インタビュイー:株式会社ユアサ 代表取締役社長 湯浅賢治様株式会社ユアサは、1925年(大正14年)の創業以来、100年以上にわたり「衛生用紙」を通じて地域の暮らしを支え続けてきた紙の卸売企業である。トイレットペーパーなどの日用消耗品を中心に、関西の量販店への安定供給を担っている。その一方で、自社ECサイトを通じたネット販売を加速させており、全国の一般消費者や企業へ直接商品を届けるダイレクトな流通体制を構築している老舗企業である。創業者が「紙の普及こそが人々の生活を豊かにする」と信じた時代から、その志は一貫して受け継がれてきた。現在は、四代目の代表取締役社長・湯浅賢治氏のもと、伝統的な卸売業の枠を超えた大胆な業態変革を推進している。自社ECサイト「湯浅紙店」の運営をはじめ、全国の物流拠点をネットワーク化し最適地から発送する独自の供給網を構築している。さらに、自社の業務効率化から生まれたノウハウを外販する「バックオフィスDX支援サービス」の展開など、時代の変化を先取りした多角的な事業運営を見せている。湯浅氏が目指しているのは、「蛇口をひねれば水が出るように、誰もが当たり前に紙を手に取れる日常」を、物流とテクノロジーの力で次の時代へとつないでいくことだ。後編では、株式会社ユアサ 代表取締役社長 湯浅賢治氏に現状維持の社風を打破した組織変革や、2030年に向けた未来へのビジョンについてお話を伺った。「楽になった!」が組織を動かす原動力。現場のストレスを一つずつ取り除いた社長の執念新しいことに挑戦しようとした当初、立ちはだかったのは「現状維持」という社風だった。社長自らが現場に飛び込み、一つひとつの課題を解決することで変化を起こした軌跡を追う。湯浅社長:2019年に入社した当時、私が一番苦しいと感じたのは、会社全体に漂う「現状維持」的な空気感でした。これをどうすれば、毎日をより良くしていこうという前向きなマインドに変えられるのか。その答えが見つからず、もがき続けていた感覚があります。もちろん「新しいことをやろう」と口で言うのは簡単ですが、現場からすれば「やり方も分からないし、今のままでいいじゃないか」と思うのが当然です。ですから、誰かに任せて待っているくらいなら、まずは自分が動いて背中を見せるしかないと考えました。特に力を入れたのが物流の現場です。私は自ら倉庫の作業を手伝い、配送トラックの助手席に乗せてもらい、実際に現場で何が起きているのかを自分の目で確かめに行きました。そこで分かったのが、納品先での「荷待ち時間」がスタッフにとってどれほど大きなストレスになっているかということでした。商品を持って行っても「ちょっと待ってください」と言われ、荷物を降ろせずにただ待機する時間が発生していたのです。これを解決するために、私は「置き配」の導入に踏み切りました。配送スタッフに、納品した状態を写真に撮ってもらうようにしたのです。現在ではお客様の約7割が置き配を許容してくださっていますが、これによりスタッフの帰社時間は劇的に早まりました。「早く帰れるようになった」と、現場の皆さんが本当に喜んでくれたんです。こうした「社長と一緒に変えたら、仕事が楽になった、楽しくなった」という具体的な成功体験が積み重なると、社内のコミュニケーションが劇的に増えました。以前は「困っていることはないか」と聞いても「特にありません」という反応ばかりでしたが、今は改善案が次々と湧き出てくるようになっています。現在はスタンプカードやアンケートを活用し、私が現場にいなくても課題が吸い上げられ、倉庫の責任者が対応するという自走するサイクルが回り始めています。この経験から、組織を変えるには、まずはトップが先頭になって行動し、現場の負を解消する実感を届けることが不可欠なのだと学びました。75年目のバトン。先代との「プロとしての信頼」が変革を加速させた75周年を機に自ら社長交代を提案した湯浅社長と、それを快諾し全権を委ねた会長。互いを一人の経営者として尊重し、干渉しすぎない「プロとしての信頼」が、過去の慣習に囚われない大胆な変革を可能にした。その意外な交代劇の舞台裏に迫る。湯浅社長: 社長就任の契機となったのは、設立75周年の節目でした。本来は70周年の際に行うはずだったイベントがコロナで中止となり、75周年の時に父から何らかの企画を立てるよう指示を受けたのです。「最もインパクトがある企画は何か」を模索した結果、私自身の社長就任が最善であるとの結論に至り、自ら交代を提案しました。