インタビュイー:株式会社吉村 代表取締役 橋本 久美子様1932年に創業し、93年の歴史を刻んできた株式会社吉村。「想いを包み、未来を創造するパートナーを目指します。」という経営理念のもと、日本茶のパッケージ製作を軸に、菓子類や茶器などの企画・販売にも領域を広げてきた。革新的な取り組みと、人を大切にする経営姿勢は各方面から高く評価され、「新・ダイバーシティ経営企業100選」や「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞など、数々の賞を受賞。長い歴史を持ちながら常に進化を続けるその姿は、次世代企業のモデルケースといえるだろう。なかでも注目すべきは、同社独自の仕組みだ。社員が“行動”にフォーカスして対話するための「LET(リーダー・エフェクティブネス・トレーニング)」、損失や経費削減の影響を売上換算で可視化する「植田方程式」、そして経常利益の4分の1を全社員に均等分配する制度。これらの仕組みが、「全員経営」の文化を根づかせ、唯一無二の企業へと導いている。同社創業からの歩みと3代目としての軌跡について伺った前編に続き、パッケージを通じて日本茶の未来を切り拓こうとする株式会社吉村の代表取締役・橋本久美子氏に、同社独自の仕組みと将来への展望を伺った。LET(リーダー・エフェクティブネス・トレーニング)で築く「人を育てる会社」組織が成長するために、「人」と向き合う経営を。その柱となっているのが、橋本代表が導入した、コミュニケーションの質を変える「LET(リーダー・エフェクティブネス・トレーニング)」である。[社長面談の様子]橋本代表:株式会社吉村で大切にしているのは、「人の成長が会社の成長につながる」という考え方です。その軸となっているのが、「LET」というコミュニケーションのメソッドです。私がLETに出会うきっかけとなったのは、ある“気づき”でした。社長就任後、最初に取り組んだのが「社長面談」です。希望すれば誰でも年に一度、私と30分間直接話せる制度で、就業時間内に実施し、「話し足りなければ終業後でも続けて構わない」と伝えていました。すると、社員たちは普段は口にできない本音を話してくれるようになりました。「あの人がだらしない」とか「あの部署が動かない」といった声も上がりました。そうした声に、私は真摯に向き合い、何とか解決しようと動きました。 しかし、良かれと思っての行動が裏目に出ることが多く、「そんなことは望んでいません」と言われて落ち込むことも多々ありました。ちょうどその時期、娘が出産し「いじめっ子にも、いじめられっ子にもならない講座」に通いたいと言い出しました。公民館で開催されていた親向けの教育講座だったのですが、そこで学んだのが「問題には所有権がある」という考え方です。例えば、子どもが「学校でいじめられた」と泣いて帰ってくると、親はつい「誰にやられたの? 先生は知っているの? 放課後はどうしたの?」と問い詰めますよね。でもそれは、子どもから自分で解決する機会を奪い、親の価値観で、親の望むやり方に無意識に誘導しているだけなんです。つまり、「問題の所有権」を親が奪ってしまっているということ。その話を聞いたとき、「ああ、会社でもまったく同じことをしていた」とハッとしました。社員が「困っている」と言ったら、私はすぐに代わりに解決しようとしていた。でも本当は、社員自身が自分で解決する力を身につけなければ意味がない―そう気づかされたのです。その後、私はビジネス版のLETに出会いました。自分自身が講座を受講し、トレーナー資格も取得しました。今では社員のトレーナーもいて全社員がこのトレーニングを受けられる体制を整えています。最初は私ひとりが学んで広めていたのですが、今では組織全体の“共通言語”となりつつあります。橋本代表:LETの最大の特徴は、「行動を切り取って話す」ということ。例えば、「あなたはだらしない」という言葉は、相手を一方的に評価し、人格を否定してしまいます。けれども、「年末調整の書類の提出が遅れた」とか「共有ファイルを元に戻さなかった」といった表現は、あくまで“行動という事実”を伝えるだけ。感情やレッテルではなく、行動にフォーカスして伝えることを徹底することで、相手は責められていると感じにくく、素直に受け止めやすくなるんです。昔であれば、「お前、だらしないな」と怒鳴って終わり、というコミュニケーションが当たり前でした。しかし今は、「あなたがファイルを戻していないと、私が探す時間が増えて業務に支障が出て困る」といったように、行動の影響まで含めて、「アイメッセージ」で伝えるようにしています。矢印を相手に向ける「ユーメッセージ」ではなく、自分の困りごとを率直に共有する。そうすることで、お互いに歩み寄れる余地が生まれるのです。社員全員がこの方法を使えるようになったことで、感情論で衝突するのではなく、事実と行動に基づいて冷静に話し合えるようになりました。私はこの変化が、組織にとって非常に大きな意味を持っていると感じています。橋本代表:LETを取り入れてから、社員同士のコミュニケーションは劇的に変わりました。以前は会議の場で、「A案かB案か」といった“解決策”をめぐって真っ向から衝突していたのが、今では「なぜA案をやりたいのか」「なぜB案をやりたいのか」と、それぞれの背景にある“ニーズ”を出し合うことから始めるのです。その上でアイデアを出し合い、「勝ち負け」で決めるのではなく「新しい最適解であるⅭ案」を見つける議論に変わりました。新商品の企画では必ず衝突が起きます。営業は「もっと売れる形に」と求め、工場は「その条件では製造が難しい」と主張する。でも共通言語があるからこそ、衝突しても関係が壊れないのです。