インタビュイー: ESS株式会社 代表取締役 坪井里奈様第3次ブームとも言われるピラティス市場。そのなかで、完全個室・住宅街立地・子連れでも通いやすい環境を備え、「理想のスタジオ」を日常の選択肢へと変えてきたのが、ESS(エス)株式会社が展開するパーソナルマシンピラティススタジオYUZUである。心と身体に向き合う時間を、無理なく継続できるものとして生活の中に根づかせようとしている。同社を率いるのが、代表取締役の坪井里奈氏だ。YUZUの出発点には、産後の葛藤や働き方への違和感、そして消費者として感じた「ピラティスの通いにくさ」があった。子どもを預けながら働く意味を問い直した会社員時代、独立後に直面した新たな壁、そしてマシンピラティスとの出会い。そうした一つひとつの経験が重なり、「こんな場所があったらいいのに」という想いが事業へと形を変えていった。後編では、ESS株式会社 代表取締役 坪井里奈氏に、YUZUを広げてきた出店戦略や組織運営を見直すきっかけとなった引き抜き事件、ピラティスの本質と働く人の未来を見据えた今後の展望について、お話を伺った。出したいから出すのではなく、必要とされる場所に増やしていくYUZUは、最初から大きな出店計画を描いて始まった事業ではなかった。目の前のお客様に必要とされる場所へ、無理のない形で広げていく。その積み重ねが、YUZUの拡大の原型をつくっていった。坪井代表:YUZUの一号店を出したあと、ありがたいことに、想像以上に多くの方に来ていただけるようになりました。ただ最初から、「何年で何店舗まで増やす」といった計画があったわけではありません。一号店である三軒茶屋の店舗にお客様が集まり、予約が取りづらくなってきたら、その近くに次の店舗を出す。自分が出したいから出すのではなく、お客様の行き場がなくなってきたから次をつくる繰り返しでした。だからこそ、最初の15店舗ほどまでは、自分の家を拠点に円を描くように出していきました。何かあったときにすぐに駆けつけられる範囲で、直営店として広げていったんです。私たちにとって大切だったのは、「マシンピラティスを生活の一部に」というコンセプトを、きちんと現実の場として成立させることでした。まずは自分たちが責任を持って見られる範囲で、一つひとつの店舗を丁寧につくっていきたかったんです。立ち上げの方法も、身の丈に合ったものでした。マンションの一室を借り、おうちのような空気感を少し残しながら、必要最低限のマシンから始める。生活圏のなかで無理なく通える場所を、現実的な投資額で形にしていく。その考え方が、初期のYUZUをつくるうえで大きかったと思います。集客に関しても、派手な広告戦略があったわけではありません。地域密着型のパーソナルジムを参考にチラシを配ってみたところ、想像以上に反応がありました。加えて、当時運営していたエステ事業のお客様が来てくださったり、周囲の方が応援してくださったりと、多くのご縁に支えられながら、一号店を軌道に乗せることができました。初期の成長はマーケティングの妙というよりも、地域との接点と、これまで積み重ねてきた信頼の延長線上にあったのだと思います。ただ、15店舗まで直営で広げたところで、はっきり見えてきた限界もありました。子育てをしながら、自分の目が届かない場所にまで直営で出していくのは現実的ではなかったんです。当時は業務委託のインストラクターの方々に支えられながら、自分と本部メンバー数名で店舗運営を回していたので、この体制のまま広げ続けるのは難しいと感じるようになりました。そこで選んだのが、フランチャイズという形でした。もっと広いエリアにYUZUを届けていくには、自分たちだけで抱え込むのではなく、同じ想いを持つオーナーの方々とパートナーシップを組みながら広げていく方がいいと判断しました。もちろん、フランチャイズには契約や仕組みづくりなどの難しさもあり、最初は自分でやろうともしました。ただ、途中でこれは一人で抱えられるものではないと感じ、フランチャイズ展開に強みを持つパートナーの力も借りながら、今の形を整えていきました。どうすればより多くの人の日常に、YUZUを届けられるようになるのか。その問いに向き合い続けた結果が、直営からフランチャイズへと舵を切った今の形です。そうしてYUZUは、現在75店舗まで広がっています。(※2026年5月12日時点) 引き抜きを、次の仕組みに変える。YUZUが組織として進化した転機事業の拡大とともに、組織運営の難しさも見えるようになっていった。顧客の引き抜きという出来事をきっかけに、坪井代表は組織のあり方を見直し、契約や独立支援の仕組みづくりへと踏み出していく。坪井代表:直営で運営していた頃、私の中で大きな壁になったのが、業務委託の方々との関係性でした。当時のYUZUは、店長を置く形ではなく、基本的に全員が業務委託という体制でした。皆さん本当に大切な存在で、現場を支えていただいていたのですが、想いやビジョンを丁寧に共有したり、組織として文化をつくったりすることが、どうしても難しかったんです。できるだけ一人ひとりと向き合いたいと考え、業務委託の方とも年に一度は面談を行い、関係性も築けているつもりでした。それでもある時期、お客様を引き抜いて独立するケースが3件立て続けに起きたんです。