父は二つ返事で承諾してくれ、2025年5月、社長に就任しました。父と一緒に働く中で、一般的に言われるような親子間の喧嘩はほとんどありませんでした。父は私がやることに対して「ノー」と言わず、信頼して任せてくれました。おそらく父からすれば、私が取り組んでいるDXやECは未知の世界すぎて、純粋に内容が分からなかったという面もあるかもしれません。それでも「方向性が間違っていないならいいんじゃないか」というトーンで見守ってくれたことが、私にとっては非常にありがたかったです。現在は会長と社長という関係ですが、役割分担は明確です。会長は実務には一切関与せず、私から相談を持ちかけない限り、具体的な指示や介入を受けることもありません。私の場合、一人の経営者として全面的に任せてもらえる環境を手にすることができました。父が経営の一線から退き、プロとして私を信頼し続けてくれたからこそ、私は先代が築き上げた土台を尊重しつつも、過去の慣習に囚われない大胆な変革を完遂することができたのだと感じております。2030年へのビジョン。老舗こそ「デジタル」という翼を持とう2030年を見据え、同社は消耗品流通のインフラを目指す壮大な計画を掲げている。文系出身の社長が語る、老舗企業がデジタルを武器に生き残るための生存戦略とは。湯浅社長: 2025年、私は2030年までの5カ年中期経営計画を策定しました。それまで計画書を作らなかったのは、「この会社をどう伸ばしていくのか」というイメージが自分の中でしっかり固まるまでは、計画を形にしたくなかったからです。この「2030年ビジョン」では、三つの大きな戦略を掲げています。一つ目は、あらゆるECプラットフォームの裏側で供給を支える「デジタルドミナント(デジタル技術を活用し、流通の仕組みを主導する戦略)」により、消耗品流通の黒子を目指します。二つ目が、全国の拠点を結ぶ「物流付加価値化」によって、単なる配送網を価値あるインフラへと進化させます。そして三つ目が「バックオフィスDX」です。これは単なる省力化に留まらず、徹底した自動化を推進するものです。このデジタル化への挑戦は、実は深刻な「採用問題」への対策でもあります。正直なところ、老舗の卸売業として「営業職」を募集しても、今の若手の方はなかなか集まりません。しかし、「Webマーケティング」や「AIを活用したノーコード開発」という看板を掲げると、途端に興味を持つ優秀な人材が現れます。老舗でありながら最先端のDXを行っているというギャップが、採用における大きな魅力になるのです。私自身、文系出身でプログラムのコードは一行も書けませんが、AIやノーコードツールを駆使することで、ここまでの改革を成し遂げることができました。文系出身の社長でも、ITを武器に仕組みを劇的に変えられるという姿を見せることは、同じように悩む後継ぎの方々にとっても大きな勇気になるはずです。最近では、兵庫県の後継ぎ伴走プログラムでメンターを務めるなど、支援活動にも力を入れています。承継とDXは、実は非常に相性が良いものです。創業者が100年前にちり紙を普及させて生活を豊かにしたように、私もまた、デジタルという新しい手段を使って社会の役に立ち続けたい。かつての自分と同じように悩む後継ぎたちの光になれるよう、挑戦を続けていきます。インタビュー後記今回は、株式会社ユアサ 代表取締役社長 湯浅賢治氏にお話を伺いました。100年続く老舗企業でありながら、過去のやり方に安住せず、「変えないために、変える」という覚悟で事業と組織を刷新していく姿が強く印象に残りました。紙という生活に欠かせない商材を、時代に合った形でどう届け続けるか。その問いに対し、EC、物流、DXを通じて真正面から向き合う姿勢に、承継とは単なる継承ではなく、未来への再定義なのだと学ばせていただきました。湯浅賢治/1981年生まれ。NEC(日本電気株式会社)にて金融機関向けシステムの営業、クラウドサービスの立ち上げなどを担当。その後、株式会社マザーハウスにてジュエリー事業を立ち上げ、販売責任者に就任。2019年株式会社ユアサに入社。2024年5月代表取締役社長に就任。【会社概要】会社名株式会社ユアサ設立年1950年代表取締役社長湯浅賢治事業内容日用消耗品の卸売事業EC・業務用販売事業家庭紙配送事業商品加工とオリジナル商品の企画販売事業クラウドベースDX支援サービス事業所在地兵庫県西宮市田中町4-10-2サイトURLhttps://www.e-yuasa.co.jp/