お互いに「ここなら前に進める」「これなら実現できる」と歩み寄り、前向きな合意にたどり着ける。私はこの「建設的な衝突」こそが組織を成長させると考えています。争いを避けるのではなく、あえて正面からぶつかる。でもそこには、行動と言葉のルールがあるから、最後には必ず成果につながるのです。社員同士の距離感はぐっと近づき、チームとしての一体感も格段に強まりました。これこそが、LETがもたらした最大の効果だと実感しています。「植田方程式」と利益の均等分配―社員全員が経営者目線を持つ仕組み株式会社吉村では、「植田方程式」と「利益の均等分配」を併せて実践している。この株式会社吉村独自の仕組みは社員一人ひとりを「全員経営」の担い手へと変えている。[取締役 経営企画本部長・植田勝利様]橋本代表:株式会社吉村では「植田方程式」という仕組みを導入しています。これは取締役 経営企画本部長・植田勝利が考案したもので、営業利益率をもとに「損失金額を取り戻すために必要な売上高」や「経費削減・補助金獲得が売上に換算するとどれくらいに相当するか」を簡単に計算できるようにしたものです。例えば、「30万円の再製造コスト」が発生した場合、単純に「来月30万円の売上を取ればいい」では済みません。営業利益率を考えれば、実際には数百万円の売上を稼がなければ取り返せないのです。この仕組みによって、社員全員が「損失は見た目の金額以上に大きい」という感覚を持てるようになりました。さらに、間接部門の意識改革にもつながりました。例えば、「100万円の補助金を獲得した場合、それは実質○千万円の売上に相当する」と数字で示すと、総務や経理の社員も「自分たちも会社の利益に貢献している」と誇りを持てるようになるのです。経費削減も同じです。10万円のコストを削減すれば、実質数百万円の売上に匹敵する。リサイクル段ボールの導入によって、数千万円分の効果が出る。こうした数値感覚が社内に浸透することで、「営業だけが売上をつくるのではない」という共通認識が生まれました。また当社では、経常利益の4分の1を全社員に均等配分しています。役職や年齢に関係なく、同じ額を分け合う。若手社員にとっては特にインパクトが大きく、自分の努力が会社の利益に直結していると実感できます。経営者の立場からすれば、利益を均等配分するのは勇気のいる制度かもしれません。でも、この制度があるからこそ社員は「どうすれば利益を増やせるか」と主体的に考えるようになります。「植田方程式」と「利益の均等分配」はセットで機能しています。損失や削減効果を売上に換算して「いくらに相当するか」を明確に示す。そして、その利益の一部を全員で分け合う。この仕組みによって、社員一人ひとりが数字に強くなり、「どうやって利益を生むか」を考えるようになりました。そして、会社全体が“全員経営”の体質へと変わっていったのです。私自身、父の時代のように「数字は経営者だけが知るもの」という経営方針に戻したくはありません。すべてをオープンにすることで、社員が経営者と同じ目線で考えられる組織をつくっていきたいのです。「2027年に引退します」―事業承継を公言する理由ー橋本代表は、自らの事業承継の時期を「2027年」と明言している。その背景と決意について伺った。橋本代表:私が事業承継の年を「2027年」と公言していることに驚かれる方は多いんです。しかし、その背景には私自身の経験があります。私はある日、取締役会の前日に呼ばれて、「明日の会議でお前が社長だ」と突然告げられました。まさに青天の霹靂でした。もちろん私自身にとっても大きな衝撃でしたが、社員にとっても同じです。心の準備も戦略も立てられず、ただ必死に応えるしかありませんでした。けれどその経験があったからこそ、「後継には余裕をもって心構えや準備をしてもらいたい」と考えるようになったのです。事業承継には、2027年まで活用できる税制優遇の特例制度があります。だからこそ、「私は2027年に引退する」と明言しました。曖昧に「いつか」と言っていては、社員さんの不安や迷いにつながるかもしれません。「なぜそのタイミングなのか」をはっきり示し説明責任を果たすことで、会社のビジョンも共有しやすくなり、社員の皆さんに安心感を持ってもらえると考えています。「2027年」を明確にゴールとして掲げたことで、社員の意識も変わり始めています。「そのときまでに自分たちはどう動くか」「次の世代につなぐために何を整えるか」と、社員一人ひとりが未来を見据えて動き出しているのです。これは単なる社長交代の準備ではなく、組織全体が未来を見据えて動き始めた証拠だと、私は考えています。インタビュー後記創業から93年。家内工業の茶袋づくりから始まり、父の代でメーカーへと転換し、そして専業主婦から経営者へと転身した橋本久美子社長。そこには常に「時代の変化を直視し、消費者と社員に誠実に向き合う」という姿勢があった。専業主婦としての経験から培った消費者視点は、新市場の開拓やデザイン改革につながった。LETの導入で「感情ではなく行動で語る」文化を根付かせ、植田方程式と利益の均等分配によって「全員経営」を実現した。そして自らの退任時期を「2027年」と明言することで、社員に未来への準備を促し、安心と覚悟を共有している。橋本代表の言葉からは「数字をオープンにし、人を信じることで、組織は強くなる」という確信が伝わってくる。吉村の歩みは、単なる企業の成長物語ではなく、社員一人ひとりが経営に参加する文化をどう築き、次世代へどう託すかの実践記録でもある。2027年、そのバトンが確かに渡されるとき、吉村の新たな章が始まる。そこから続く歩みは、創業100年という大きな節目へとつながり、さらに力強い未来を切り拓いていくだろう。