私としては信頼関係が築けていると思っていた方々だったので、「一緒に考えながらスタジオをつくってきたつもりでも、こういう形になるのか」と正直かなり堪えました。しかし、今振り返ると、あの出来事は私にとって大きな転機でもありました。感情としてはつらかったですが、立ち止まっているだけでは前に進めません。なぜこういうことが起きたのかを考えたときに、想いだけでつながることには限界があるし、事前に防げることは仕組みとして防がなければいけないのだと気づかされたんです。契約書の整備もそうですし、独立したい人がいるのであれば、会社の外に出ていくしかない形ではなく、YUZUの中で独立する未来を描けるようにした方がいいと考えました。そこで生まれたのが、今の独立支援制度です。独立したいという気持ちそのものを否定するのではなく、YUZUの中で独立できる道をつくればいい。発想を切り替えたことで、ただ失うだけだった出来事を、次の仕組みづくりにつなげることができました。経営者として未熟だった部分も含めて、自分の責任として受け止めたからこそ、前に進むための一歩に変えられたのだと思います。そして、あの時に私を支えてくれたのは、残ってくれた仲間たちの存在でした。私以上に怒ってくれる人がいて、「気にしないで、一緒に頑張りましょう」と声をかけてくれる人がいた。その言葉にどれだけ救われたか分かりません。想いだけでは守れないことがある一方で、それでも想いに共感して残ってくれる人がいる。だからこそ私は、想いを大切にしながらも、それを支える仕組みをつくっていかなければならないと、より強く感じるようになりました。ピラティスの本質を守り、働く人の未来を広げる。坪井代表の挑戦YUZUが広がるにつれて、坪井代表の視線は店舗数そのものではなく、その先にある価値へと向かっている。ピラティスの基準をどう守るのか。そして、そこに関わる人たちの未来をどう広げていくのか。坪井代表:現代はピラティスブームとも言える状況ですが、ブームになっているからこそ、いろいろなサービスが出てきています。その中には、私たちから見ると「本来のピラティスとは違うのではないか」と感じるものもあります。だからこそ、私たち自身が広がっていかないと、自分たちが大切にしたいピラティスのあり方を世の中に伝えていけないと思っています。また、より強く取り組んでいきたいと思っているのは、インストラクターのキャリアをどう広げていくかということです。今もアカデミー事業を通じて資格取得の機会をつくり、現場で働ける流れはありますが、その先の未来はまだ十分に整えきれていないと感じています。インストラクターの多くは、将来的に自分のお店を持ちたいという想いを持っていますが、お金のことや経営のことが不安で、一歩を踏み出せない人も多いんです。だからこそ今後は、資格を取って終わり、現場で働いて終わりではなく、その先にある独立や経営まで含めて支えられるような仕組みを、もっと強くしていきたいと思っています。YUZUの中で経験を積みながら、必要なことを学び、自分の未来を描いていける。そんな流れをもっと自然につくっていきたいんです。YUZUだけで業界を変えたいとは思っていません。同じ想いを持つ方々と手を取り合いながら、本当にいいピラティスを広げていきたい。その中で、通う人にとっても、働く人にとっても、より良い選択肢をつくっていけたらと思っています。YUZUは私自身が「こんな場所があったらいいのに」と思ったことから始まった事業でした。でも今は、その想いが少しずつ、自分一人のものではなくなってきているように感じています。通ってくださるお客様、現場を支えてくれるインストラクター、そして一緒に広げてくださるオーナーの方々。それぞれにとっての「こうありたい」を支えられる場として、これからもYUZUを育てていきたいです。インタビュー後記今回は、ESS株式会社 代表取締役 坪井里奈氏にお話を伺いました。ご自身が消費者として感じた違和感を、そのまま事業の出発点に変えていく姿勢がとても印象的でした。また、産後の葛藤や独立後の試行錯誤、組織運営の難しさに向き合いながらも、常に「どうすればより良い選択肢をつくれるか」を考え続けてきた姿勢に、経営者としての強さと誠実さを感じました。事業を広げることの本質は、数字ではなく、誰かの日常をより良くすることにあるのだと学ばせていただきました。坪井里奈/上智大学卒業後、楽天や広告代理店にて店舗開発営業やSNSディレクターとしてキャリアを積む。第一子の出産を機に、仕事と育児の両立に悩み独立を決意。フリーランスを経て、エステサロンを立ち上げ約5年間経営。自身が産後の不調時に救われた経験からマシンピラティスに着目するも、「高価格」「子連れで通える環境がない」という実体験から、2021年9月にパーソナルマシンピラティススタジオ「YUZU」を創業。現在は2児の母として育児と経営を両立しながら、全国約75店舗を展開。「マシンピラティスを生活の一部に」をコンセプトに、女性がライフステージの変化を迎えても自分らしく輝ける社会を目指している。【会社概要】会社名ESS株式会社創業年2021年9月代表取締役坪井里奈所在地東京都品川区東五反田1丁目10−10 オフィスT&U 5階サイトURLhttps://yuzu-pilates.com/