景には、2年半働いたスポーツクラブでの経験や、創業以来、社員と関わりながら強烈に感じたものがあるという。新井代表:起業したときに、社員がここで働いていることが幸せと思える会社を作りたいというのは、その原体験(スポーツクラブの経験)がやっぱりあって。ある社員さんに「私がここで働く理由がわかりますか?この会社は嫌いです。でもお客さんのために我慢してるんです」と言われたことがあります。今ならいろんなことを言えるし、その方の悩みも解決できると思うんですが、社員をこんな気持ちにさせたくないな、という思いを強く持つきっかけになりました。「工場」というと、僕には、何かを我慢というか、放棄して働く場所ってイメージがある。特に飲料とかは、いかに長い時間を回すかって発想になりがち。そうすると、土日祝日、暦通りには休めない。夜勤をしなくちゃいけない。友達と家族と同じ時間を過ごせない。毎日、同じ作業をしなきゃいけない。窮屈な空間にいなきゃいけない。平日日中だけ働く人が沢山いるのに、水工場であると、普通の人が享受していることを諦めないといけない。それが当たり前って風土が業界全体、当事者に強くあります。だから、「うちの会社で社員を幸せにしたい。そんな夢を追っている」っていうと、無理だろ、と理解されない感じがあって。僕は工場で働く意味を変えたいと思ったんです。こういうと、ホワイトでキラキラした社員思いの会社、とミスリードされがちですが、それも違う。情熱的に、楽しく、ハードワークできる空間を作りたいです。利益があるからこそ分配ができる。利益が強力な手段です。社員の体を大事にしながら、情熱と才能をフルに発揮できる場所。僕としてはスタジアムを作るようなイメージです。サッカーだとすると、選手たちが熱狂、集中して最高のパフォーマンスを作れるようにグラウンドを整備するし、観客との距離とか、見え方とか、見ている方も熱狂熱中するような工夫をする。選手のリカバリーが出来るようにケア、休憩の設備も整っている。そういうスタジアムのような空間が必要だと思っていて。全体のデザイン、壁画、整った休憩スペース(※イノベーションルームと呼ぶ)など、全てがそういう狙いで作られています。社員には、我々が最高のパフォーマンスで働くことが、工場で働く意味を変え、世界を変えることになるんだ、と言い続けています。ちなみにこれは話してよいか微妙なんですが、究極には夜勤をやめようと思っています。価格競争に突っ走ると、量で利益を確保するしかなくなり、そうすると24時間365日回すしかなくなります。でもそれでいいの?ビジネスモデルをそれでしか確立出来ないのは、経営者のセンス技量の問題じゃないの?と僕は思います。ちゃんと価値をつけて相応しい値段で買っていただければ、工場を四六時中動かさなくても利益は出る。社員、お客様の共感を得る努力こそすべきと考えます。価格競争に没頭すると、最後は結局人件費をいかに切り詰められるかの勝負になってしまう。その発想で社員の幸せって実現出来るでしょうか?効率とか利益を最重要視したときには、そういう選択は合理的だとは思う。夜勤できる若い人たちが頑張ってやってくれればよいという声もあります。それで何が残るかというと、利益は残るんですけど。人は残らない。夜勤は長くは続けられないんです。現場で働く人を見ていれば分かります。40超えたら限界は来るし、辞めざるを得なくなります。管理職しか残れないんです。そういうことを考えると、経営の在り方としては、もちろん工場をずっと止めずに動かすというのも一つの方法ではあるとは思いますけど、少なくとも僕がやりたいことではない。僕らは土日も休みだし、夜は寝るし。それでもしっかり利益を出すために何が必要かと言えば、安曇野の水の価値が認められることによって、例えば5円高くてもうちの水を選んでもらえるっていうポジションを築ければ、全然やっていけるだろうと考えて仕組みを作っています。掛け算なので量はもちろん大事なんですけど、単価を上げて共感してもらう努力はするべきで、今はブランディングにかなり力を入れています。社員のキャリアアップこのように革新的な「工場」モデルを打ち出す中、新井代表は社員のキャリアアップにも強いこだわりを持っている。新井代表:創業当初は社員のキャリアアップについて考えたりとか、そういう時間が取れないまま、もう10年ぐらい過ぎてしまいました。ただ、10年やってみてわかったことは、工場で起きる不良品のミスって、突き詰めたら大抵は人なんですよ。機械が急に暴走するとかよりは、その機械のメンテナンスを少しさぼったりとか、定められた管理の徹底ができていないことによって、大きな事故は起きる。だから、究極は人だと。やっぱり工場とかは、同じことをずっとやっているうちに、いかに効率よくできるかにフォーカスしてしまうから、段階を飛ばしたりとかが出てくる。そのときに、何を作っている・何のためにやっているかという意義付けが大事で、それはずっと同じ仕事をしているうちには振り返る時間がないから、振り返ったり教育する時間というのが必要だと考えます。だから、生産を止めてでも研修はやっていきたいと考えています。今年は年間スケジュールの中で、初めて2日間生産を止めて全社員で行う研修が組み込まれています。そこで、企業文化を浸透させ社員一人一人が自分の人生についてゆっくり考える時間をとりたいと思っています。「企業」と「地域」の好循環を作る森林の保護活動や地域の災害時対応に取り組み、地域への貢献を常に考えている安曇野ミネラルウォーター。そこには新井代表が描く「企業と地域の好循環図」があるという。新井代表:人生は一度きりですし、いつかは終わりがくる中で、人の心に勇気を与えながら生きていきたい。我々の社員とその家族が幸せになって欲しいし、そのために会社がどうあるべきかというのはすごく考えます。やはり安曇野の大地があってこそ、我々は水が使えるわけだから、ここに存在する自然の環境そのものに無関心ではいられない。使った分だけ責任が生じると思っているし、巡って安曇野で暮らしている方々とか、地域に良い循環が返ってくるような取り組みをしなくてはいけない。安曇野っていう名前でお水を使わせていただいて事業が形になっているので、この名前をどんどん広めていくということと、例えば水資源の環境保護にどうやって貢献していくか。我々も今、森林保護活動を始めていますけど、それでもまだ足りないと思う。今後の話にはなりますけど、例えば海が綺麗だと水はしっかりと循環する。海洋汚染の問題があるので、その課題に取り組んでいる会社に投資をしたい。後は、水が足りないところにどんどん安曇野の水を運んだりとか。そういったことを会社としてやっていく必要があると考えています。 安曇野ミネラルウォーターの今後の展望2024年には新工場を完成させ、企業の利益と人間的な幸福、事業の拡大と安曇野への貢献など、様々な角度から挑戦を続ける新井代表に、今後の展望を伺った。新井代表:まず、水事業で伸びていった他国の会社を見ていると、多角化とマーケティング、ブランディングに成功しているところが多いです。そこも色々と考えていますし、新工場もそれに合わせたものにしたので。ミネラルウォーターに関しては新工場を立ち上げたばかりなので、安定するには1年以上かかると思っています。そこはしっかりと安定させて、「水」に関連する新たな商品を作れるようにしていきたい。安曇野の資源の価値を広めるためにも、新商品にチャレンジしながら、それを世界に向けて打ち出していく。世界を見据えた商品作りを目指していきたいなと思っています。同時に、夜勤をしなくても十二分に利益が出るという会社作りを今目指しています。それは僕だけではなくて、社員の学びや成長なしには、達成できないと思っているので、そういった学びと成長の機会もどんどん作っていきたいと思います。更に、こうした取り組みを広報宣伝もしながら、地域で学生たちが憧れるような、高校生が1番入りたい会社になるとか、そういうモデルケースになっていきたいと思っています。最後に新井代表から、起業を考えている方や起業後の困難を乗り越えようとしている方に向けて、メッセージをいただいた。新井代表:まず、何かを始めるときに、根拠とか前例を必要以上に欲しがる人は、起業家に向いていないと思います。昨今は根拠や前例の有無をすごく気にする風潮がありますが、それを気にしすぎると一生起業はできないし、起業できたとしても、つまらない行動しかできないと思います。だからといって、無計画にやれとは言いませんが、前例や根拠がないというのは、躊躇する理由にはならない。まずはやってみるということが起業家にとって大切です。実際に起業すると、すごく辛いこともたくさんあります。人間関係の軋轢や、お金が無いというのも辛いですし、仕事が無いという状況もやっぱり恥ずかしいしキツイです。まだ商品を売っていない状況で水事業の準備をしているって言うと、怪しいものを見るような目を向けられたり。今でこそ、周囲が賞賛してくれたりもしますけど、そうではない期間が4年ぐらいあったので。それでも、社員や縁ある方々に助けてもらいながら、何とか今に至っている。もうそこには感謝しかありませんし、そういった感謝を忘れる人になると、これも起業家に向いていないと。感謝を持たなくて結果を残す人も稀にいますけど、初速が良くても、やっぱり幸せな起業家にはなれないだろうと思います。感謝を忘れないのはすごく大事。自分も気をつけています、調子に乗らないように。勇気、挑戦、成長、貢献、感謝、愛。毎日見返して、これからも頑張りたいと思います。